17.空飛ぶウサギ②
仮想世界では幾ら走っても息切れを起こさないので、同じスピードで走り続ける。
ビルで例えれば十階くらいの高さだろう位置ぐらいまで登ると、そこで足を止めた。
そしてウィンドウを開き、アイテムポーチを出現させ、中にある物を全て物体化。ガチャンガチャンと地面に落ちるそれらをバッグパックに詰め込んでいく。
「お、おいゼン……何してんだ?」
少しして、後ろから三人が追いついてきた。
目をぱちくりとさせるカイトに、俺は答える。
「今から、続きの大地へ飛ぶんだ」
「なッ、どうやって!?」
「うん。それは――あ、そのためにはカイトたちにも協力して欲しいんだ」
俺は説明を中断させると、バッグパックをぽんと叩いてみせる。
「このバッグパックに限界まで物を詰めたいんだ。何か良い方法がないかな?」
「あん? それなら……」
辺りを見渡すカイト。
やがて、近くに生い茂る木々を指差した。
「アレなんてどうだ?」
「木……だよね? あれをどうするの?」
「そりゃあ――」
言いながら、カイトは背中に携えた鉄製の斧を引き抜いた。そして一本の樹木に歩み寄ると、
「ふんッ!」
力任せに、横薙ぎに振り払った。
バギィッ! と乾いた叫びを上げて崩れ落ちる樹木。
「ナギ!」
「分かってます!」
呼びかけた時にはもう、ナギの構えた木製の杖から鋭利な氷の塊が飛び出していた。
それは倒れた樹木の切り口に辺り、その茶色の身体をピキピキと凍てつかせていく。
やがて、鮮やかな音を立てて破裂した。
「ほらよ、ゼン」
カイトが破片の一つを手に取り、こちらに放り投げてくる。
キャッチすると手のひらに一瞬だけ冷気が伝わり、すぐにそれは消滅した。
【木の枝】ランク:F
効果
ーー
握っている細い枝にもう氷は付着していない。
カイトの方を見ると、その足元に散らばる破片たちも普通の枝に戻っていた。
べ、便利なスキルだな……。
「ありがとう!」
俺は言いながら、枝をかき集めバッグパックに詰め込んでいく。
やがて、パンパンに膨らんだ姿が出来上がった。
「よーし、これを……」
俺はそれを持ち上げようと、
――スキル《筋力》を取得しました。
ここでスキルを一つ手に入れた。
……だが、
「ふっ……ん、ぐぐ……!」
バッグパックは微動だにしなかった。
お、重いっ……! ビクともしない……!
「……何やってんだ」
見兼ねたのか、カイトがヘルプに入ってくれる。
その甲斐あって、少しずつバッグパックが移動を始めた。
「く……ぐ、おッ!」
けど、本当に少しずつだ。
目視だと、進んでいるように見えないくらいに。
「もぅ仕方ないですね……」
ここで、ナギも加わってくれた。
三人がかりでやっと大きく動かせるようになり、表情を歪めながら斜面ギリギリまで持っていく。
――《筋力》Lv.UP!
――《筋力》Lv.UP!
その間に、筋力スキルが二つも上がった。
なるほど……バッグパックを利用するなら、このスキルも上げていかないとな。
「よし、ここで大丈夫。ありがとう二人とも」
「おうよ。……んで、どうするんだ?」
「目の前にあるのは急な斜面、そして大陸同士の密接を遮断する崖だけですよね……うーん?」
「うん、そうなんだ。だから二人にはもう一仕事お願いしたいんだけど……」
「「?」」
首を傾げる二人に背を向けると、
「よっ」
俺はバッグパックに跨った。
「……お、おお?」
「な、何をしてるんです?」
戸惑う二人に、俺は斜面を見ながら答えた。
「ここから坂を滑っていって、その勢いを利用して飛んでみようと思うんだ」
確認したところ、崖の側の地面は盛り上がって作られていた。恐らくプレイヤーが滑って落ちないように措置されているんだろうけど、それがスキージャンプの踏切台のような役割を果たしてくれそうだ。
「そ、そりゃまたぶっ飛んだ作戦だな……」
「……本当にやるんです? 重量を増やすためとはいえ、アイテムポーチの物を全てバッグパックに入れてしまったんでしょう? 崖に落ちたりなんてしたら、全部……」
確かに、転落したら全てを失うことになる。
……それでも、やらなきゃならない理由があるんだ。
「お願い。二人とも」
「……そっか。なら、もう止めねえよ」
「本当……カイトの友人なだけありますね」
二人は呆れながらも、俺の背中に手を当ててくれた。そして、足腰に力を入れて押し始める。
ズズ……と地面を削りながらバッグパックは前に進み出し――
俺の身体は、ガクン、と激しく斜めに傾いた。
そして……ゆっくりとした動きで滑り始め、
「お、お――」
加速したのは、突然だった。
「うわ、あ、あああああああああああッ!!」
絶叫。
もう喉が壊れるんじゃないか、そう言えるぐらい思い切り俺は叫ぶしかなかった。
遊園地でジェットコースターに何回か乗ったことがあったけど、その比じゃない。スピードが段違いだった。
顔面に当たる空気は重く、首が曲がりそうだ。力一杯にしがみ付いていないと、今すぐにでも後方に弾け飛んでしまいそうだ。
でも、そう考えたのは少しの間だけ。
あまりの速度に、すぐに斜面を滑り終えた。そのまま劣ることなく真っ直ぐ地面を進み、踏切台まで到達――する直前、俺は予め開いていたウィンドウに映るアイテムポーチ欄に向けて、こう言い放った。
「ば、っくぱっくをし、まうー!」
言い終えるのと、踏切台から俺が飛び上がったのは、ほぼ同時だった。バッグパックが手元から消滅し、重みのなくなった小さな身体は空高く吹き飛んでいく。
「――ッ!」
俺はもう、声にならない叫びを上げていた。
涙の雨を崖の中に降り注ぎながら、速度を緩めることなく飛んでいく。
やがて真っ暗な闇から、景色が緑の地面に変わっていった。やった、成功だ!
……さて、ここで一つ問題がある。
――どうやって降りようか?
そういえば、崖の向こう側にたどり着くことだけに意識を向けていて、その後のことは全く考えていなかった。……というか、まだ上昇を続けていくなんて思いもしなかった。
ははは、俺はせっかちだなぁ。
「誰かああああああああああッ!!」
俺の叫びは虚しくも、青空の中に消えていった。




