二年前~現在
弘美の殺害に失敗し、そのまま逃走した犯人は全国で指名手配を受けた。警察も懸命にその行方を追っているようだがいまだに見つかっていない。
入院中に何度も警察がやってきたが、ぼくに話せることは犯人の特徴とその動機以外には何もない。動機に関して言えばぼくより弘美の方が詳しいだろう。
犯人に切り付けられてずたずたになったぼくの右腕はもう使い物にならず、根元から切断するしかなかった。
不幸なことに利き腕だったためリハビリは困難を極めた。
リハビリには弘美も仕事の合間を見て手伝ってくれていた。彼女は自分のせいでぼくが利き腕を失くしたと思っていて、いくらぼくが「気にしなくていい」と言っても効果はなかった。
以前と同じ仕事は続けられず、障害者年金を受給しつつ片腕でもできるアルバイトを探して糊口を凌いでいた。
義手を使うことも考えたが金属アレルギーですぐにかぶれてしまうため断念した。
片腕ともなると以前と比べて生活面ではるかに不自由になってくる。着替えも一苦労でゴミ出しも大変だ。ゴミ袋をうまく結べず、事件前は両手に二袋ずつ運べたものを一袋持つだけでやっとの有様だ。おかげで億劫になりついにはそのまま放置するようになった。
それまで当たり前のようにできていたことができなくなることは思いの外ストレスになった。ときには弘美に心無い暴言を吐いてしまうこともあった。そのたびに強い罪悪感を抱くものの、いったん口に出してしまった言葉をなかったことにはできなかった。
そんな荒んだ気持ではせっかく見つけたバイトも長続きしないのも道理だった。
ひとたび町を歩けば通行人の視線が突き刺さった。同情や憐憫の表情を浮かべてぼくを見てくる。おかげで引っ越し先のアパートの部屋から出る機会も減っていった。
退院後の半年ほどはときおりぼくの様子を見にきてくれていた弘美は、やがてまったく顔を見せなくなった。どうしたのかと電話やメールをしても何も返ってこなかった。
休みを見計らって直接、弘美のアパートにも行った。インターフォンをどれだけ鳴らし、声をかけても返事はなかった。居留守を決め込んでいるのだろうと何となく察しがついた。
まさかこのまま避け続けられて、そのまま――そこまで考えてぼくは頭を振った。今のぼくにとって弘美の存在だけが唯一の希望だった。
利き腕を失くし、仕事を失くし、そのうえ弘美まで失ってしまえばぼくには何も残らない。だからこそぼくは必死だった。これまでの行いなら反省をする。せめて顔を見て話をさせて欲しかった。
そんなとき、やっと弘美がメールを寄越してくれた。
事務的な文面だったものの、そこには明日の午前九時に駅前のカフェで待ってる云々と書いてあった。
返事があったことでぼくは浮足立っていた。翌朝になるとぼくはさっそく時間通りに待ち合わせ場所のカフェに向かった。
だがそこでぼくが弘美から聞かされたのは、想像する限りもっとも残酷な台詞だった。
「わたしと、別れてほしいの」
ぼくをまっすぐと見て、弘美ははっきりとそう告げたのだった。




