10.緑消の洞穴②
ゆっくりと、自然に閉じていた瞳を開く。
視界に広がる景色は、薄暗いの一言に尽きた。
周囲には石の壁に石の地面。確かにダンジョンの名前通り、どこにも緑はなかった。
背後は行き止まりだが、前方は真っ直ぐに通路が伸びており、壁に配置された松明によって微かに照らされている。
「あっちに進めってことだよね……」
俺はとりあえず、先の真っ暗な通路に向かってゆっくりと歩き出した。
心許ないので、壁の松明を一本拝借する。
【ひのきの棒】F
効果
ATK+1
何度か使用すると壊れてしまう。
なるほど、この道具は武器扱いなのか。
それに木製のものには火をつけて使用することもできるみたいだ。焚き火とかしてみたいなぁ。
『ゲギッ』
急に聞こえてきた、表現し難い奇声。
隠れる場所がないので、俺はその場で足を止めた。ひのきの棒を前方に伸ばし、声の方向を確認する。
見えたのは、粒のように小さな深紅の光。
それは一つじゃなかった。二つ三つ、四つ……わわ、幾つあるんだ?
ひのきの棒をもっと突き出すようにして確認してみると、その謎の正体が露わになっていった。
そして、俺はその瞳を見開くしかなかった。
光は『目』だったのだ。
漆黒で塗り潰された、俺の腰辺りまでしかない小さな身長。手には身体より巨大なフォークを持っており、まるで悪魔のようだ。
【プチデビル】【Lv4】
見た目だけなら大したことはなさそうだ。
……見た目だけなら。
『ゲヒッ』
『ギギ、ギッ』
『グゲゲッ』
それが複数となると、そんなことは言えない。
今分かったけど、プチデビルは六体いるようだ。
『『『ゲギッ?』』』
ぴたり、とプチデビルたちの視線が俺を捉えた。
……そして、ぼーっと固まった。威嚇や警戒といった態度など見せず、ただ俺を見つめていた。
あ、あれ? 攻撃を仕掛けてこないのかな。
俺は一先ず距離を取ろうと、恐る恐る後ろに足を伸ばし、地面につま先を置いたーー
『『『グギャギャ――ッ!!』』』
ところで、プチデビルたちは突進を始めた。
「うわあっ!?」
反射的に俺は、叫びながら逃げ出してしまう。
距離を取ると逆に向かってくるのか……!
「……ならっ!」
俺は空いた右手でブーメランを引き抜くと、身を翻す。
遠心力を利用して、力強く放った。
『ギブッ!?』
プチデビルの一体に命中する。
こちらはレベル3のスキルと一つ低いレベルだけど、HPを半分近く減らしていた。防御力はそれほどないのかもしれない。
考えながら戻ってきたブーメランをキャッチし、逃げながらもう一度投げる。
『グギャッ!?』
先ほどとは違うプチデビルの額に当たった。
ここで右下のログが更新された。どうやらブーメランのスキルレベルが上がったらしい。
……これで少しは威力が上がるかな。
今日の夕方……ファングボアとの戦いで理解したのだが、レベル1の時の飛距離は五メートルが限界だった。レベル2は六メートル。レベル3は飛距離が変わらずブーメランの威力が上がっただけ。
レベル4は……
『グギャギャギャ!』
『ゲゲゲッ!』
「か、確認する暇がないっ!」
ブーメランが戻ってきては投げ、戻ってきては投げるの繰り返し。
見たところ威力に変動はないみたいだし、飛距離が変化したのかな。
……だが何より変化があったのは、HPを均等に半分近く減らしたプチデビルたちの方だった。
つまり、全員がダメージを負っているということだ。……実はこれは、俺が狙ったわけじゃない。プチデビルが『そうさせた』のだ。
ダメージを受けた味方を庇い、自らが盾となる。
なんと、そんな戦法を取り始めたのだ。それがプチデビルというモンスターの能力らしい。
そして、そこからが問題だった。
ガキィン!
放り投げたブーメランが、重なり合った相手のフォークによって弾かれる。
ヘロヘロと情けなく戻ってくるのを、俺は容易くキャッチした。
――刹那。
『グギャーッ!』
「う、わっ!」
左の壁を蹴って突っ込んできた別のプチデビル。
顔面に向かってきたフォークを、首を回して躱す――いや、僅かに頬を掠めた。
左上のHPが微かに減少する。
だが、それを気に留めている時間はない。
『ギーッ!』
間髪入れず、右から向かってくる影があった。
今度は早く気づけたので、容易く後ろに飛んで回避する余裕があった。
……と思ったのも束の間、
『ギッ!』
『グガァ!』
なんと俺にダメージを与えたプチデビルが、今攻撃を仕掛けた仲間の足を掴んだ。そして、こちらに向かって力任せに投げつけてきたのだ。
「ぐうっ!?」
ドスッ、と。
放たれたフォークの先端が、俺の腹を抉る。
痺れるような感覚と共に、HPが半分には満たないが削れていく。
刺さったままだと減少は止まらないので、すぐにフォークを引き抜いた。
……食らっておいてアレだけど、初期装備の相手にこのダメージ量は少ない。防御力に加え攻撃力も弱々しいみたいだ。
でも、今なら納得できる。
幾ら防御力や攻撃力が微弱でも、それを補う『チームワーク』がある。
確かに、ソロじゃ厳しいわけだ……。
『『グギャアッ!』』
「ぐぐっ!」
先ほど攻めてきた二体のプチデビルが、そのままフォークを振り回してきた。
数で不利だというのに、相手のチームワークによって防戦一方になってしまう。
ただ攻撃を受け止めたり弾いたりすることだけ。でも、元々武器の面積が小さいため、完全に防ぐことはできない。
HPはイエローへ。そのまま止まることなく減少を続けていく。
……だ、ダメだ。防ぎ切れないっ……!
そう諦め、ギュッと硬く目を瞑ろうとした、
――『バースト』を取得しました。
そんな時、だった。




