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白ウサギのVRMMO世界旅  作者:
【第一章】白ウサギと打上花火
19/94

18.墜落した先は――

「ね、ね? ちょーっとお話するだけだって!」


 始まりの街、中央広場にて。


 ポニーテールが特徴的な一人の美女を複数のガラの悪そうな男プレイヤーが囲っていた。


 周りのプレイヤーたちは美女を心配している様子を見せていたが、男たちを恐れて行動に移ることはできないようだった。


「あの、それならここでも……」

「ここだとプレイヤーがたくさんいるじゃん? 騒ぐと他の人の迷惑になるからさ」

「あっ、なるほど。それもそうですね!」


 ぽん、と。美女は手のひらに拳を当て、表情を綻ばせた。そして、ふふ、と清楚に笑う。


 その姿に、ヒソヒソとグループの中が静かに盛り上がっていた。


(……おいおい! チョロいぞこの子っ)

(……ああ、イケるぞこれ! こんな美人を……ラッキー! 超ラッキーじゃん!)



 ――――ぁ



「あら……?」

「ん? どーしたの?」

「いえ、何か声が聞こえませんでした?」


 キョロキョロと、辺りを見渡し始める美女。


「声?」


 中でもリーダーらしきスキンヘッドの男が、仲間たちに顔を向けた。


(……やべっ、聞かれたかな……)

(ま、マズいって今の内容聞かれてたら一巻の終わりだぞ……これでナンパ失敗なんかになったら、みんなからボコられちまう!)

(バカ分かってるよ! 黙ってろ!)

(な、何だその言い方! この野郎ッ!)

(ああ? やる気か!?)



 ――――ああ、あ……



(……あれ?)

(……マジで聞こえるな……)


 美女や彼女を取り囲むプレイヤーだけでなく、広場にいる人々が忙しなく辺りを見渡し始める。


 そして『それ』は、姿を現した。



「――あああああああああああああああッ!!」



 ずどーん! と。


 天から一匹のウサギが、美女を囲むプレイヤーたちを巻き添いにして地上にやって来たのだ。


 正式には、ウサギのような少女……いや、少年。


「ぐあっ……な、何だ? 何が起こった!?」

「おい、空から女の子が降ってきやがったぞ!」

「畜生! 空に城でも浮かんでんのか!?」


 声を荒げるプレイヤーたち。


 その中で、ウサギはふらふらと立ち上がり、そのままふらふらと危なげない足取りで美女が腰かけるベンチに向かっていく。


「あ……!」


 目を見開いたのは、絡まれていた美女だった。


 彼女は知っていたのだ、そのウサギを。


「わっ、とと……!」


 美女は瞳をぐるぐると回転させるウサギを抱き止める。

 そして、嬉しそうに微笑んだ。


「久しぶり、ウサギさん」





 ――さて、どうなっているんだろう。


 意識を取り戻した俺は、空の上にはいなかった。どうやってたどり着いたのか始まりの街の広場にいて、目的の人物に抱きしめられている。


 目の前にはピクピクと痙攣しながら地面に這いつくばるプレイヤーたちの姿があるし、一体……


「何が起こっているんだ!?」

「こっちが聞きてえわ!」


 中でも一番早く立ち上がったスキンヘッドの男が、俺を指差して叫ぶ。


「テメェ……せっかくのチャンスを邪魔しやがって! こんな美人、滅多にお目にかかれねえってのによ!」

「……ハッ!」


 そこで、俺は気づいた。


 この周囲にいる素行の悪そうな顔立ちの連中は、さっき俺とハナビさんの通話の邪魔をしたプレイヤーたちなんだと。


 だから俺は、勇気を出して男たちに言い放つ。


「ひ、人が嫌がる行為はダメですよ!」

「お前が言うな!」

「ええっ! 何で!?」


 俺が一体何をしたっていうんだ!


「おいテメェら、このガキどけろ」

「えっ、この子も中々……」

「どんだけ見た目が良くてもガキに興味はねえ」

「そんな! アニキ分かってないッスよ!」

「そうッスよ! ガキだから良いんじゃないスか!」

「い、いつになく反抗的だな……」


 勝手に揉め始める男たち。

 ……あ、これチャンスじゃないか?


「ハナビさん。今のうちに……」

「そうはいくか! 逃がさねえぞクソガキ!」


 げっ、バレた!


 そのまま囲まれ、退路を塞がれる。


 うぐぅ……何か良い方法がないか……!


「あの、一つ良いですか?」


 そう考えていると、ハナビさんが口を開いた。


「あなたたちは、わたしとお話がしたいんですよね?」

「あ? ……ああそうだな。できれば連絡先とかも聞きてえし、もっと親密な関係に……ぐへへ」


「――良いですよ?」


「「えっ?」」


 迷いない即答に、俺とスキンヘッドの男の方が動揺する羽目になった。


「私のフレンドコード、みなさんに送りますね」

「ちょ、まっ……待てって!」


 そう慌てて答えたのは俺じゃない。


 目の前に立つ、スキンヘッドの男だった。


「も、もっと相手を警戒しろよ姉ちゃん! こんなガラの悪ぃヤツにホイホイ渡してどうすんだ!」


 じ、自分でそれ言っちゃうの?


「ふふ。優しいんですね」


 柔らかく微笑むハナビさん。

 彼女はそのまま、言葉を続けた。


「わたし、リアルの方で知り合いが少ないんです。自分から進んで話をするのが得意ではなくて……でもお友達が欲しくて。だから、あなたたちのご厚意がとても嬉しいんです」


 ち、違うんだハナビさん。

 この人たちは、ただのナンパ目的で……。


「はい、どうぞ」


 ハナビさんは周囲のプレイヤーたちに、迷いなく自分のフレンドコードを送った。


 こんな状況を理解していなかっただろう男たちは、仲間同士で顔を合わせて騒つくしかなかった。


「……へへっ」


 その中で、スキンヘッドの男が笑みをこぼす。


「じゃあ遠慮なく頂いておくぜ」


 そう言うと、くるりと振り返った。


「行くぞ、テメェら」

「あ、アニキ……どこへ?」

「うるせぇ! いいから早く来い!」


 怒号に身を震わせ、歩き始めたスキンヘッドの背中を追う仲間たち。


 その場に残された俺とハナビさんを、ただ静寂のみが包み込んでいた。


「……ふふ。面白い人たちだったわ」


 くすくす、と笑うハナビさん。


 い、いやいや! そんな余裕はないでしょう!


「よ、良かったんですか? 見知らぬ人にフレンドコード渡しちゃって……」

「ええ。優しそうな人たちだったもの」

「そ……そう、かなぁ……?」

「ふふ」


 複雑な顔をする俺に、ハナビさんは微笑んで応えた。





 ここは、始まりの街の裏路地。


 狭く薄暗い通路で近寄り難い雰囲気を醸し出す場所だが、そこに複数のプレイヤーの姿があった。


「あ、アニキ! 待ってくださいよ……わっ!」


 仲間の一人がそう呼びかけた瞬間、目の前の人物は足を止めた。


 いつもとは打って変わった素直な態度に、その背中にぶつかった男は謝ることなく、こう質問を投げかけていた。


「アニキ……どこか具合でも?」


 すると、


「ううっ!」


 アニキと呼ばれたスキンヘッドのプレイヤーは、膝から崩れ落ちた。


「「「あ、アニキィ!」」」


 四つん這いの姿勢になったリーダーに駆け寄る仲間たち。


 心配そうな顔をしていた彼らだったが、すぐにその表情を怪訝に作り変えた。


 ……スキンヘッドのプレイヤーの瞳から、大粒の涙がこぼれ出していることに気づいて。


(あ、あのアニキが涙を……!?)

(地元じゃ負け知らずのアニキが……!)

(幾多のナンパに失敗しても「次だ次だ」と笑い飛ばしていた、あのアニキが……!)


 動揺を見せる仲間たち。

 そんな彼らに対して、スキンヘッドは呟いた。


「……優しい、だってよ」

「えっ?」


 目を見開く仲間たちに、こう続けた。


「優しいんですね、だってよ。そんなこと……親にも言われたことなかったぜ。優しい……なん、て……そん、な……あったけえセリ、フ……」


 ボロボロ、と大量の涙が地面を濡らす。

 だが、それはスキンヘッド一人分ではなかった。


「「「あ、ぁにギぃッ……!」」」


 仲間たちからの瞳からも、こぼれ出していた。


 ……その嗚咽の大合唱が大通りに漏れて、プレイヤーたちを恐怖させることになるのだが、彼らは知る由もないだろう。


「惚れ……たぜ……!」


 そう言ったスキンヘッドの瞳に、今までの汚れはなかった。


 清く、美しく透き通っていた。



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