死体の隠し場所〜私(有働宏人)の試練〜
あなたは笑撃のラストで全てを悟る。緊迫した状況の本当の意味とは…
有働宏人とは何者なのか?
そして、「彼」とは何者なのか?
彼は小柳津を刺し殺した。いや、私が殺させたと言った方が正しいかもしれない。本当にすまないことをさせてしまった。
私は一昨日の晩、次の計画を思いついていた。
―彼はまず小柳津の家を訪ね、泊まらせてくれ、と請う。そして彼はその夜、小柳津が布団で寝静まった頃を見計らい、予め用意させていた包丁で一突きする。―
また、逃亡時に怪しまれるのを恐れ、返り血を隠すための着替えを持参させることにした。泊まりに行くのだから不思議はない。いや、そもそも夜中に逃亡するのだから、目撃者はそう多くないだろう。我ながらよく出来たシナリオである。
しかし彼にすべての罪を被せるのは申し訳ない。そう思った私は念のために彼のアリバイ工作を施すことにしたのだ。
「とは言ってみたものの…」
そんなアイデアが瞬時に浮かぶはずがない。無論こんなこと初めてなのだ。
大きくため息をついた。そして、リビングのソファーに腰掛け、しばらく考え込む。
そして漸く行き詰まっていた思考に一筋の光が差し込む。布団以外に血は飛び散っていない。布団を遠くにうまく処分しそれが発見されれば、小柳津の死亡場所を偽装できる。よって、死亡時刻にこの辺にいる彼のアリバイは完璧だ。しかしそのためには、死体の発見を遅らせる必要がある。つまり、遺体を部屋の何処かに隠さなければならないのだ。死体の発見時間が早すぎると、死亡時刻から、死体を運ぶのは時間的に不可能と判断され、折角の小細工が全て無駄になってしまう。
今私は死体の隠し場所を懸命に探している。さすがに私は怯えていた。
しかし、そろそろ私がここにいることを勘付いた刑事らが、やってくるに違いない。もし捕まれば、もはや逃げられない。頭が痛くなってきた。絶対に避けなければ。体に沁みるよう緊張が襲う。しかし、もうタイムリミットは刻々と迫っていた。
家の中をふらふら歩いてみる。まずたどり着いたのは風呂場だ。
「ここは…でも見つかるのも時間の問題だ。」
私はやつらが、家を隈なく探すことを知っている。次に向かったのは、ベランダだ。
「いっそここから逃げれば…」
「いや、誰かに目撃される可能性も…」
次に向かったのは台所だ。私は発見した。床下収納だ。突き上げるような喜びが胸を貫く。
「よしここにしよう。ここなら…」
言葉では言い表せないような喜びだ。少し目の前が明るくなったような気がする。
しかし、その喜びも束の間、今度は氷のように冷たい恐怖が胸を貫く。
《ゴンゴン》
それは紛れもなく玄関のドアを叩く音。刑事らは想像よりも遙かに早く、私の居場所を探り当ていたのだ。手足が動かない。
「ここにいるんですよね!」
玄関の奥から叫び声が聞こえる。三人くらいであろうか。戦慄が走る。
「もう調べはついているんですよ。諦めて出てきてください!」
全身から血の気が引くのを感じる。
《ガチャ》
遂に扉は開かれた。そこで私はようやく鍵を閉め忘れていたことに気付いた。
「しまった」
私は息をひそめる。まだ死体を隠す場所すら決まっていない。
「有働さん、居るんでしょ、出てきてください!」
あちらこちらで、物色する音が聞こえる。
暫くすると、その中の一人が言った。
「いませんね、他を当たりましょっか。」
声はだんだん小さくなっていった。
「家にいないとなると、何処ですかね…」
一人が去り際そう呟いたのを聞いた。
《ガチャ》
緊張はほどけた。危なかった。
体中の力が抜けていくのを感じる。そして、私は床下収納から這い上がった。
「恐ろしいな…山下さんたちは…」
しかしこれで安心してはいられない。私は隣の書斎に戻り、再び死体の隠し場所を探す。自分の隠れ場所として見つけた床下収納も、死体の隠し場所としてはいまいちだ。
また編集者らに見つかる前に終わらせるべく、筆を進めた。
「もう締切過ぎてんだよな…記念すべき第一話なのに…」
まだ、彼の名前も素性も、小柳津を殺した動機さえも、決まっていない。
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補足:編集者→山下刑事という名前です。