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体が怠い。何もする気が起きない。

早く仕事を探さないといけないのは分かっているものの、どうせまたすぐに辞めるはめになると思うと、どうしても気が乗らない。

 そもそも、外に出るのが面倒だ。他人だろうが知人だろうが、人に会うのが憂鬱で――あ、弘美は例外だ。

 ちなみに今のぼくが住んでいるのは、昭和中期ぐらいに建てられた木造のボロアパートだ。

 ぼくがいまだにこんなところに身を置いているのは、何も家賃が安いからだけじゃない。事実、前はもっとましなワンルームマンションに住んでいた。

引っ越さないのは、引っ越すだけの理由がないからだ。前のマンションを引き払ったのは人目を気にしてのことで、このアパートを選んだのは弘美のマンションに近く、なおかつ周りに知っている顔がないためだった。


 手狭で薄汚いぼくの部屋は、ゴミ溜めと化していた。屑籠は丸めたティッシュやチラシで溢れ返り、台所の流しの中はカップラーメンやコンビニ弁当の空の容器が山積みになっている。

 さすがに臭いがきつく、お隣から苦情も受けてもいたが、彼らはまるで分かっていない。外のゴミ捨て場まで行くだけでも、ぼくにとっては重労働なんだ。少なくとも、彼らよりは。


 そういえば散髪にも行っていないから、髪も伸びるにまかせている。外出する機会が極端に少ないため、身だしなみもおろそかだ。さすがにデートのときはそれなりに気をつかうが、それはぼくにとってのそれなりで、他人のそれとはだいぶ差がある。以前も弘美に、「そのまま葬儀にでも出席できそうね」と冗談まじりに言われたこともあるほど、地味な服しか持っていなかった。


 ふと携帯を手にして、着信履歴を確かめる。

 電話もメールも、ともにゼロ件――がっくりと肩を落とす。

 もしかして弘美は本気なのか? 本気でぼくと縁を切るつもりなのか?

 ぼくの不甲斐なさに呆れ果て、ついに愛想を尽かしたというのか?

 昨日――弘美に別れを切り出されてから、何度も彼女と連絡をとろうとした結果がこの通り。電話には出ず、メールも返そうとしない。


 ぼくには弘美しかいない。ぼくのことを理解してくれるのは弘美だけだ。弘美がいなければ、ぼくはこの先何のために生きていけばいいんだ?

 あのときはお互い冷静じゃなかった。弘美も勢いあまってあんなことを口走ってしまったものの、今頃はきっと後悔しているはずだ。でもあんなことを言った手前、ぼくと話すのをためらっているんだ。きっと、そうだ。

 ぼくが気にしていないことを伝えて弘美を安心させてあげれば、また元の関係に戻れるだろう。

 いくら好き合ってる間柄でも、喧嘩ぐらいはする。それで興奮して、思ってもいないことを言ったりもする。今回もその類いだ。

 とにかく、昨日の話は嘘だ。全部なしだ。すっかり水に流して忘れてしまえばいい。

 だいたい仕事を辞めたのは、ぼくのせいじゃない。あいつらが悪いんだ。それぐらい弘美もよく知ってるだろうに。


 くぅっ――と胃が空腹を訴えたところで、考えるのをやめる。先に腹を満たそう。

 だが、冷蔵庫にも棚の中にもろくなものがなかった。ジャンクフードすらないというのはどういうことだ? 普段は一定量はストックがあったはずなのに。

 そういえば、最後に買い出しに行ったのはいつだったか――思い出せない。つまりそれほど前だということか。

 出不精、ここに極まれり。

 しょうがない、コンビニに行くとするか――ぼくは重い腰をあげる。髪型を整えたり外出着に着替えた方がいいんだろうけど、別に遠出をするわけじゃなし、往復で二十分もかからないし、部屋着のままでも構わないだろう。

 そういうわけで、ぼくは財布だけを持って、部屋の玄関のドアをあけ――


 「暑っ――」


 ドアを閉めた。

 何なんだ今の暑さは? 八月の太陽からは人類に対する害意が感じられる。

 こんな灼熱地獄の中を、ぼくは進まなければならないというのか? なんという絶望だ。

 食料を得るため――生きるためにあえてこの身を危険にさらせというのか?

 何かを得るには相応の対価が必要だという、等価交換というわけか――それならまったく割りに合わない。 ぼくはとうに大きな対価を払っている。

 そう、己の人生という対価を。

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