12.新たな大地へ
ふわり、と柔らかな風が頬を撫でる。
「……ん」
目を開けると、そこには小さな星々が瞬く綺麗な夜空があった。どうやら寝転んでいるらしい。
「おおっ! ソロで突破したのか!」
そこから視線を横に移動させると、プレイヤーたちの姿があった。
よっこいしょ、と俺は上体を起こす。
周囲を見渡してみると、ここがどこかの山頂だということが分かった。始まりの大地とは違い木々や岩などがフィールドに存在している。
『嬢ちゃんやるな! どんな手を使ったんだ?』
『武器スキルのレベルを上げてゴリ押し?』
『いや、ブーメランを持ってるぞ……あんな武器で複数のモンスターを相手にできるわけがない』
ざわざわと盛り上がりを見せるプレイヤーたち。
ここでようやく理解した。緑消の洞穴をクリアしたということを。最後の最後で致命傷を負ったと思ったけど、HPはギリギリ保たれていた。
……それにしても、やっぱりブーメランって貧弱そうに見られてるのか。頼りになるのになぁ。
「それで、どんな手を使ったんだ!?」
そう尋ねてきたのは、最初に声を上げた若い青年だった。
俺と同じ初期装備を身につけている。
「……あはは、たまたま運が良かっただけです。ずっと逃げ回ってましたし」
笑ってそう返すと、青年は首を強く横に振った。
「それでも凄いよ! 僕なんか何回もPTを組み直してやっとクリアしたってのに……ここにいるほとんどがそうだよ。MOBが多いし強いし……」
その出来事を思い出したのか、青年は深くため息を吐いた。
確かに、あのダンジョンを真正面から突破しようものなら複数のMOBと戦わなければならない。一本道だから逃げ場もないし……。
それを乗り越えて、あのダンジョンをクリアした彼らの方が凄いのに。
「そういえば、ずっと気になってたんだけどさ」
青年はそう言うと、俺を指差した。
「それは?」
俺は一瞬質問の意味が分からずキョトンとしていたが、すぐに理解した。
膝に感じる、確かな重みを。
下を向いてみると、そこには一つの箱が置かれていた。俺の頭二つ分くらいあるその物体は『宝箱』と呼べるだろう代物だった。
「あ、持ってきちゃったんだ……」
――というか、宝箱だったんだ。
――というか、ダンジョンの外に持ち運びできるんだ。
色々な考えが浮かぶけど、とりあえず宝箱本来の使い方をしてみよう。
周囲から期待感のある視線を受けながら、俺は蓋を開けた。突如、眩い光が宝箱の中から放たれて――
【コーヒーメーカー】ランク:F
効果
①粉末飲料を使用することができる。
②通常時はお湯が出る。入れ物があればアイテムポーチに追加できる。
全くダンジョンと関係ない代物が出現した。
『……コーヒーメーカー?』
『こ、これは可哀想にもほどがある。普通ここは武器や防具だろ』
『むしろ現実で欲しい』
先ほどとは違う意味でザワつくプレイヤーたち。
俺もまた、今の気持ちを言葉に出していた。
「やったー!」
と。
どよめくプレイヤーたち。
対照的に、俺は嬉しくて堪らなかった。……だって、旅といえばコーヒーだ!
よく旅番組を見ていたけど、いつも締めに景色を眺めながらコーヒーを一杯やっていた。その姿に憧れて、いつかやってみたいと思っていた。
だから再現ができるとなると、本当に嬉しい。
『お、おいお前……嬉しいか?』
『現実なら……いや、でもあそこまでは』
『素敵な笑顔だ。結婚したい』
何やら盛り上がるプレイヤーたち。
俺は彼らの会話をよそに、コーヒーメーカーをアイテムポーチに閉まった。そして歩き出す。
「ありがとうみなさん。またどこかで!」
振り返り、両手を振ってプレイヤーたちに別れの挨拶すると、この場から離れていった。
▽
緩やかな斜面を下り、進んでいく。
やがて、現実の時刻が十一時半を超えていたのを確認すると、見晴らしの良い場所に向かう。
そして、アイテムポーチを開いた。
取り出した物は、皮の寝袋。
ぽん、と地面に出現したそれのチャックを開け、俺は中に入っていく。
下半身を全て覆ったところで、ちらりと山の外に目を向ける。
「うはぁ……!」
瞳に映り込んだのは、建物から幻想的な光を放つ巨大な都市。規模的には始まりの街の方が大きいけど、代わりに建物が驚くほど高かった。
都市の光で周囲が照らされ、夜だというのにフィールドがよく確認できる。
草原とは緑の数が遥かに劣るが、緩やかな地形をした広い丘だった。所々に木々が見え、都市から離れた位置には森もあった。
「楽しみだなぁ……」
そう呟き、俺は寝袋の中に潜り込んだ。
すると眼前に『ログアウトしますか?』とウィンドウが表示されたので「うん」と答えた。
このゲームは、音声認識の機能もある。
もし仮に現実で何かしらの障害があって、指を動かせなかったりする人がいたら、この機能は便利かもしれないなぁ。
「……あ」
障害、その言葉で俺は思い出した。
かくんかくん、と進み辛そうに歩く美女の姿を。
もしかしたら――
そこで、ゆっくりと俺の瞼が閉じた。
景色が真っ暗になり、意識が遠退いていく。
……また、会えるかな?
清楚に微笑む彼女の表情を思い返しながら、俺はこの世界から静かに消えていった。




