六章~教えられるだけの生き方は、本質を外す~
モノレール到着のブザーが鳴った。いつもは軽快なメロディが高鳴るこの駅も、今日はダイヤが異なるせいか、いつもとは違う音で溢れていた。
まず客層が違った。どこへ行こうというのか知れない老人から大きな手提げをぶらさげた中年の女、それから会社員はいうにおよばず、車椅子に寝た障碍者に付き添う介護人や子供連れの母親、学生連中のかまびすしい声は朝の陽射しを浴び、てんでにはじけていた。いつもならばこの時間にはスーツ姿のサラリーマンか付近の学校に通う高校生・大学生しか乗り合わせないのだが、この日にかぎって様々な人間が駅にはごったがえしていた。
気象予報では強風は九時半から十時ごろにかけていよいよ本格的になるという見通しだったから、モノレールは五九分発の車両を前倒しして発進させることにしたようだ。発進といっても、この車両は当駅始発のものではないので、揺れる箱庭のなかにはすでに満員とはいかないまでも、結構な人数が乗車していた。考えることは皆同じで、運行がストップしてしまう最後の便には無理してでも乗り込もうとするのだ。
僕は周りの人達がわらわらと餌に飛びつくように、跨座式のそれの中へ入ろうとする様子を見ながら、遅れて中へ入った。閉められた車内の息苦しさには正直耐えかねるものがあったが、それでも脚にふんばりをきかせて、僕がドア付近に立っていると、ふと目の前の厚着した若い女性がのしかかるように僕の身体を圧した。ちょうどクッション性に富む素材だったらしく、ふかふかで、もこもこの、ただの白いジャンパーだったそれを枕にしてうたた寝でもできるかくらいに僕は考えていた。車体が動き出したことによって、立っている誰かがバランスを崩したのだろう、大波小波のようなドミノ倒しの揺れが彼女の身体を僕にいっそう強く押し付けてきた。女性からの猛烈なタックルを嬉しいと感じてしまう変態性をもちろん僕は持ち合わせている。惜しむらくは彼女の方でその小顔をそっけなく明後日の方へ向けてしまうことだったが、肉体のぬくもりの恩恵に合法的にあずかれるのであればそれで充分だ。足るを知ろう。
僕はうつらうつらとしながら、鼻をくすぐるフードの毛並の人工的な色艶をさえ粋のこめられた芸術品かなにかのようにためつすがめつし、風との摩擦がやけに強いのだろう、キッキッキと軋むような音を立てて緩慢に走行するこの車両の中で、まどろみの揺籃に溶けつつあった。僕は実際にはやらなかったろうが、意識としてはすっかり彼女のフードを枕にして、硬質な扉と彼女の綿のように柔らかな肉体とにサンドイッチされながら、どこへなりとも僕を連れていってくれという投げやりな心持を体得していた。
この中にいると、なぜかしら胸の鼓動があまりにも平坦な、静かな抑揚で、波のない海の上のように凪いでいるので、身も心も、既にここではないどこかへすっかりトリップしてしまっていた……。