15.幼なじみと幼なじみの幼なじみ
馬車はビルディックの入り口前で止まった。
運転手にお礼を言って別れると、俺は街の中に足を踏み入れる。
そこは昼だというのに薄暗く、通路の脇に配置された街灯が街中を照らしていた。
原因は、周囲に連なる建物たちがどれも高いからだ。日光を遮り闇を作ってしまっている。
「……おお」
俺が注目したのは、街の中央に聳え立つ縦にも横にも巨大な建物。
外側に窓やベランダが均等に設けられており、まるホテルのような作りをしている。
「最上階の予約を取らなきゃなー」
俺が呟いた内容は、明日の花火についてだ。
実は今回のプチイベント、この街の近くで行われる予定になっており、一番見晴らしが良いスポットとHPに記載されていたのが、あの『スカイ・ハイ』と呼ばれる宿屋なのだ。
ちなみに宿屋とは、利用するとHPを全快させることができる。他にも、それぞれの部屋が個別サーバーとなるので外の音は聞こえないし、こちらがどれだけ騒いでも部屋の外に漏れたりしない。普段人前で出来ない作業や宴など行うのにぴったりな場所になっている。
……じゃあ花火の音も聞こえないんじゃ?
その心配もあったが、公式HPによればサーバーシステムを変更することができるらしい。
例えば、部屋の騒音だけ遮断して外の景色や音は取り入れる、という細かい設定もできる。そうすればどれだけ騒いでも迷惑はかからない状態で、花火を観て音を聞くことができるのだ。
イベント前日ということで、そろそろプレイヤーたちが集まってくる頃だろう。早いうちに良い部屋を予約しておかないと……。
「――うっし、レベル上げ行こうぜ!」
よく通る声が耳に届いたのは、そう考えている時だ。
その声は、聞き覚えのあるものだった。
聞こえた先である目の前の通路に目を向けると、街灯の側に二人の男女の姿が。
どちらも俺と同じ歳くらい。そして青銅の鎧に身を包んだ男……金髪の少年の方は俺がよく知る人物だった。
「カイト!」
そう、海斗だ。この世界では『カイト』。
プレイヤーネームは俺と同じで自分の名前を使用していると言っていたので、これで間違いないはず。
すると、おっ、とカイトは口元を緩めた。
「ついに来たな……ゼン!」
向こうもまた教えた名前を告げて、こちらに勢いよく顔を向けてくる。
そして、表情を怪訝に変えた。
「……すみません。どなたッスか?」
「お、俺だよカイト! ゼン! ゼンだってば!」
「ゼン……?」
カイトはしばらく、ジッと俺を見て、
「…………お前ゼンか!」
「お、遅いよ気づくの!」
「はー、ふむふむ。なるほどな、確かにゼンだ。ああでも、考えてみりゃ声で分かる……いや分かるかぁッ! 普通気づかねえってお前! もう完全に女じゃねえか!」
……えっ、そんなに?
ま、まさか長い付き合いの友人までもが判断できないなんて……。
「うーん、やっぱ運営に報告しようかなぁ」
「やめとけ、可愛いのに勿体ねえ。せっかく昨日からブログ始めたってのに、台無しになっちゃうだろうが」
そういえば先日、そんなこと言ってたな。……でも、
「……どうしてそこでブログが出てくるの?」
「そりゃあこの世界でのお前の容姿と性別について書けば、間違いなく人気ブロガーになれるからに決まってるだろ」
お、俺の気持ちを考えてっ!
「――ねえ、カイト」
「ん? ……でっ、いででで!」
カイトの上体が横に曲がり、悲鳴をこぼす。
見ればもう一人、側にいた皮のドレスを着込んだ少女に耳を引っ張られていた。
「君ね……いい加減、人の気持ちを考えなさい」
「い、いやゼンも有名になれるしお互いにハッピーかなって……いでえ!」
「それは君の妄想でしょう! ちゃんと人の言葉に耳を傾けなさい!」
まるでお母さんだ。
腰辺りまである栗色の髪に、意思の強さを表すかのように煌めくアメジストの瞳。
カイトとは裏腹に真面目そうな印象が伺える。
「それにわたし、可愛いなんて一度も言われたことないですー! ないんですけどー!」
割とそうでもないのかもしれない。
「か、可愛い! 世界一可愛いですナギ様!」
「……ナギ?」
その名前には聞き覚えがあった。
いや、正式には『あだ名』か。
「もしかして……カイトの幼なじみの?」
俺の質問にナギと呼ばれた少女はこちらを見た。
カイトに向けていた鋭い眼光を瞬時に柔らかく変化させ、
「ええ。君はゼンちゃん……いやゼン君ですね。初めまして。ふふ、カイトからずっと君のことについて聞いていましたから。なんだか初対面という感じがしませんね」
可愛らしい笑顔を見せてきた。
「初めまして。……うん、俺の方も初めて会った気がしないなぁ」
挨拶を返しながら、俺は記憶を蘇らせる。
……そう、カイトから俺の他にも幼なじみがいるということを昔から聞かされてきた。その人物の名前は『雛菊』。カイトはナギと呼んでいるらしいけど。
……えーと、カイトとは家が近所だそうだけど、通う学校が全て違ったんだっけ。だから俺たちは一度も顔を見合わせたことがなかった。
そして何よりも、俺は会ったら聞いてみたいことがあった。
「あ、あの〜……一ついい?」
「はい。何でしょう?」
「二人はその……恋人同士なん」
「元です」「元な」
二つの即答に、言葉を遮られる。
直後、バチバチとメンチを切り合う二人。
……確か中学時代にカイトから『付き合い始めた』と聞かされた覚えがあった。そして一年くらいして『別れることになった』とも。
う、うーん? 仲が良さそうだから復縁したんだと思ったんだけど……。
「その顔は復縁したと」
「そう考えているでしょうけど」
「まぁ幼なじみだしよ?」
「加えて家族ぐるみの仲ですからね?」
「一応友達として」
「付き合ってあげてるわけです」
わぁ、息ぴったり。
そんな微笑ましい姿を見て、俺は思わず、
「どうして別れちゃったのかな……」
そんな一言を呟いてしまった。
「それはな?」「それはね?」
お互いに、こちらに顔を寄せて、
そして同時に、互いの顔を指差して、
「コイツが」「この人が」
そこで互いに近距離で睨み合って、
再び、バチバチと火花を散らし始めた。
「はぁ? お前が――」
「何を言ってるんです。君が――」
――プルルルル。
二人が爆発しそうな、その時だった。
ボイスチャットという助け船が入ったのは。
「あ、ごめん! ちょっと電話が……」
二人から少し距離を置いて、ウィンドウを開く。
そこから点滅するフレンドマークをタップ。連絡してきた、たった一人のフレンドに答える。
「もしもーし」
『あ、もしもし。こんにちは〜』
ふわりとした、優しい声。
二日ぶりだというのに、何だか懐かしく感じる。
『ね、ね! 聞いてウサギさん!』
……と、ここで珍しく興奮な様子が。
ハナビさん、大声も出すんだなぁ。……っと、いけない答えないと。
「は、はい。何でしょう?」
慌てて言葉を返すと、すぐに返答がきた。
『明日ね、イベントがあるらしいの!』
「イベント……あ、花火のことですか?」
『そう花火! 花火よ花火なの!』
わ、わわわ……!
今までにない様子に、思わず面食らってしまう。
「そ、そうですね……」
『あ……ご、ごめんなさい。わたしったら……』
はぅう。とか細い声が聞こえる。
こ、これは何とかフォローしないと!
「い、いえ! 全然ですよ! 俺も花火が楽しみで……わ、わーい! 花火だ花火ー!」
最後の方はもう棒読みだった。
ウィンドウからは、何の返答もない。
……バカにされてると思われちゃったのかな。
「あ、あの……ごめんなさい」
謝罪の言葉を告げると、すぐに返事があった。
『あれ? 誰かと電話しちゃってる感じ?』
……それはハナビさんの声じゃなかった。
確かな、男の声だった。
『あ、そうなんです。少し待ってもらえ』
『うん。そっちに少し待ってもらおうかな』
『そうだよ。俺たちと話した方が楽しいぜ?』
『あ、何を――』
ぷつん、と。そこで通話は切れた。
その直前まで聞こえたのは、複数人の下劣な笑い声。……まさか、絡まれてるのか?
慌てて今度はこちらから連絡してみたけど、反応はなかった。
(こ、これ……マズいんじゃないか?)
今日の昼休みのこともあって、心配が増す。
ただ単にナンパ目的かもしれないし、もしかしたらカイトが言っていたPK集団ってこともあり得る。……どちらにしろ、ハナビさんの身に危険が迫っているということは間違いない。
「くそっ!」
気がつけば、俺は走り出していた。
「お、おいゼン!?」
「どうしたんです? そんなに慌てて……」
背後からの声に、俺は答える余裕がなかった。
――無事でいてくれ!
そう願いながら、街の外に飛び出していった。




