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白ウサギのVRMMO世界旅  作者:
【第一章】白ウサギと打上花火
20/94

19.ハナビの思い

「次の都市かぁ……!」


 これまでの旅の出来事を話すと、ハナビさんはその点に強く興味を示した。


 表情を、ぱぁっ、と明るくさせて、彼女は言う。


「そこでだと、花火がよく見えるのね?」

「はい、公式HPにそう書いてありました。ビルディックのホテルから見ると、現実と同じくらい……いや、それ以上の景色と音を楽しむことができるそうなんです!」

「ふむふむ」


 興奮して告げる俺に、ハナビさんは何度かコクコク頷いて答えると、


「うーん、さぞかし素晴らしいんだろうなぁ。叶うならそこで見てみたいな……」


 うっとりとした表情で、そう言った。

 だから、俺はこう返す。


「あ、それじゃ一緒に見に行きませんか?」

「イヤです」


 即答。それも良い笑顔で。


「あ……そ、そうデ、すか……」


 正直、声が掠れて震えるほどにショックだった。


 否定されると思っていなかった、という点もあるが、一番は「いや」という一言。……ま、まさかそんな断られ方をされるとは思っていなかったもので……加えて笑顔で。


「あっ。……わ、わわわわっ。ごめんなさい!」


 硬直していると、慌ててハナビさんは否定した。


「違うの、ウサギさんと見るのが嫌なわけじゃないの! 本当は一緒に見たいもの!」

「そ、そうなんですか? それだったら……」

「できないの」


 ハナビさんは、俺の言葉をそう遮った。


 やがて、その表情に笑顔を作る。


 ……でも、いつものような柔かさはなく、無理をして作っているような……そんな顔だった。


「どうして……ですか?」


 彼女の様子に、俺は自然とそう尋ねていた。


 するとハナビさんは少し迷った素振りを見せた後、やがてこう答えた。



「――わたしね、脚が無いの」



 一瞬。


 一瞬だけ、俺は言葉を失っていた。


 少しして意識を戻した後、恐る恐る尋ねてみる。


「な、ない……?」

「そう。無いの」


 ハナビさんは悲しそうに、だが微笑んだ。


 スカートの下から伸びる綺麗な脚を撫でながら、言葉を続ける。


「こんな立派なもの、リアルにはないの。生まれた時にある病気で両脚を……ちょっとね。今までずっと病院暮らしを続けてきたりして……」


 ……そうか。さっき知り合いが少ないと言っていたのは……それに、歩き方が怪しかったのもそれが原因だったのか……。


「ふふ。気持ち悪い歩き方だったでしょう?」

「そ、そんな! そんなことないです!」


 さ、察しられた!?


 慌てて首を横に振ってみせると、ハナビさんは「いいの」と言って、


「ある日、この世界のことを他の患者さんから聞いてね。自分の脚が手に入ることを知って……いざゲームをプレイしたら本当に脚があって、感動して。……でも、そこまでだった。『歩く』って難しいのね」


 ぶらぶら、とハナビさんは自分の脚を軽く上下に振りながら、続ける。


「まだ全然慣れなくてね。立つことは何とかできるんだけど、動き出すのが怖くて……ゆっくりゆっくり、一歩一歩、身体をくねらせながら歩くのが精一杯」


 だからね、とハナビさんは言って、


「わたしは最初のフィールドから出られないの。進んでも進んでも、モンスターに襲われてしまって、この街に戻されちゃう繰り返しだから。……確かに花火は見晴らしの良い場所で見たいけど、ここでも少しは見えるらしいから……」


 ちらり、と俺は次の大陸に目を向ける。


 確か花火が上がるのは、次の都市の正面。でも、こちらには背を向ける形になっている。

 つまり、この街からだとビルディックの外壁と巨大な建物に阻まれてほとんど見えない。


「……PTを組んだりとかは?」


 そう尋ねてみると、あはは……、とハナビさんは苦笑いを見せた。


「情けないけど、知らない人に話しかけるのが少し怖くて。それに組んでもらったところでみんなの脚を引っ張っちゃうし、わたしにできることは少ないから……迷惑になっちゃうもの」

「なるほど。じゃあ、俺がハナビさんを」

「ありがとう。……でも、いいの」


 再び、言葉を遮られてしまった。


 ハナビさんは、ここで初めて表情を曇らせた。


「脚が無いせいで、今までずっと色んな人に迷惑をかけてきたから……もう誰にも辛い思いをさせたくない。この世界にきて、迷惑の根源を断てたんだから、もう甘えるわけにはいかないの。……それにわたしのせいで、せっかくの楽しい時間を無駄にさせたくないもの。……っと、ごめんね。リアルの話は基本タブーなのに」


 ふむふむ。なるほど――


「――なら、大丈夫ですよ」

「……えっ?」


 俺の言葉に、ハナビさんは目を丸くさせた。


 笑みの消えた顔を見つめて、俺はこう答える。


「だって、俺は迷惑だと思ってないですから!」


 返答はなかった。


 ……あ、あれ? なんか変なこと言ったかな。


「……どうして……?」


 やがて返ってきた言葉に、俺は疑問を覚えるしかなかった。


「えっ? ええと、その……逆に、何で迷惑なんです?」

「だ、だって、楽しくゲームする時間がなくなっちゃうわ。わたしなんかに構っていたら」


「俺はハナビさんと一緒にいれて楽しいですよ」


「……ッ!」


 びくり、と身体を震わせるハナビさん。

 不思議と顔をトマトのように真っ赤にさせた後、


「……生意気」


 何故か膨れっ面で、俺の頬を指で突いてきた。


「あだだ……と、とにかく俺のことなら大丈夫です。それに、ちゃんと花火を見たいでしょ?」

「それは……」

「自分の名前をハナビにしてまで!」

「あ、それはただ実名から取っただけで……」

「えっ?」


 ……は、恥ずかしいッ!

 俺の早とちりでした! 勘違いでした!


「ぷ、ふふっ……」


 ぷるぷると小刻みに震えだすハナビさん。

 もう……大いに笑ってやってください。


「あはは。でも……そうね。実名だからかな、ずっと花火に憧れていたの。テレビ越しじゃなく、自分の目で確かなものを観て、自分の耳で確かな音を聞きたい。だから――」


 そこで、ハナビさんは俺と向き合った。


「お願いしてもいい、かな?」

「よろこんで!」

「……ふふ、ありがとう。ウサギさん」


 浮かべた表情は、いつもの柔らかい笑顔だった。



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