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二年前 (2)

殺された女性の葬儀の様子が、朝のニュースで流れている。

女性の名前は、川上景子といった。テレビに映る生前の活き活きとした表情は、とてもぼくが見た死体と同一人物とは思えない。

わずかに歯をのぞかせて笑っている写真と、青紫に変色した死体の顔が、どうしても重ならなかった。

彼女はどうして死ななければならなかったのか? 殺されるほどの理由が、彼女にはあったということなのだろうか?

自分が死体の第一発見者であるせいか、まるで面識のない女性の死が、どうにも他人事に感じられない。

どんな理由があろうと、人殺しは許されない――それはその通りなのだろう。それは間違いではないだろうが、犯人側にも同情すべき動機が存在する場合はその限りではないとも思う。


犯人は極悪非道とは限らず、被害者は清廉潔白とは限らない。


犯人の動機といえば、不明な点がまだある。

ぼくが川上さんの死体を見つけた二日後、彼女の職場でもっとも親しかった同僚の自宅玄関の前に、ダンボールに入れられた被害者の右手が放置されていたことだ。この一件から警察では、今回の事件は愉快犯によるものとの考えを強めているようだ。


――まあそれもみんな、週刊誌やニュースの受け売りでしかないんだけど。報道がどこまで鵜呑みにしていいのか、いまだ報道されない事実はあるのか、報道関係者とも警察関係者ともコネクションをもたないただの一般人には知るすべはない。

今でもときおり、川上景子の死顔が視界にちらつく。そのせいで、どうにも仕事に身が入らず、つまらないミスをして上司の叱責を浴びてしまう。自分で自覚していた以上に、死体を見つけたショックは大きかったようだ。

犯人が捕まれば、あるいはこの悩みも解消されるんだろうか?


それからはニュース、新聞、雑誌に目を通していると、事件について取り上げられてないかつい探してしまうようになっていた。続報はないか――警察の捜査に進展はないか、なるべくチェックしていた。

どうしてここまで、この事件に入れあげるのか、自分でも分からなかった。こんな事件のことなんか、さっさと忘れてしまった方がいいことは確かだ。実際、弘美にも同じことを言われたし、自分でもそう思う。

だが一方で、自分だって無関係じゃない――この事件のせいで、被害者の死体を見つけてしまったせいで、こちらも精神的に少なからずダメージを受けている。捜査はどこまで進んでいるのか、犯人はどこの誰なのか、早く知りたいのは、そうおかしなことではないだろう――そう思うぼくもいた。

ぼくが一番気になっていたのは、やっぱり犯人の動機だ。殺害の動機もそうだが、ぼくが注目しているのはそこではない。


 どうして犯人は殺害後、被害者の右手を切断したのか?


 意味があるのかも知れない。また意味なんかないのかも知れない。それも含めて、ぼくは気になっていた。

 だがそれもいずれ、近いうちに明らかになるだろう――。

 そう楽観していた、ぼくの予想は大きく外れた。

 事件はより、深刻化していくこととなった。

 半月後、二人目の犠牲者が出たのだ。



 あらたに殺害されたのは小野辺清香という、ジュエリーショップに勤める二十五歳の女性だった。最初の 川上景子と同じく紐状の凶器で絞め殺され、右手を切り落とされていた。

 もちろん、現場に右手はなかった。犯人が持ち去ったのだ。

 切断された右手は翌日、被害者の両親の住む家の玄関脇で見つかった。

 二件の犯行の手口は――ぼくの知る限り完全に一致しているようだった。

 連続殺人――その可能性が浮き彫りになったことで、テレビでは特番を組まれるまで、大々的に取り上げられるようになった。

 一人目がでたからといって、二人目がでるとは限らない。むしろそういった殺人事件が大半だ。

 だが二人目がでれば、三人目以降がでても何らおかしくはない。犯人に明確な動機があるのか、正常な思考の持ち主なのかどうかすら怪しくなってくる。

人一人の命が奪われるというのは、それだけでも充分に大変なことなのに、それが更に二人も続くとなると、世の女性はみんな安穏としてはいられなくなる。


 そしてそれは、ぼくの恋人である弘美も例外じゃない。

 被害者が二人とも弘美と年齢も近く、また事件もそんなに離れていない場所で起きているために弘美は不安そうで、いつもより元気をなくしているように見えた。ぼくが何気なく事件について軽く触れただけで機嫌を損ねたりもした。そのためぼくはひそかに事件の情報を集めていることを、弘美には黙っていた。

 だが弘美の様子は、どうもそればかりが理由ではない気もした。だいたい女性が犠牲になる事件なんか、言葉は悪いが珍しくもなんともない。起きるたびにいちいち反応していたら心が参り、まともに暮らせやしない。

 今度の事件に対する弘美の態度は、どうも過剰すぎるきらいがあった。その怯えようは普通ではない。

 弘美は、事件について何かを知っている――そしてそれは彼女自身とも深い繋がりがあることなんだ。

 そしてそれは、きっと警察にも言えない事実なんだろう。何か疚しいことがあるからか、警察に知られることで自らの身にも危険が及ぶからか、それは不明だ。

とにかく犯人逮捕につながる、重要な手がかりになるかも知れない――これ以上の被害者をださないためにも弘美からどうにかして聞き出し、警察に伝えるように説得しないといけない。

弘美の嫌がることをするのはどうにも気が進まないが、人の命がかかっている。もしかすると弘美の命がだって危ないかも知れない。それならなおさらだ。

問題はどのタイミングできりだすかだ。これはもうその場の空気に合わせて出たとこ勝負でいくしかない。

こうしてぼくは、自分の意志で連続女性殺人事件に首を突っ込むこととなった。



 その日の夜は弘美の自宅で、彼女とともに過ごした。

 夕飯は弘美の手料理をご馳走になった。彼女は忙しくてもなるべく自分で料理をするようにしているらしく、その味は絶品だ。断じて贔屓目なんかじゃない。

一応ぼくも独り暮らしの身の上だが、食事はたいてい外食かコンビニ弁当ですませてしまうため、正直、手料理が恋しく思うときがある。だから弘美が腕によりをかけて作ってくれた料理を口にできるのは願ったり叶ったりだった。

 いや、そうじゃない――愛する彼女の手料理が食べられるというのは誰にとっても、それだけで問答無用で幸せなことに違いない。

 食後は二人で、リビングのソファでテレビを観ながらくつろいだ。

 夜の十一時になると、それまでのバラエティやドラマにかわり、ニュース番組がやりはじめる。

 チャンネルをかえると、ちょうど例の事件の続報がやるとこれはだった。


 「……テレビ、消すね」


 弘美がリモコンを手にする。続報は気になるが、しょうがない。またあとで調べてみればいい。

 だがリモコンを握った弘美の手が、ぴたと止まった。


 「……?」


 気になって弘美を見ると、彼女の目はテレビを凝視している。

 ぼくも、テレビのニュースに注意を向ける。

 事件に関する情報は進展していた――最悪の意味で。


 ついに、被害者は三人目となった。殺害されたのは仁村絵理子、職業は歯科医助手の女性だった。

 死体発見現場は、ここからほど近い河原の橋桁の下だ。


 「なんで、こんな……」


 呟く弘美の声があまりに震えていたのでそちらに目をやると、彼女の顔は青ざめていた。

 この仁村絵理子という女性の死に、弘美は明らかにショックを受けている。


  「……知ってる人?」


 ぼくがきくと、弘美は頷いた――本当はもっと突っ込んだ質問をしたかったが、今の彼女はとてもそんなことができる様子ではなかった。

 ぼくにだけは、何でも打ち明けてほしかった。だがそれはぼくのエゴというものだろう。あくまで優先すべきは弘美の心情だ。

 こればかりは急いてもしょうがないことだった。



 後日、殺害現場となった河原まで足を運んだ。

 橋桁の周囲はブルーシートでおおわれ、複数の警察官が出入りしているのが、見えた。

そして今ぼくがいる土手はカメラマンやリポーター、雑誌記者などの報道関係の人間や、一般の野次馬で占めていた。

 もっとも、ぼくの場合はただの興味本意以上の意味がある。何しろぼくの恋人がこの事件と、どうやら関わりがあるらしいことに気づいてしまったからだ。弘美に関係があることなら、ぼくにとっても無関係じゃない。今は少しでも多くについて知りたい――ぼくは情報に飢えていた。

野次馬はどいつもこいつも不謹慎にも笑っているもの、怯えた風を装おいつつも内心の好奇心を隠しきれていないものなどばかりだった。


 だがそんな中、一人だけ浮いた存在の人物がいた。

 茶色のトレーナーを着た、見たところ五十代の後半くらいの男性だった。白髪に金縁眼鏡をかけている。

 男性は少し猫背気味に立ち、殺害現場を見ていたが、他の野次馬と違うのは、彼がとても暗い眼をしていたことだ。

 おそらく、被害者の知り合いなんだろう――そう考えると男性の眼には、まだ見ぬ犯人への憎しみと、親しい知人を失った悲しみが混在しているようにも感じられる。

 もしかすると被害者の父親かも知れなかった。

 それ以上は男性を見ているのが辛くなり、ぼくは土手を離れた。

 ぼくは絶対に守ってみせる――弘美を殺させはしない。

  男性の様子を目にして、ぼくは固くそう決意した。



 弘美から携帯にメールが届いたのは、同じ日の夜半過ぎのことだった。


  『当然ごめん。わたしの家まできて』


 メールの内容は以上だ。素っ気ないほど簡潔な文章だったが、その分だけ余裕のなさがうかがえる。

 これは尋常じゃない。幸い急な予定はない―いや、あったところで全部キャンセルだ。弘美のこと以上に大事な用なんかぼくには存在するわけがない。

 息を切らせてアパートに着く。開かれたドアから弘美の怯えた顔がのぞいた。


 「ほんと、急に呼んでごめん……」


 いつになくしおらしい態度だった。精神的にかなり参っているようだ。そんな弘美を見ていると、こちらも胸が締め付けられるように痛む。


 「確かめたいものがあるんだけど……一人じゃ、どうしても怖くて」


 「確かめたいもの?」


 「うん。とにかく実際に見てくれれば、分かると思うから」


 弘美にうながされるまま、ぼくは部屋にあがった。

 

 それはリビングのテーブルの上にあった。

一見は何の変哲もないダンボールの箱だった。ガムテープで丁寧に封をしてあるが、配達伝票などの送り主を示す類いのものは貼られていない。


 ――不気味、だった。


 「ねぇ、耀太……」


 背後で弘美が口を開く。


「どう思う……これ」


 「どう、思うって……」


 言いかけて、言葉を飲み込んだ。ダンボールの中身が何なのか、想像するものは一つだけだ。おそらく弘美も同じことを考えているに違いない。彼女の質問は答えを求めてのものじゃなく、沈黙にたえられないからだろう。

 はたしてあけるべきなのか――ぼくとしてはあけたくない。だがあけない限り弘美の不安を払拭することは叶わない。

覚悟を決めてガムテープを剥がし、あける。

時間が、一瞬にして凍りついた。

 そこにあるのは右手――女性の、若い女性の、切断された右手だった。

三人目の被害者、仁村絵理子の右手であることは疑う余地はない。

いきなり、大きな声が間近できこえた。

 弘美の悲鳴だった。

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