王たる者
気が付けば、何も見えなかった。
音は聞こえるのに、周りは全て真っ黒に染まる。
何処からか話し声が聞こえる。だけど知っている訳ではない。
此処は何処だろう?自分は何処にいるのだろう?
自分の家族は何処にいるのだろう?
姿が見えない。
全てが黒い。
瞼を閉じても開けても同じこと。
何も見えない。
分からない。
足は本当に地面についているのか?
自分は本当に生きているのか?
手を伸ばすが、掴める物は何も無い。
名にも見えない事に、恐怖が襲う。
聞こえるけど見えない。
見えないけど聞こえる。
誰も見えないのに誰かいる。
誰かいるのに分からない。
その場に膝をつくが、冷たい石の温度しか伝わらない。
世界に拒絶されたかのように、自分は一人になった。
だが...一人になったら見えるものがあった。
其れは大きくて、柔らかくて、それに、夕日の様に暖かい何かが。
触れられるのかと思い、震える手を伸ばしてみる。
その手は虚空を切らず、何かに触れる。
暖かく柔らかい何かに。
見えるはずではないが、何かが見える。
ちゃんと形がある。
でもそれに触れると...。
「なぁ。お前さんたちは一体どこからやって来たんだ?俺が今まで匂ってきた事の無い匂いを纏っていやがる。ホント、興味深いねぇ...」
「ん。クワィトルツェからやって来たんだ。と言うか匂いで分かるのか?」
「おうとも。俺は目は見えないが、鼻に耳は獣以上に効くぞ」
「凄いな...」
「なぁに。ある意味、嬢ちゃんよりもお前さんの匂いの方が凄いぜ」
「それって臭いって事か?」
「いいや。きっとその内分かるだろうよ」
見えている訳ではない筈なのに、全てを見透かされているような感覚がある。
フェベール・ダーギスト。
私達が今向かっている大陸の王様。
腰に布きれ一枚巻きつけた格好でなんともワイルドな王様だ。
「マスター。そろそろダーギストが見えてきました」
「お!予想してたよりもずっと早く着いたね。どれどれ...」
この世界に来てから始めてみる大陸。
クワィトルツェは植物だらけの悲惨な状態だったが、ダーギストは...
「な、なんか凄い盛り上がってるね?お祭り大陸と言われるのが分かるよ」
賑やかな声が離れていても聞こえる。
色取り取りの花や光。
パレードの様な列に屋台。
上空には風船の様な球体が数えきれない程浮いている。
お祭りが好きな大陸とまでは聞いていたが、まさかここまで派手な祭りとは思っても見なかった。
兎耳の被り物を付けている子供も居れば、仮装をして楽しんでいる大人も居る。
「何というか...凄い光景だな」
「そうだろうそうだろう!なんせ俺の国でもあるんだ!もっと騒いでもいい位だな!」
「いやこれ以上騒いでも意味無いだろ。と言うか、俺達は何処に下りればいい?」
未だにピルトに乗っているというのに、どうしろと言うのだろう。
飛び降りたとしてもかなりの高さだ。大怪我所では済まない。
「そこは心配するな。お嬢ちゃん、此処から真っ直ぐに行くと霧が深くはなるが、霊峰がある。そこへ向かって欲しい」
「...よろしいでしょうかマスター」
問題は無いが、一応主の私に許可を求めるキューイ。
「うん。良いよ別に。その代わり、図書館の有る場所までは案内してくれよ?」
「おいおい。俺は王だぜ?そんな事言ってると殺しちまうぜ坊主?」
その言葉に嘘や偽りはなく、王自身の本音だろうが...
「悪いけどここでは死んでられないな。それにあんた、殺そうとする意思はあるのに行動に移さなきゃ意味無いぜ?そしてこの状況から僕を殺しても、あんたにはデメリットしかない」
「デメリット?」
「あ。え~と...あれだよあれ。不幸な事が起こるってことだ」
「へぇ...面白いな。一体この俺に、どんな不幸が怒るって言うんだ?」
ダーギスト王の瞳は、まるで本物の虎の様に目を細くし、そして新しい玩具を見つけた猫の様にその表情は輝いている。
「例えば、あんたが俺を殺したとする」
「ふんふん。それで?」
「あんたが俺を殺したことで、俺の従者兼騎士でもあるキューイにあんたは殺される」
「ほうほう。で?」
「終わり」
実際にそんな事は起きる事など万が一にもない。
だが...もしも私の身に何か危険が迫れば...
「大丈夫ですマスター。貴方の命にダーギスト王が触れようとするならば...私は触れる前にその両腕を切り落とし、命を奪い、王殺しの罪も被ります。」
「だってさ。凄いだろキューイさん」
「あ、あぁ...嬢ちゃんって案外見た目とは裏腹に恐ろしい女なんだな」
「女は皆そんなもんだ。それに世の中にはもっと恐ろしい女性が居るんだぞ?」
「なんだとっ?!そ、そりゃ恐ろしいな...」
「あぁ。王様であるあんたなんて遭遇率高いぞ」
「...もうお前の命なんて獲るなんて言わないから、それ以上言わないでくれ」
ダーギスト王が顔を蒼白にさせてしまうほど世の女性は恐ろしいのだ。
ギャルゲーの中にも隠れているし、エロゲーにも普通に登場しているあの最恐の性格の持ち主。
病みとデレの属性を持つ彼女たちはまさに女性の極みに辿り着いた者達...
意中の殿方の心と体を手に入れる為に己の全てを捧げる...!!!
正に究極の存在!
「と。言う訳で案内ヨロシク」
「断るつもりなどない。気が済むまで気になる場所を案内してやるよ」
無事に本人から承諾の答えを貰い、ダーギスト王の支持する通りにピルトを動かすキューイ。
王が言った通り、進むにつれて霧が濃くなっていく。
「この霧を抜ければ城がある。凄すぎて度肝抜かれねぇ様に、しっかりと帯でも結んどけよ!」