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再会のはてに……

 断崖から身を投げた三人の娘、それに大久保正重――四人は川霧の中に姿を消した。

 あとに残された佐助は肩をすくめていう。


「やれやれ。娘ごらに嫌われてしまったようじゃて……」


 ため息をついた老忍びは、追いついてきた凶屍どもに告げた。


「敵はもうおらぬ。そなたらはもう帰ってよいぞ」 


 佐助の言葉に凶屍たちは無言で従い、隠し金山へと戻っていく。

 列を作り去っていく生ける屍。その不気味な後ろ姿を見送ったあと、佐助はもう一人の忍び――同じく黄金どくろの配下である青年にこう言った。


「この高さから激流に落ちては助からぬ……そういうことでよいな? 才蔵」

「……うむ」


 才蔵と呼ばれた男――長身でどこか表情に影のある美男子は言葉少なにうなずく。



 ◆   ◇   ◆   ◇   ◆



 山中の霧は晴れ渡っていた。

 だが谷底の川周辺だけは、いまだ乳白色の濃い霧につつまれている。

 

 と――。

 深く白いもやに覆われた川の水面に大きく泡が立った。 

 同時に一人の少女が揺らぐ水面へと浮かび上がってくる。

 


「……ぷはっ!」



 霧の立つ川面へ、勢いよく顔を出したのは野菊だった。

 今まで止めていた息を大きく吸うと休む間もなく、抜き手を切って川岸へ向かう。水を含んだ巫女装束のせいで泳ぎづらいはずだが、野菊は悠々こなしてみせた。

 濃霧の中でも迷わず、岸を探り出した野菊はあっという間に浅瀬へ泳ぎ着く。

   

 足の立つ瀬にたどりついた野菊は、かわいた陸地へとゆったりと歩を進める。水に濡れた着物、それに長い黒髪が陸上ではさすがに重そうだ。  


 と、そこで――。

 一筋の秋風が吹く。野菊はぶるりと大きく身を震わせた。

 もともと白かった顔色は蒼白になり、桜色だった唇は紫色に染まっている。

 それも当然だろう。季節は秋――そしてここは季節の変化の早い山中なのである。

 水に濡れた体で寒風にさらされれば凍えてしまう。本来ならば川へ飛びこむなど危険きわまりない所業だった。


(……しかし、あの場を逃がれるためには、しかたなかった)


 野菊は自分に言い聞かせつつ、服のそでをしぼる。すると大量のしずくが垂れた。服が濡れたままなのは変わりないが、わずかばかり体が軽くなった気がする。 

 おかげで、ようやく周囲を見回す余裕ができた。


「――どうやら、はぐれてしまったようじゃの」


 胡蝶や小夜、正重の姿は見えない。飛びこんだ川が急流だったせいだろう。深い水かさは高所からの衝撃を吸収してくれたが、野菊たちの体を存分に押し流しもした。

 おかげで一行はちりぢりになってしまったようだ。 


「まずは、どこか風を遮る場所を……火も起こさねば……」


 小さくつぶやく野菊――その体は寒さに震えつつも、心は怒りに熱く燃えていた。



 ◆   ◇   ◆   ◇   ◆



「む、あれは……?」


 川原を見回す野菊――その視線が一点で止まる。 

 彼女のすぐれた視力が藪に隠れた洞穴を探し出したのだ。

 慎重に用心を重ねて敵の不在を確認したあと、野菊は洞穴に踏みこんでいく。


「……む。暗いな」


 日が差しこむのは入り口まで、その先に広がる闇は深い。どうやらかなり長い洞窟の入り口のようだ。

 しかし張り巡らされたクモの巣から、この洞穴は長いことだれにも通っていないことがわかる。


「よし。ここならばよかろう」 


 野菊は携帯していた火打石を取り出した。

 ひろってきた枯枝をならべ、枯葉を焚き付けにして火を起こす。


「……ふう」


 かじかんだ手で奮闘したのち、ぱちぱちと燃え上がったたき火に当たり、野菊はようやく生き返るような心持ちになった。

 洞穴の中が温風に満たされてから、ようやく濡れた巫女装束を脱ぎ、広げ、火に当てて乾かしだす。

 ついでに細いながらも鍛え上げられた白い裸身を存分に火に当てて、暖を取る。

 

 そして――、体が温まると怒りの炎も再燃してくる。


「佐助め……なんということを……」


 野菊はあの老忍びの所行が同じ忍びとしてゆるせなかった。目的達成のためにはいかなる手段もつかう忍びであったが、そんな彼らにも仁義、掟がある。

 人道と――忍びが雇い主からうとまれぬため、守らねばならぬ一線があるのだ。


「凶屍……あれはこの世にあってはならぬものじゃ」


 野菊は凶屍という存在に嫌悪を隠せない。

 心を通わせていた相手が目の前で化け物にかわる――これほどおそろしいことがあろうか?

 そんなものを作り出す敵に協力するなど、忍びの風上にもおけない。

 

「……たとえ腕でかなわずとも、あやつに必ず報いを与えてくれる!」


 佐助――そして黄金どくろへの敵意を新たにする野菊だった。 

 


 ◆   ◇   ◆   ◇   ◆



 凶屍を生み出した元凶――黄金どくろ。そして、その配下で働く一人働きの忍び、佐助。このものたちに悪行の報いを与えるには、まず野菊が生きて帰る必要がある。 

 依頼主である徳川家に金山の位置と凶屍の情報を伝え兵を出させねばならない。父を殺した徳川家に頼るのはしゃくであったが、私怨を言っているときではなかった。


「そのためには……他の者たちと合流せねば……しかし、どうする?」


 同行者を置いて行くわけにはいかないし、証言の信用性を上げる必要もある。

 それに、ただ一人では敵中を突破できないかもしれない。

 だが……向こうに忍びがついているとなれば、合図の狼煙を上げることも難しい。

 結局、野菊は体を温め、休息をとったのち――川沿いを捜索することにした。


「探しておらぬようならやむをえぬ……そのときは一人でも帰らねば」


 そうと決まれば即座に体を休めるのが忍びの習性だった。

 仇として見てくる小夜を相手にここまで気を張ってきたこともある。温かな火のぬくもりに連戦の疲れが一気に出た。

 たき火をじっと見つめていた野菊が、うつらうつらとしたところで――。



 ――ガサリ、



 洞穴の入り口あたりから、小さな物音がした。

 それだけで飛び起きた野菊は――乾かしていた衣装をひろうこともせず、武具を手に取る。

 裸身をさらしたまま忍び刀をかまえる野菊――そこまで瞬時のできごとだった。


「何者じゃ!?」


 野菊の一喝にこたえ、姿をあらわした人物とは……?



 ◆   ◇   ◆   ◇   ◆

 


「だれじゃ!? 姿をあらわせ! そこにいるのはわかっておる!」


 野菊のはなった気声が洞穴内で反響し、思いのほか大きく響く。

 忍びの鋭敏な聴覚を痛めつけるような、その音に対し――。


「……やかましいぞ、野菊」


 洞穴の入り口、苦情をもらしたのは長身を男装につつんだ少女――風魔小夜だった。

 先ほどまでの野菊と同様、ずぶぬれの体を引きずり、小夜は洞穴内に歩を進めてくる。

 

「火の気配のする先へ来てみれば、やはりお前か……野菊。すまんが当たらせてもらおう」

「………………」


 小夜は野菊を仇と公言した相手である。警戒を隠せない野菊は無言のまま後ずさりして距離を取った。かまえた忍び刀は下ろさず、ゆっくりと道を開けて通してやる。


(よりによって、最初に再会したのが小夜(こやつ)とは……)


 野菊は運命の悪意に内心で舌打ちする。

 一方、小夜は足を崩し、くつろいだようすで火に当たり、苦笑いを浮かべていた。

 そして目の前にいる一糸まとわぬ少女に皮肉な口調でいう。 

 

「――おぬし。なんという格好をしておる? わたしが男なら眼福とでもいうのだろうが……」 

「……ッ!」


 小夜のからかいに野菊は瞬時に顔を赤らめた。若侍風の装いをした小夜は美男子にも見える。そんな相手に裸を見られ、羞恥心をおぼえたのだ。  

 あわてて火にかざしていた巫女装束をかき集め、まだ生乾きのそれを身にまとう。  

 

(ええい……疲れていたとはいえ、ひどい油断をしてしまった!)


 緊張と警戒を解きかけた自分を野菊はののしり、からかうような視線をむけてくる小夜をにらみかえした。小夜とたき火をはさんで反対側に憤然と腰を下ろす。 


 それからしばらく無言のまま、暖を取りつづける小夜と野菊。

 そして二人の体も十分に温まったところで――。


 ……おもむろに小夜が口を開いた。



「――で、これからどうする?」

「ここで引き返す。逃げ帰るようで無念じゃが、すでに多くの情報を得ている。まずは、この入手した情報を雇い主に――本多佐渡守どのに伝える必要があるじゃろう」


 野菊は先ほどまで考えていたことを口にした。

 その判断に対し、小夜も大きくうなずく。   


「ふむ。妥当なところだな……では、この先の方針も決まったところで……」


 と、そこで言葉を切った小夜はにこやかに笑う。

 小夜が浮かべたのは実に快活な笑みであったが、野菊は不穏な予感を覚えた。


(……なんじゃ? 妙にすっきりとした、覚悟を決めたような笑いじゃが……)


 野菊がそう思った――次の瞬間。

 小夜の腰から銀の光が疾走する!



 ◆   ◇   ◆   ◇   ◆



「覇ッ!」


 小夜の抜き打ち――抜刀から斬撃まで一瞬のこと。


「なっ!?」


 これを身をのけぞらせて避ける野菊――その顔面すれすれを白刃が駆け抜けた。

 間一髪かわしたあと、反射的に飛びのき、おのれの忍び刀をかまえる野菊。

 先ほどからの小夜の態度に不審を持っていたからこそ、できたことだ。


 ただ……それでも野菊は問わざるを得ない。


「小夜、何をするのじゃ! 戯れにしては度が過ぎるぞ!」

 

 野菊のあげた抗議にかまわず、小太刀を構えなおす小夜――その目には燃え上がるような殺意と闘志がみなぎっている。


「今のは手かげんした。あっさりかたがついては面白みがないからな。だが……次こそはしとめる!」

「なぜだ?! なぜ今になって!?」


 思わず問い直した野菊に、小夜からは鋭い視線と言葉が飛ぶ。 


「任務のかたがついたからだ。かくなる上は我の思惑を優先させてもらおう。祖父・小太郎の仇を取るだけではない。透破衆と風魔、北条と武田――代々にわたる因縁を終わらせるときだ。……今、ここでわたしたちがな!」

「バカな……このようなときに、なんとバカなことを!」


 思わず口にした野菊に、小夜は怒声で応じる!


「バカとはなんだ! 高坂と風魔――ここから先、生き延びたほうが東国忍びの覇をにぎるのだ。これは一族の命運をかけた一大事ぞ! さあ、野菊……お前も本気でこい!」

 

 そう凛と叫ぶと――。

 小太刀二刀をかまえた小夜が野菊にせまる! 


 



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