砂浜での出会い
都会の人工砂浜から、潮風が吹いてくる。栞は、先日ここに引っ越してきたばかりだ。
山梨の高校を卒業し、福祉を志して
この都会の、海の側に住むことになった。
引っ越しが済むと、両親は心配し涙を
見せながら帰っていった。
強がりを言って笑っていた栞だったが
一人になると急に寂しくなり、自転車を漕いで
人工砂浜にやってきた。
遠くに東京タワーと、レインボーブリッジも
見えている。回りはカップルだらけだ。
栞は
「なんだかなぁ」とつぶやき、自販機で買った
冷たいコーラをゴクゴクと飲み干し、しばらく
テトラポットに座り海やカップルを眺めていた。
少し離れた所に座っている、別れ話をしている雰囲気の
カップルの会話が切々に聞こえてくる。
“どっちも好きなの”
“生めるわけないじゃない!”など、穏やかでない内容だ。
女の声は甲高く、男は静かに話している。
いったいどんな顔だろうと、帰る間際に栞はさりげなく
二人を盗み見た。
女は金髪で派手な印象。non・no愛読者の栞とは
正反対のギャル風だった。
男を見たとき、栞は不覚にもトキメキを覚えて
流木につまづいた。
男はモデルのように長身で細身で、つまりは栞の
好みそのものだったからである。
つまづいた栞を、男は見ていた。
栞は視線を感じ、頬を赤らめてパッと体制を立て直し
走って砂浜を後にした。
専門学校に入学する二日前の、些細な出来事。
しかし栞にとってはこれが亮との初めての
出会いだったのだ。
専門学校の入学式。
まだ友達もいなかった栞だが、地方から出てきている
同級生も何人かいることが分かり、仲良くなれそうな
雰囲気を感じて安堵した。
講堂での式典が終わり、教室に移動となる。
廊下を歩いていた栞は、前から見覚えのある男が
歩いてきたのに気付いた。
海辺にいた男、亮であった。
(同じ学校だったんだ!)
栞は思わず目を反らしてすれ違う。
金髪の女はいないようだ。
なぜだか根拠もなく栞は安心したような気分になった。
(ヘンなの!)
自分でもばかばかしくなり、思わずクスッと笑って
教室に向かった。
教室に入り、様々なオリエンテーションを受けた。
栞と亮は同じクラスであったのだ。
栞の斜め前の席。
長身の亮はちょっと狭そうに腰かけている。
栞はまたさりげなく観察をした。
少し長めの髪。茶色の綺麗な目。大きな手に丸い爪。
膝に革のトランクを抱いている。
亮はどうやら栞のことなど気付いていないようだ。
恋愛経験がないに等しい栞は、これが恋の始まりなのだと
いうことにさえ、まだ気付いていなかった。
亮は、東京生まれの東京育ち。
先日は、先月別れた恋人から呼び出されてあの砂浜に
来ていたのだった。話の内容は栞の聞いた通り
「子供が出来たが、亮の子供か今の彼の子供かわからない」
という穏やかでないものだった。
彼女に新しい彼が出来たと一方的に振られた亮だったので
大いに落ち込んだが、彼女の希望通りに堕胎の費用を
用意して渡した。彼女は微笑んで去っていった。
真偽はもう確かめようがないが、もしかして
俺は騙されたのか?と入学前の亮は悶々と悩んでおり
栞の存在などまだ目に入ってはいなかった。
学校生活が始まり、栞はアルバイトを始めた。
小さなイタリアンレストランのウェイトレス。
他校の友人も出来て、新生活の滑り出しは快調だ。
陽気な店長と、友人に囲まれての楽しい仕事。
店長は栞を田舎っぺだとからかいつつ、仕事でない日にも
食事を出してくれるなどかわいがってくれた。
店長は30過ぎだが、栞と同じ歳の彼女がいた。
彼女…千春は時々店にやって来ては栞たちバイトを
睨みつけ、店が閉まるのを待っていた。バイトたちは
千春の陰口を叩きつつ、明け方までカラオケに行くのが
お決まりだった。
バイトの中で、栞と一番気が会うのは悠美で、
アパートも近かった為毎日姉妹のように
一緒に過ごした。悠美の出身は金沢で、時々夜行バスで
地元の恋人が訪ねて来ていた。