不純物
枯れた大地に水を与えよう
萎れた草花に水を与えよう
苦しむ人に水を与えよう
では...悲しむ女神には、涙を差し上げよう
愛ゆえに壊れてしまった
愛しき故に離れてしまった
愛した罪に溺れてしまった
愛に制限など、ありは無しない
せめて祈ろう、帰って来るのを
全ての生命は命の水から産声を上げた
しかし、もうその必要性は皆無に等しい
ならばもう、要らぬもの
切り捨てても問題は無い
あぁ...だが、一つだけ惜しいと思う
あの美しい景色を見れぬことを......
さようなら
さようなら
もう二度とみる事は叶わない、けれども忘れない
あなたが流した悲しみの涙
「...成るほどね。確かにこれは予想外だわ」
「私も、まさかここまでとは...驚きです」
あの殺人植物が蔓延る生きる森林ワールドから何とか脱出?した私とキューイ。
しかし、抜け出た矢先の光景に両者ともに唖然とするのだった。
「海...って言うか、もう浅瀬レベルだろ?」
「そう...ですね」
眼前に広がるのは海であったであろう風景。
私の世界で言う浅瀬が海に成り替わっている。
「しっかし、、、驚いたけど、やけに綺麗な水なんだね?飲めるのかな?」
足首あたりまでしか水は無いが、とても澄んで見える。
正に正真正銘の水だ。
飲めるだろうと思い、手で掬って少し飲もうとした。
「!?いけませんマスター!!!」
「ハイ?」
が、血相を変えたキューイに全力で止められてしまった。
この水ってそんなにヤヴァイの?
「ど、どうしたの?そんなにこの水って不味いの?」
「いえ、不味くは...ないと思いますが、危険です。この水は命の水では無く、命を殺す水なのです」
「命を殺す?」
なんて物騒な水だろうと私は思った。
しかし、どういう事だろう?
水は私達生き物にとって欠けてはならない存在だが、何が危険なのだろう?
「良いですかマスター?海はヌーマの涙により浄化された、と」
「うん。でも海が全面浅瀬に変わっただけじゃないの?」
「いいえ、そんなに優しいものじゃありません。寧ろこの世界にあってはならない」
私が掬い上げた水を見て、キューイは言う。
あってはならないもの...なのか?この水が?
「この水は一見、普通の水のように見えますが全くその性質は異なり、生物にとっては毒其の物」
「毒?」
「この水には...不純物が無いんです」
キューイが悲しげに言い放つ。
不純物...水や海に含まれるカルシウムや塩素、他の元素の事だと思うが...それが無い?
「なかったら死ぬのか?」
「いいえ...飲み過ぎると体に影響が出るだけで、そんなに害はありません」
「だったら...何故?」
生命の象徴である水が、逆に生命を脅かす。
ヌーマの涙は海を空へと追いやった
その結果大地にあるはずの海は海では無く、毒の水と成り果てた。
天変地異...海...空...毒の水。
もしや...
「......そうか、そうなんだな、そういう事かキューイ?」
「えぇ、マスターの思っている通りですよ」
ヌーマの涙はこの世界に降り注いだ天変地異。
それが何故、そのような現象を残してしまったのか、それは...
「拒絶...」
否定をする事、拒むこと、許可をしない事、、、其れ即ち拒絶
ヌーマの涙はこの世界を拒絶した、それも何の前触れもなく。
この世界を、この大地を、そしてこの世界に生きる全ての命をヌーマの涙は拒絶した。
其れは否定であること、許されない事、認められない事、だから海も拒絶された。
「海を空へ追いやり、海は深さを無くした、海は色を失った、海は養分を奪われた、海はその存在を消されてしまった」
「拷問だ...うぅ怖い怖い」
「その海の代わりにヌーマの涙の残り香...つまりこの水が世界に残ったのです」
「300年も変わらずに?」
「えぇ、全く変わらずに」
なんてしつこい天変地異なんだ...!
300年も経ったんだからちょっとくらい変化起こしてあげても良いじゃないか?!
せめて飲み水くらいには変化させてあげてよ!?
「あの...一応聞くけどさ、これ飲んだら一体どうなるの?」
いや別にこんな話を聞いておいそれと飲んだりしませんからね?
そんな自殺願望は持ちたくないな...
「消えます」
「え?消えるの?」
「はい、消える...らしいですけど、この水の本質は拒絶ですから、飲んだら存在自体を否定されて消える、と騒がれてましたね」
「...信憑性にいまいち欠けるけど、絶対に飲みません。というか、怖くてさっきクワィトルツェで汲んだ水飲めないよね?いや、飲んでないけどね?もう飲めないよね?!」
え?何にその水を入れたのかって?
そんなもんカラの空き瓶にしか入れられません!
定番でしょ?カラの瓶に、妖精さんを詰め込んだり...とか今考えたらグロイな。
「いいえ、植物から湧き出る水は大丈夫です。この世界の住人は皆植物から水を得ているようです」
「あー...そう、なんだ...なら、いっか」
危ない危ない。
飲み水捨てるところだったな...
もうちょっと私は冷静になろう、うん。きっと思ってるよりもかなりビビってるし、テンパってるな。
これは駄目だな、早死にしそう。
「って、拒絶されるんなら私達船とか筏とか作らなくって大丈夫?私今、足首浸かってるけど...今のところ拒絶は...されてないかな?」
「大丈夫ですよマスター。直接体内に取り込まなければ心配無用です」
「良かった~」
私自身やらねばならない事は沢山ある。其れに見知らぬ世界に、見知らぬ国、見知らぬ人に、まだ見ぬ謎、この世界で生きて行くうえで必要不可欠な知識。
綺麗な部分だけしか見ないと言うにはおかしい、だから...今の私に必要なのは
「キューイ、我が儘ばっかり言ってごめんね。行先を変更したいんだ」
「アコリスでは無くどちらへ?主のご要望とあらば私は何処までも先導して行きます」
「うん、ありがとう。実はね、本が沢山ある建物に行きたいんだ、そんな場所ある?」
「本...となると、ダーギストにある王立図書館ですかね。幸いにも、此処からそんなに遠くないですね」
「ちょ、図書館あるんだ...って王立図書館?!いやいや、そんな大層な図書館じゃなくっていいんだよ?!もっと自由な図書館ってないの?!」
「マスター...ダーギストの図書館程、自由な図書館は有りませんよ」
「自由すぎだろっ!?何やってんの?!『㊙ブック貸してください☆』とか言って貸してくれんの?!」
「......」
「まじか、まじなの?...怖いもの知らずな国だな」
いろんな意味で戦慄する国である。
お祭り好きな王が収めるお祭りの国...
「うわぁい...これこそメルヘン」
「?嫌でしたか?」
「いいや、何でもない。先導よろしくね、キューイ!」
「はい、お任せ下さい!」
柔らかな風が合図の様に、頭の上で眠っていたヤキトリが目を覚ます。
「ピィピィ...」
「あ、起きたみたいだな、何か食べるか?」
「マスター、ピコはポロの実しか食べませんよ?」
「......まずそのポロの実が分からねぇ」
は、早く知識を、知識を詰め込まねば...!
キノコと毒キノコの見分け方~!よりも早く!
ヤキトリは餌が無いのが不満だったのか一際大きく鳴いた。
「___ッ!」
いや、実際に聞くと、鳴き声なのかも不明なのだが、多分何かの鳴き声何だろうが...
「これは...呼び寄せですね」
「何を呼び寄せんのさ?!」
「それは勿論...」
途端頭上に大きな影が私達を覆う。
「ピルトですよマスター」