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 部屋から外をのぞいてみると、アパートに面した路地に、普段は見慣れないグレーの車が見える。誰が乗っているかまでは分からないが、おそらく二人組の男性だろう。


 つまりそれは覆面パトカーで、ぼくは刑事に監視されているというわけだ。見張っているのは以前にぼくの取り調べをした短髪と坊主頭のコンビに違いない。


 そんな風に無駄な時間を過ごしている暇があるなら、いったん捜査の見直しでもしたらどうなんだと、怒鳴ってやりたい衝動に駆られる。こんなことをしているうちに、もし真犯人を取り逃がしたりしたらどうするつもりなんだ?


 「いったい、何してんだよ。あいつらは……」


 苛々と呟き、窓から離れた。

 相変わらず雑然とした部屋の真ん中であぐらをかいて、本当にぼくの以外に容疑者となりうる人物が、弘美の身近にいなかったかを考える。

かといって、ぼくが知っている弘美と親しい間柄の人間は非常に限られている。

 動機の有無を別にしても、たったの二人だ。彼女の家族は――さすがに除外していいだろう。というか、あまり考えたくない可能性だ。

 たとえば弘美の親なら、彼女のアパートを訪れても不思議じゃない。だが実の親が、自分の娘の右手を切り落とすなんていう、むごいことをするだろうか?

 昨今の凶悪犯罪をニュースで目にする限り、まったくないとは言い切れない――そう思う自分が嫌になる。

 とにかく、家族を疑うのは最後にしておこう。

 ところでぼくに心当たりがある三人だが、そのうち二人組はぼくも面識がある。

 

 一人目は、弘美の友人の岡島明奈。

 二人目は、弘美の今の彼氏である男。


 ちなみにぼくは、二人目が本命ではないかとにらんでいる。一人目の友人は動機があるのかすら不明だ。それでも話をきく価値はある。新しい情報を入手できるかも知れない。

 

  二人目は、前にぼくが外に買い出しにでかけ、偶然弘美と鉢合わせし たときに一緒にいた男だ。互いの仲を見せつけるような弘美の態度は、今も当時の屈辱を思い出してははらわたが煮えくりかえる。

 現在の彼氏なら、弘美のアパートに出入りしていてもおかしくはないという意味で、むしろぼくよりずっと犯人らしいはずだ。警察は何をしているんだろう?

 ぼくがやってないなら、残るはあいつしか犯人の候補はいない。 弘美のアパートの部屋で、二人きりになるほど心を許している仲だ。ぼくが犯人なら弘美はまず玄関の鍵をあけたりはしないだろう。たまたま玄関か窓があいていたとするよりは、よほど自然だと思う。

 それでもなおぼくが疑われているのは、ぼくには明確かつ分かりやすい動機があるという一点だった。警察はまんまとそこに食い付いたというわけだ。

 もしかすると真犯人はこれが狙いだったのか? ぼくに動機があることを利用して、ぼくに罪を擦りつけようと目論んだのか?

 ぼくの方も、どうやら真犯人のしかけた罠にかかってしまったらしい。

真犯人の容姿として、ぼくが具体的にイメージしているのは、やっぱりあの、弘美といた男だった。

今の彼氏こそ疑わしい――まずはそこから攻めることにする。

 弘美の友人である岡島明奈なら、もしかすると彼女の今の恋人について何か知っているだろうか?

 ぼくは岡島明奈と接触を試みることにした。


     


 午後九時を過ぎても、岡島明奈は出てこなかった。残業でもしているのだろうか?

 岡島さんが勤めているのは、今ぼくが様子をうかがっているオフィスビルの五階にある会計事務所だった。 八時を経過したあたりでスーツ姿の男女がちらほらとビルの中から現れたはじめたが、それから一時間が経っても岡島さんは出てこない。それでも諦めないぼくの粘り強さを、自分で誉めてやりたい気分だった。

 

 岡島さんが姿を見せたのは、九時五十分になったときだった。小柄な体躯ながらぴんと背筋を伸ばしている。

 駐車場に向かう岡島さんのあとを、ぼくは追う。

 自分の車の前でハンドバッグからキーを取り出したところで、ぼくは岡島さんに声をかけた。


 「あなた、弘美の元カレじゃない」


 話しかけられた岡島さんは一瞬驚き、そのあとあからさまに警戒する素振りを見せた。


 「……何? あたしに何の用よ?」


 「あの、ちょっとききたいことが……」


 ぼくが近寄ると、岡島さんは後退りする。


 「こないで。大声だすわよ?」


 随分な言われようだ。まるで犯人扱いだ。


 「何もしませんよ。ただたずねたいことがあるだけで」


  「この前、警察がききこみにきたわ」


 岡島さんは不信感もあらわにぼくを睨む。


 「あんたについてきかれた。弘美につきまとってたって……あんたが弘美を殺したんでしょ?」


 あまりにも直球な言葉に、ぼくは少したじろいだが、ここで黙れば肯定したのと同じだ。ぼくは首を横に振って否定する。


 「どうだか……犯人なら認めないだろうし」


 このままでは駄目だ。完全に信用させるのは無理でも、話しをきいてもらえるようにはしなければ。


 「分かってます。ぼくに動機があることぐらいは。これ以上近付かないし聞きたいことを聞いたらすぐにいなくなります。それでいいですか?」


 ぼくの言葉に思案する様子を見せて、


 「……早く済ませてよ」


 とこちらを睨みつつも答えてくれた。話をきいてもらえるだけでもなによりだ。


 「で? ききたいことって何? 言っておくけど答えるかどうかは質問によるから」


 「うん……ききたいのは一つだけ。弘美が最近になって付き合い始めてた男について教えて欲しいんだ」 


 「……それって、あんたと別れた後ってこと? そんな話、聞いてないけど?」 


 弘美は岡島さんにはまだ話していなかった、ということだろうか?


 「彼氏はいなかったんじゃない? ていうか、ありえないと思う」


 ぼくの考えとは裏腹に、岡島さんはなぜかそう強く断言した。


 「何で言い切れるんですか?」 


 「何でって……そもそもあたし、弘美があんたと別れたってこと自体が意外だったよ」


 「どうしてそう思うんですか?」


 「いや、それは……」


 答えにくいことなようだ。ぼくは質問を変える。


 「なら、彼氏がいなかったっていう根拠はなんですか? 実際ぼくはこの目で見てたんですよ。弘美が知らない男と腕を組んで歩いてるところを」


 「え……?」


 ぼくの言葉に岡島さんは目を見開く。


 「見間違いじゃないのそれ? 本当に弘美だったの?」 


 思いがけない反応にぼくは困惑する。

 弘美がぼくと別れて彼氏を作ることが、岡島さんとってそれほどありえないことなのか?


「見間違いってことはないですね。話もしましたから。そのとき弘美の口からきいたので確かです」


 嫌なことを思い出して無意識に歯軋りする。


 「あのさ……その弘美といた男って、どんな外見だった?」


 ふいに岡島さんがそうたずねてきた。ぼくは覚えている限りの男の特徴を口にした。


 「…………」


 だが岡島さんはそれきり口をつぐんで黙り込んでしまった。


 「どうかしました? やっぱり心当たりが?」


 ぼくの声に岡島さんはこちらを見ると、


 「……いや、いちおう思い出そうとしてみたけどあたしには見たことも聞いたこともない男だね。悪いけど」


 「そうですか……」


 他に聞くべきことはもうない。それを伝えると岡島さんはさっさと自分の車に乗って去って行った。

 

 「……嘘、吐いているな」


 岡島さんは知らないと言ったがあれは明らかに隠し事をしてるようだった。

 その男を庇っているのか? 何のために――いや、多分それはぼくからだろう。岡島さんはぼくが弘美を殺したと疑ってる。それで弘美の彼氏について教えたらその人物も狙われると思ったのだろう。


 むしろぼくはそいつこそ犯人じゃないかと思ってるが――。


 だが無理に聞き出すのは得策じゃない。あまりしつこくして警察でも呼ばれたら不利なのはぼくだ。


 「くそっ……」


 舌打ちをして、ぼくは踵を返した。

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