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覚悟を決めて外に出たとたん、毛穴という毛穴から汗が一気にふき出した。

錆びだらけの鉄製の階段をおりる。アスファルトからたちのぼる陽炎で、風景が歪んでいる――いや、もしかすると目眩かもしれない。熱中症には気を付けなければ。

歩き出したはいいけれど、動くと余計に暑い。暑すぎる。こんな天候で出かけようと思う人間の正気を疑う。あまりの暑さで頭がやられてしまっているに違いない。

国道沿いの歩道を進んでいく。足元がふらふらだ。汗が顎先からぽたぽたと落ちる。ハンカチで拭っても拭っても汗は止まらない。いまやハンカチはぼくの汗を吸いすぎてぐっしょりと濡れている。

ようやくコンビニに到着した。足腰の弱ったお年寄り並のスピードで歩いたため、道のりがいつもより長く感じた。

帰りも同じくらいかかるのだろうか――いっそ、コンビニに一泊したくなる。


カップラーメンやポテトチップス、コーラのペットボトルを、床の買い物かごに放り込んでいく。ビール缶を手にした、でっぷり太った中年男性が、こちらにじろじろと奇異の目を向ける。ぼくが睨むと、彼は慌てて目を逸らした。


失礼なやつだ――だから外になんて出たくないんだ。


買い物かごをさげてレジに行き、会計をする。


「箸をお付けしますか?」

 

店員の言葉に「いえ、結構です」と答える。あってもゴミになるだけだ。


「袋、お分けしますか?」


店員がまたきく。聞きそびれたぼくは「へっ?」と間抜けな声を発した。


「あっ――いえ、すみません」

 

何を勘違いしたのか店員は勝手に納得してしまい、ぼくは釈然としないままコンビニを出た。

涼しい店内から一転して殺人的な太陽光線の下へ。天国から地獄だ。

 

ちょうどそのとき、一組のカップルがぼくの目の前を通りかかった。

 

「――――え?」

 

ぼくは自分の目を疑った。

 

「…………あ」

 

カップルの女の方がぼくに気付き、足を止めた。

弘美、だった。

 

ぼくは絶句し、馬鹿みたいに立ち尽くしていた。

 

「ん? 誰、知り合い?」

 

男の方が訝しげな顔をする。日に焼けた肌にたくましい体つきをした二枚目だ。

そんなことよりぼくが気になったのは、弘美がいかにも親密そうに男の右腕に自分の左腕を絡ませていることだった。

 

どういうことだ、これは? この男は誰だ? 二人はどういう関係だ?


「元カレよ、元カレ」


男の問いに弘美が答える。それからぼくに目をくれる。

 

「どう? 仕事は見つかった?」

 

別れ話をしたときと同じ、例の嫌な笑みを見せた。

 「へ、何? おまえの元カレって無職なの?」

 

男があからさまに見下した目を、ぼくに向けてくる。とてもまっすぐ見られず、ぼくの視線は足元に落とされる。

 

「そうなの、ニートなの」

 

言って、弘美は声をあげて笑った。男もつられて笑い声を出す。

 

「見てわかると思うけど、わたし今は彼と付き合ってるの。そういうわけで、もう電話してこないで。迷惑だから」

 

「ばいばい」とあいている右手を振って、弘美は男と一緒にぼくの視界から消えていった。

 

「ふざけるな……」


怒りが腹の底から込み上げる。

ちくしょう、信じてたのに――ぼくは弘美を信用していたのに、こうも簡単に裏切るなんて。だいたい何だよあの男は。結局、何者なんだよ? 「今の彼氏」なんて言われても納得できるわけがないじゃないか。いつから付き合ってたんだよ? ぼくと別れる前から? それとも後から? どこで知り合った、どういう素性のやつなんだ? こんな訳の分からない、ぽっと出のやつに弘美をとられるなんて我慢ならない。

許せない。弘美のやつ許せない――そのうち、絶対に後悔させてやる。今に見ていろよ。

脳内を呪詛で満たしながら、ぼくはアパートに戻る。

このとき、ぼくは初めてに弘美に恨みを抱いた。

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