14.馬車と奇妙な出会い
帰宅した俺は軽く家事をこなした後、【セカンド・ワールド】の世界にログインした。
まず初めに、視界に入ったのは青空。
寝袋から出て、いつも通りに身体を解す。そのまま山の外に目を向けると、暗い夜とは違ってプレイヤーたちやMOBの姿がよく見えた。
始まりの大地はイノシシと遭遇しなかったけど、ジェル状の生物もいた。今回のフィールドは見たところ、オオカミとか一般にゴブリンと呼べるモンスターが徘徊している。
それに、ここも始まりの大地ほどじゃないけどプレイヤーの数が多い。まだ三日目なのに……上には上がいるんだなぁ。
――ガタン、ガタン。
景色を見つめていると、重い音が耳に届いた。
それは俺が昨日歩いてきた道からだった。次第にその音はこちらに近づいてきて――
姿を現したのは、荷台を積んだ馬車だった。
「おや、こんにちはプレイヤーさん」
運転席に座る中年の男性が馬車を止め、微笑みながら挨拶してくる。
――NPCだ。
そう判断できたのは、VRマシンに備えられた……ええと何だっけ?
と、とにかくその何かによって俺たちは一瞬にしてプレイヤーとNPCを一瞬にして区別することができる。……まぁ、確かにそれがないと、どっちがどっちだか分からないしね。
「こんにちは」
挨拶を返すと、中年NPCはにこりと微笑んだ。
やがて、自分の荷台を指差すと、
「もし下山が目的なら、乗っていくといい」
そう言った。
……馬車か、一体どんな乗り心地なんだろう?
ゆっくり山を歩いて下っていくのも良いけど、たまには乗り物を利用してみようか!
「はい。ぜひお願いします」
「了解した。後ろから荷台に乗ってくれ」
指示された通り俺は後ろ側に向かい、布のカーテンを開いた。
「ん〜?」
そこには、先客がいた。
色の褪せたマントで身体を覆い隠すようにして腰を下ろす、短い緑色の髪をした男性。
「やーやー、可愛らしいおっじょーさーん」
その人物は俺に気づくと、ニコニコと整った顔に笑みを浮かべた。
「君も『ビルディック』に行くのかな〜?」
「びるでぃっく?」
「ありゃま知らなーい? この山の麓にあるでっかーい街のことだよん」
「あ、なるほど。はい、そこに行くつもりです」
俺が答えると、男性は変わらず笑顔だった。
「ほんじゃ、俺と同じだ〜あね。あそこまで時間あっからさ〜。ちょっとお兄さんの話し相手になってくんなーい?」
そう言い、ぱちん、とウィンクを見せる男性。
な、何だかチャラい人だなぁ。……でも、悪い人じゃなさそうだ。
「はい。俺でよければ」
「きっまりー。さ、乗って乗って〜」
男性にそう促され、俺は馬車に乗り込んだ。
直後、ムチの鋭い音が一つ。
叫び声と共に、馬車は再びカラカラとタイヤを回しながら動き始めた。
「おじょーさん、変わった装備をしてるね〜」
笑みを絶やさず男性は言う。
……でも、言葉の意味がよく分からなかった。
「? 変わった……ですか?」
「うんうんっ。だって〜、このゲームではプレイヤーごとに装備は同じでーもー、衣装の見た目は違うんだーぁ。普通、女の子の初期装備はパンツじゃなくてスカートなんだけどねぇ。何かしらのバグかな〜?」
「あ、なるほど。これは別にバグとかじゃないんですよ」
「ほほ〜?」
興味津々に男性は首をこちらに伸ばしてくる。
だから期待に添えるように、俺は笑顔で答えた。
「だって俺、男ですから」
「…………へ?」
ぱちぱちと瞳を瞬かせる男性。
彼は首を傾げた状態で、尋ねてくる。
「え、えーと? それは一体どーゆー……?」
「そのー、俺は女の子じゃないんです。それっぽい見た目だと思うんですけど……男なんです」
「ひゃはっ! またまた冗談がおじょーずぅ!」
「…………」
「……マジ、なのん?」
「大マジです」
男性はそこで表情から笑みを消した。
信じられないといった感じで目を見開き、
「……ッ!?」
そこで、俺はびくりと身体を震わせた。
……恐怖を感じて。
理由は男性の表情が一変していたからだ。
『ツマラナイ』
まるでそう言いたげな、酷い怒りと哀れみに満ちた感情を、男性は顔に宿していたからだ。
一言で表現するなら……『不気味』。
だが、それは一瞬の出来事だった。
「そぉっか、そっか〜」
または幻覚だったのかもしれない。
だってそこには、変わらず柔かな笑顔の青年の姿があったのだから。
「いっやー、大変興味ぶっかいお話ありがとねん。そいじゃお兄さんはこれで〜」
「えっ? ビルディックに行くんじゃ……」
「ちょ〜いと用事を思い出してねん」
男性はそう言うと、荷台の入り口に向かった。
最後に、こちらに手を振って、
「ばいびー」
その場から、飛び降りた。
け、結構スピード出てるけど……大丈夫か!?
慌てて男性が飛び降りた場所から外を見ると、こちらに背を向けて平然と坂を登っていく姿があった。……す、凄いな。
「……うわっ!」
それは突然の出来事だった。
男性の足元から眩い光が放たれたのだ。
細目で確認すると、それは空から降り注ぐ日光が反射したから、だということが分かった。
……では、何に反射したのか?
「……剣?」
そう、剣。正確に言うとその剣先。
マントの下から少しだけ顔を覗かせていたのだ。……けど、今までウィンドウを操作する素振りは見せていなかった。ということは、ずっと手に持っていたのか? 何のために?
「……まぁ、いっか」
結局そう考えに至り、俺は自分の席に戻った。
そこからぼーっと景色を眺めていると、思考に宿った疑問は自然に消えていった。




