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 「ところで、さ……」


 気まずい沈黙を最初に破ったのは、吾妻弘美の方だった。

 やっとお互いの予定があった、せっかくのデート――せっかくの二人で過ごせる時間だというのに、弘美の口数は極端に少なかった。

 声を出すときといえば、ぼくの言葉に「うん」とか「そうだね」と返す、素っ気ない相槌ばかりだった。

 そんなにぼくといるのが退屈なのかと不安に思ったとき、今になって始めて弘美の方から話しかけてくれたのだ。 今日のデートのために事前にチェックしておいた、店内に飾られたアンティークの小物がお洒落なカフェだった。ぼくはブラックコーヒー、弘美はホットチョコレートを注文し、お互いに一度、カップに口をつけた後のことだった。


 「……ん、何?」


 弘美の顔を見て、これがあまり歓迎できない話題であるとすぐに察した。カップにそえた彼女の手には力がこもっているし、その表情もかたい。


 ――と、カップの中身にじっと注がれていた弘美の目が、こちらに向いた。


 「わたしと、別れてほしいの」


 頭の中が真っ白になった。やっと話題を振ってくれたと思えば、いったい何を言い出すんだ? 考えうる限りの、最悪の話題じゃないか。


 「い、いきな、いきなり何を――」


 「いきなりじゃないわ。前からずっと考えてきたことなの」


 それはあくまで弘美にとっての話で、ぼくにとっては寝耳に水だ。


 「理由を、理由を教えてくれよ?」


 そうだ。ただ別れてくれと言われて、分かったと納得できるわけがない。ぼくには正当な理由をきく権利がある。


 「理由、ね……言ってもいいの?」


 弘美は意地の悪い笑みを浮かべる。


 「あ、当たり前だろ……」


 弘美の態度にちょっと動揺したものの、それでもぼくは引き下がらない。


 「そう? だったら言わせてもらうけど――」


 ごくん、とぼくは生唾を飲み込み、身構える。


 「耀太、仕事してないじゃない」


 「うっ……」


 それは今現在のぼくが、いちばん言われたくないことだった。


 「バイトも長続きしないし。将来的に結婚することも考えたら、不安になるのは当然でしょう?」


 痛いところを突かれてしまい、ぼくは思わず怯んでしまう。


 「い、いや……そ、それはさ……しょうがないだろ?」


 しどろもどろになりながらも、必死に反論する。

「しょうがない、ですって? そうやって言い訳をして、働かなくて済むなら楽よね」


 あからさまに蔑みの表情で、弘美はぼくを見た。


 「…………」


 「それとも何? このままわたしに食べさせてもらうつもりだったの? 男として恥ずかしくない?」

 

 ちなみに弘美は、都内の美容院で働いている。


 「そ、そんなつもりは……」


 「どうかしらね」


 弘美は嘲るように鼻を鳴らした。


 「あいにくだけど、ヒモの彼氏を持つ気はないわ」


 「――っ!」


 屈辱にたえかねて、ぼくは腰を浮かす。


 「何よ? 殴りたければ殴れば?」


 挑発的な笑みを、弘美は見せる。これで暴力をふるえば彼女の思う壺だ――つい振り上げてしまった左の拳を、ぼくは下ろした。


 「それじゃ……あなたとは、もうこれっきりだから」


 席を立ち、右手を振って弘美は去った。

 弘美のカップの中はいつの間にか空になっていたが、ぼくのカップはほとんど口をつけずに残されていた。

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