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二年前  (3)

 切断された右手を見て取り乱した弘美が落ち着くのを待って、ぼくは警察に電話をした。

 長い事情聴取を終えてやっと二人きりになると、リビングで向かい合ってコーヒーを飲む。

 弘美は蒼白の顔でカップを口に運ぶ。カップを持つ手がかすかに震えている。


 ダンボールに入れられたあの右手が仁村絵理子のものであることは、まず間違いない。となると弘美は彼女と顔見知りということになる。


 「景子と清香、絵理子とわたしは大学で同じ学部だったの」


 やがて決心したのか、弘美は訥々と語りだした。


 「三年の夏に四人で飲みに行って……運転できるのが絵理子だけだったんだけど、彼女もお酒を飲んじゃったの。でも『これぐらいの量ならたいしたことない』っていうから帰りにみんなを送ってもらうことになって……」


 そこでいったん間を置いて、弘美は続きを口にする。


 「青信号で渡ろうとした男の人を……轢いちゃったのよ。そのあと罪は償ったけど、その人は右手を失うはめになって……現役の野球選手、だったのに」


 そこまで聞けばぼくにも察せた。つまり今回の事件はそのときの復讐ではないかと弘美は考えているのだ。

だが当の本人に今回の犯行は不可能なはずだ。片腕だけで人一人を絞め殺して右手を切断できるとは思えない。

 そうなると考えられるのはその男性と親しい関係にある人間ということになる。


 「……何でその話をさっき警察にしなかったんだ?」


 「もうずいぶんと前の話で、まるで確証もなかったから……」


 そう弘美は言うが現に三人は殺されている。彼女自身にも分かっていると思うが認めたくはないのだろう。

次に狙われるのは、きっと自分だという事実を。


 明日になったら必ず警察にも話すように説得した。怯える弘美を一人にするわけにもいかず、今夜は彼女の部屋に泊まることにした。


 平日である明日は二人とも夜まで仕事だ。明日は上司に説明して早めにあがれるようにして彼女の職場まで迎えに行き、その足で警察署に赴くことにした。さすがに弘美一人で行かせられない。




 翌日、早めに仕事を切り上げて弘美の勤め先である美容院に行く。

 ここは従業員用の出入り口が人目につかない路地裏につながっているので心配だ。

 駐車場で待つように言ってあったもののしばらく車の中で待機していたが連絡がない。


 「……遅いな」


 他の従業員はみんな帰ってしまってる。弘美だけが姿を見せない。


 「…………」


 不吉な予感がして、ぼくは車を下りる。

 路地裏に足を踏み入れる。美容院の従業員用出入り口の前を通って更に進む。奥に行くに従って暗さが増す。


 もうすぐ袋小路になるというところで、二つの人影が揉み合っているのが見えた。

 それが何であるか理解したとたん、ぼくは走り出した。


 それは金縁眼鏡で白髪の中年男性が、背後から紐状のもので弘美の首を絞めている光景だった。


 「やめろっ!」


 声をはりあげて男に体当たりする。解放された弘美がげほげほと咳き込む。どうやら間に合ったようだ。


 「この女……こいつのせいで……」


 体勢を立て直した男は憤怒の形相で、ベルトに差し込んだ肉切り包丁を取り出す。

 それを使ってこれまで三人の死体から右手を切断したのだろう。


 「この女のせいで息子は絶望して自殺した。許すものか……」


 男は肉切り包丁を振りかぶって襲いかかる。

 ぼくは弘美の前に出る。男は構わずに凶器を降り下ろした。


 「ぐっ――!?」


 とっさに顔を庇った右腕に、肉切り包丁が深々と食い込んだ。


 「お、お前ぇっ」


 我を失った男は何度も凶器を叩き付けた。激痛が続けざまに右腕に走る。


 「このっ――」


 勢いよく振り下ろされた肉切り包丁が肘の骨に当たり、その衝撃で男の手から凶器が離れる。

 男が慌てて拾うよりも早く、ぼくの後ろにいた弘美の手が伸びる。


 舌打ちをして、男は背を向けて走り去っていった。


 「耀太! 大丈夫?」


 弘美が声をかけるがあいにく大丈夫とはほど遠い。返事が出来ないほどの痛みと出血で満身創痍といっていい。


 「それより、警察……」


 やっとのことでそれだけを口にして、ぼくは意識を手放した。

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