11.緑消の洞穴③
更新されたログを見て、俺が松明を放り投げ、その手でウィンドウを開いたのは必然だった。
この状況を打破できるかもしれない、その可能性が1%でもあれば縋りたかったのだ。
プチデビルたちの猛攻から視線を離すわけにはいかないが、目的の位置は理解している。
記憶を頼りにタップすると、ウィンドウが切り替わる音が聞こえた。直後、ブーメランを無茶苦茶に振り回してプチデビルを後退させる。
そして振り返り、走り出した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【スキル】
《ブーメランLv5》《投擲Lv5》《クライミングLv1》《料理Lv1》《調合Lv2》
【バースト】
《ブーメラン》
Lv5:『ウィンドエッジ』
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ちらりと横を見ると、そこには自分のステータスが浮かび上がっていた。
同時に、良かった、と思う。これこそ俺が表示させたかった画面だ。
よく見ると、新たな項目が追加されている。
「ウィンドエッジ……?」
どうやらそれが、入手したバーストの名らしい。
一緒に記載されていることから、ブーメランのバーストに間違いないだろう。
……ええと確か、バーストは一度使うと一定の間隔を空けないと再度使用できないんだっけ。強力になるにつれて間隔は長くなっていくとか。
「うわっ!」
そこまで思い出したところで、俺は足を止めた。
目の前に壁があったからだ。
つまり、最初の地点に戻ってきてしまったわけで。
『『グギギッ!』』』
プチデビルたちはチャンスと見たのか、一気に突っ込んできた。
もう迷っている時間はない。俺はウィンドエッジの文字をタップして、発動条件だけを確認する。
そして、行動に移った。
足に体重を乗せ、ギュルッ、とその場で力強く身体を横に回転させる。その勢いを利用して、思い切り腕を振るい、ブーメランを放り投げた。
ゴウッ!
指先から離れていったブーメランが、いつもとは違う音を発した。
風を切る……というよりも抉り取る、ような。
そして何よりも違ったのは、武器そのもの。くの字の体の周りを透明の何かが包み込んでいる。
風、だ。
それは飛来の途中で規模を増し、先に広がる通路を覆うぐらいに巨大となった。
これが『ウィンドエッジ』……!
『グキ、ガッ!?』
『ブッ!』
『キギァアッ!?』
風に激突した目の前のプチデビルたちが、絶叫と共に後方へ吹き飛んでいく。
地面や壁に激突すると、全員が頭上のHPをゼロに変え、消滅していった。
【プチデビルの尻尾】ランク:F
効果
ーー
【フォークの破片】ランク:F
効果
ーー
表示されるドロップアイテム。
【プチデビルの尻尾】が二つ。【フォークの破片】が一つだった。
効果説明が『ーー』というのは、詳細が不明。または自分で用途を考えろ、という意味かな。
【フォークの破片】は恐らく武器の素材なんだろうけど……【プチデビルの尻尾】って何だ?
とりあえず、売らずに保管しておこうかな。
――ヒュッ、と鋭い風切り音。
そちらを見やると、ゆっくり回転して戻ってくるブーメランの姿があった。
どうやら『ウィンドエッジ』の効果は、行きだけの時らしい。……まぁ、あんな暴風を纏われていたらキャッチできる自信がないし……。
『――グルガァ!』
唐突に、獣の唸り声が響く。
俺は驚愕で飛び上がりつつ、声がした通路の先に目を向けた。
「……あれ?」
真っ暗だ。
いや、本当に真っ暗なのだ。先ほど見た時よりもさらに闇が強くなっている。
それは通路の壁にある松明の火が消えたためだと、そう理解したのに時間はかからなかった。
理由は簡単だ、風。
つまり『ウィンドエッジ』の効果をその身に受け、火が消えてしまったというわけだ。
そして後を追うように、先ほど俺が放り投げた松明もまたその光を消滅させた。
こ、こんな状況で……!
ザッザッ、と足音が近づいてくる。
意外と素早いその音は、すぐに立ち尽くすしかない俺の元にやって来てーーその脇を通り抜けた。
えっ? と声がこぼれそうになるのを堪えていると『グル……?』と、唸り声の主もまた疑問そうな声をこぼしていた。
……もしかして、見えてないのか?
俺はゆっくりと歩き出す。後ろにいる敵の足音は動かない。
早歩きに変えていく。やはり動かない。
やがて駆け足に変化させる。音は聞こえない。
――いける!
俺はそのまま、真っ直ぐに走っていった。
途中で他のMOBらしき声も聞こえると、その時だけ速度を緩めて安全に進んでいく。
なんという幸運か『ウィンドエッジ』の風は、一本道の狭い通路の奥まで吹き抜けていったようで、闇が途切れることはなかった。
これなら……!
ゴツッ。
ここで、つま先に硬い感触があった。
「わわーっ!」
ぐるんと縦に回転し、仰向けに俺は倒れる。
どうやら、何かに躓いたらしい。
振り返って手を伸ばしてみると、それが箱のようなものだと理解できた。
何だろうコレ? 四角いような丸いような……結構大きいかも……でも、持ち上げてみるとそんなに重くないな……。
『『『グルル……』』』
そこで俺は、意識を取り戻した。
加えて思い出した。今、置かれている状況を。
恐る恐る、声の方向に顔を向けてみる。
――粒のように小さな光。
それがびっしりと、まるで壁のような形で俺を見つめていた。そこからこぼれ出す不快な呻き声が不規則に奏でられる。
十。……いや、それ以上だ。
もう一度『ウィンドエッジ』を使いたい状況だけど、まだクールタイム(待ち時間)中にある。
バースト以外に複数を相手にできる力はないし、一体一体を相手にする力も持ち合わせていない。
取るべき策は、一つだけ。
「さよならっ!」
逃走。
逃げるが勝ちって言うしね?
『『『グルルルァァァァ――ッッ!!』』』
「うあああーッ!」
背後から爆発のような絶叫と足音が放たれ、俺もまた泣き叫びながら必死に走っていく。
どんだけ数がいるんだよー!
そう心の中で叫びを上げていると、ヒュッ! と何かを放り投げるような音が、
「いでっ!?」
後頭部に何かがぶつかり、痺れが起きる。
大きさから石か何かかな……ぶッ!?
今度は、背中に鋭利なものが突き刺さった。
お、追いついてきてるのか!?
そういや、さっきプチデビルを倒した後に走ってきたMOBも足が速い印象だったな……。
左上のHPがレッドゾーンに入ってしまったので、慌ててウィンドウを開きアイテムポーチからポーションを一つ取り出す。
手元に出現した瓶のコルクを引き抜き、急いで緑の液体を飲み干す。
薬草を使用したことで苦いイメージがあったけど、味は意外にも甘さがあった。まるで紅茶のような。
「あいててて!」
だが、悠長に感想を述べている余裕はない。
ダメージを負ってもいい。少しでも、できるだけ前へ……。
「……ん!」
そして、二本目のポーションを口に含んだ、その時だった。
視界の先に、青い光が見え始めたのは。
それは石の台座の上に置かれており、見るからに出口っぽい。
ドスドスドス!
そう理解した瞬間だった。鋭利な武器が背中に幾つも突き刺さった。回復したHPが、ガリガリと削れていく。
「ま、に、あ、ええ、えッ!」
俺は最後の力を振り絞って、台座に手を伸ばす。
背中に追撃があったのは、それと同時だった。
俺の身体は、緑消の洞穴から消滅した。




