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妖しい馨  作者: 月猫百歩
黄金色の箱庭
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五ノ怪

「お待たせ」


 カラカラと戸が開く。振り返れば赤い小包を手に持った時雨ちゃんがわたしに微笑んだ。


「もう良いの? もっとお店でゆっくりしても良いのに」


「ううん。また来れば良いから。それにそろそろ時間も残り少ないし」


「残り時間? それってこの、鬼の体のこと?」

 

「そう。初めは短いほうがいいから。ここでのんびりしていたら、お茶する時間が無くなっちゃう」


 手招きしてまた妖怪たちの流れの中へするりと入っていく時雨ちゃん。わたしは見失わないようにその後に続く。


 やっぱり幽体離脱ってなにかしらの負担が出てくるんだ。

 よく映画や小説だと、幽体離脱する時間が長すぎると体に戻れなくなったり、体が弱って死んでしまったりするだなんて聞くけれど。今回のもそうなのかな。

 

 時雨ちゃんは結界の中に体を安置しているから、離れている間は何があってもわたしの体は絶対大丈夫だって言っていた。それでも時間がないということは、魂が離れている状態はあまり良くないということなのかな。



 色々考えながらも、混み合う流れに逆らわないようにして黄色い背中をしっかり追う。


 鬼の目で見ているせいか、一つ一つの提灯の明かりがとても眩しく感じて視界が明るい。  

 お店の屋根の上には必ず看板と提灯が飾られていて、提灯はお店によって色が違うみたいだった。しかもなにか冊の文字を崩したような、変な記号が墨字で書かれていて、これもお店によって微妙に形が違う。

 何か意味があるのかな。あとで時雨ちゃんに聞いてみよう。




 お茶屋さんは船着場に近いお店だったらしく、最初に来た時に見えた提灯が、様々な形をした影たちの間から辛うじて見えた。

 

 時雨ちゃんがちらりとわたしへ振り向き、長い指で一つのお店を指した。

 

 背伸びをしながら指された先を見る。

 山吹色の提灯の下に、組み木細工で作られた看板には「紅葉賀」という文字。そしてその縁を飾るのは黄色や赤の紅葉たちだった。


 やや強引に流れを横切ってなんとかお店の前に出る。

 途中で猫又と思われる妖怪の尻尾を踏んでしまったけれど、大丈夫だったかな。謝ろうにも姿が見えず、どこからか「ンギャッ」って声が聞こえただけ。…………本当に、ごめんなさい。


「あ、良かった。こっちこっち」


 別の場所からお店の前に出た時雨ちゃんがこちらに手を振ってわたしを呼ぶ。


「ここの甘茶とても美味しいの。早く入ろう」


 時雨ちゃんが紅葉の木彫り細工が入った格子戸を開けて中へ入る。わたしも芥子からし色の暖簾をくぐってお店の中へ足を踏み入れた。



 

 

 顔を上げて見上げれば、高い天井に紅葉の吊し飾りが至るところから垂れ下がり、壁も燃えるような色をした紅葉の付いた枝が飾られていた。


「すごい! 紅葉狩りに来たみたい」


 うちの近くにある山も秋になると観光する人達が来るぐらいキレイになるんだけれど、ここのお店はその山をそのまま持ってきたみたいに綺麗だわ。


「ね、席に案内してくれるみたいよ。行こう」


 興奮して店内を見回していると、いつの間にかお店の人を呼んだ時雨ちゃんに肩を叩かれる。振り向けば、明るい茶色の耳をした女の子が時雨ちゃんのとなりで可愛らしくお辞儀をして、こちらですと歩き出したところだった。


 女の子の後に続いてお座敷の間を歩く。店内は明るく少し混み合っているぐらいではあるけれど、満席ではないようで、外と違って騒がしさはあまりない。


 女性の妖怪が相変わらず目立つが、ポツポツと男の妖怪の姿も見える。

ここでは紅い鬼の場所とは違い、着物姿ではあるけれど、髪型や身につけているアクセサリーは現代の物のようだった。



 お店の飾りや、楽しげに話したりお茶を飲んでいるお客さんを見ながら歩いていく。

 着いた先は一番奥のお座敷。二人ではやや広めなその場所には色とりどりの生花がテーブルの上に飾られ、大きな丸い窓には外の幻想的な景色が映っていた。


 薄紫のふかふかな座布団に座る。すると焦げ茶色の着物の袖を折りながら、女の子が丁寧におしながきを渡してきた。 

  

「本日のおすすめはこちらになります。その他のお品書きはこちらをご覧下さいませ」


「なにか飲みたいのある?」


 お品書きを眺めるも、まったく読めない。さすがに鬼の目とは言え、やっぱり文字が読めるようになるわけじゃないのよね。時間が経てば読めるようになるかなって期待していたんだけれど、残念。


「んーっと、しぐ……じゃなくって、鬼姫様が決めてください」


「良いの? それじゃあ本日のおすすめを二つと、霜柱を二つお願い」 


「かしこまりました」


 女の子の背を見送って時雨ちゃんに顔を向ける。


「霜柱って?」


「甘くて冷たいお茶菓子なの。食べたら癖になるわ」


「そうなんだ」


 まさか本物の霜柱を注文したんじゃないとは分かっていたんだけれど。一体どんなお菓子なんだろう。

 そう言えば、わたしってば常闇のお菓子や料理名すら知らないのよね。常闇の、または妖怪の一般常識ってどんなのがあるのかしら。名前については本名を言ってはいけないくらいしか知らないけれど。わたしもいろいろ勉強しないとね。

 ひとり頷いていると、時雨ちゃんが顔を寄せてくる。


「あのね、前々から気になっていたんだけれど、もしかして字が読めないの?」


「あれ言っていなかった? そうなの、全然読めなくて。鬼の体を借りたら見えるかなって思ったけれど、そんなことはなかったみたいね。勉強しようと思ったこともあったんだけれど、うにうにし過ぎてどこからどこまでが単語なのか、よく分からないのよ」


「そうなんだ。てっきり常闇の書物には興味がないかと思っていたんだけれど、そうじゃなかったのね」


 時雨ちゃんが驚いたように目を丸くして言った。

 そっか。彼女からしたらわたしが常闇の読み物に関心がなかったように思えたんだ。だからわざわざ現代物の本を用意してくれたんだ。


「読みたいんだけれど、なかなか解読が難しくて。そこでもし良かったら時雨ちゃん教えてくれない? これからもっともっと常闇で色々生活するなら必要になってくるんだし。あ、もちろん暇なときで良いんだけれど」


 お兄ちゃんたちのスパルタ勉強にも耐えられたんだから自信はあるわ。これでもし常闇の文字が読めるようになったら、もっともっと見聞が広がるんだし。


 期待を込めて時雨ちゃんを見れば、彼女は少し顔つきをこわばらせて固まっていた。


「時雨ちゃん?」


「うん……」


「どうかしたの?」


 わ、わたしまた何か余計なこと言ってしまったのかな。居候させてもらっているのに図々しいこと言っちゃったのかな。


 焦ったわたしに気づいてか、時雨ちゃんは無理に微笑んで首を左右に振る。気にしないでって。

 でもこれって確実にわたしは地雷を踏んでいる。


「ご、ごめん! 厚かましいよね! 今のは聞かなかったことにして!」


「あ、ううん! 違うの! ただその――」


「失礼します」


 二人で手を振り合っているところで、先程とは違う従業員の女の子が時雨ちゃんの横で頭を下げた。

 どこか慌てた様子で、話に割って入ったのを詫びつつも時雨ちゃんに声をかける。


「なにかしら?」


「花宴の方がいま店先にいらしているようで、お話があるとか」


「分かったわ。……それじゃあちょっと、待ってて貰って良い?」


 やや険しい顔をしてお店の人に応えると、すまなそうな顔をわたしに向ける。なにかトラブルでも起きたのかな。

 もちろんと頷けば、時雨ちゃんはお店の人に連れられて行ってしまった。



 それにしても、さっきは何を言おうとしたんだろう。

 わたしに常闇の文字を読めるのには、なにか不都合があるのかな。この世界は確かに人間のわたしにとって辛いことは多いから、そのことを心配してくれたのかな。

 

 ぼんやりと丸い窓を眺めていると、どこからか男の声が聞こえた。今お店の中に入ってきたばかりのようで、乱暴な口調でお店の子に飲み物を注文している。


「いやぁここに来たのも久しぶりだな。お前等と会うのも久しぶりだしな」


「偶然ってのもあるもんだ。まさかお前らに会うなんて」


「本当にな」


 席が近いのかな、それとも大声だからかな。三人の野太い声がここまでハッキリ聞こえてくる。

 男性特有の低い声に、少し騒ぎ始めた胸を手で押さえながら、きょろきょろと辺りを見回す。

 ここからだと衝立が邪魔で、チラリとしか他のお客さんの様子が見えない。少なくとも見える範囲に、大声で話している男妖怪のお客は見当たらないようだ。


「つーかよ、お前暇与えられていたのに、どうしたってここにいるんだ? 遊び相手探すなら貪欲の鬼様んとこの近くだろ」


 心臓が飛び跳ねる。

 たった一人の鬼のことを言われただけなのに、瞬時に息が苦しくなる。


「それがよ、その紅い鬼様からいきなり招集かかったわけよ。なんでも屋敷の修繕だとかなんとか」


「詳しいことは聞いてねえのか?」


 久しぶりの恐怖感が沸き起こった。

 招集? 紅い鬼が? ほかの妖怪たちを集めているって言うの? なんのために?


「あ、貪欲の鬼様と言やぁよ、あの話聞いたか?」


「なんだ?」


「なんでもよ、その修繕の発端が元川の主の使いが何をトチ狂ったのか、貪欲の鬼様のお屋敷に突っ込んだらしいのよ」


「そりゃなんでまた」


「いやぁ随分と錯乱して暴れまわったみたいでよ、そん時は言葉も通じなかったらしい。普段は静かに暗がりでじっと寝ていんのに、そりゃもう突然暴れ狂って鬼様んとこにぶっ飛んでいって」


「おうそうだ。なんか雷みたいなもんビッカビッカ吐きながら飛び回ってお屋敷に突っ込んで行ったんだろう?」


「そう、そんで手に負えないっつうんで」


 そこで膝をパンと叩く音が鳴る。


「そこは我らが貪欲の鬼様。あのどデカイ蟒蛇うわばみを丸ごと、食っちまった」


「マジでか!」


「そりゃほんとよ。すげーよなぁ」


 一人は驚き、他二人は感心したように口々に「さすが鬼様」だとか「あのお方には敵わない」だとか言っている。


 あの突然の光と衝撃は、その蟒蛇うわばみという妖怪が鬼のお屋敷に突っ込んだからなんだ。

 でもあれって時雨ちゃんが起こした騒ぎだと思ったけれど、違うのかしら。それとも、時雨ちゃんがその妖怪になにかして、鬼さんを襲わせたのかな。


「げぇーっ。俺今からお屋敷に戻るんだぜぇ。あのお方ブチギレるとおっかねぇんだ、堪んねぇよ」


「お前用心しないと喰われちまうぞ」


「やめろよそういうの。あのお方じゃ洒落にならねぇってんだ」


 やいのやいの騒ぐ男妖怪たちは、騒いでいるうちに注文した物が席に届くとすぐに話を終えて乾杯し始めた。


 わたしは固くした体を縮こませて、両手を握り合わせた。


 あまり考えたくはないのだけれども、もしかしたらわたしのせいで何の罪のない妖怪が何らかの方法で狂わされ、結果鬼に食い殺されてしまったんじゃ……


 あの時何が起きたのかまったく覚えていない。強い衝撃のせいで気絶してしまったから。だから何も分からないし、誰からも詳しいことは教わっていない。


 あぁ……だけれども。考えたくはないんだけれど。


 わたしが襲われているあの瞬間、蟒蛇を錯乱させて鬼に襲わせる。そんな事が出来るのもするのも、タイミングからして彼女しかいない。

 どうしても、あれが偶然とはとても思えない。 


 ぎゅっと強く目を閉じる。

 例え時雨ちゃんがしたんだとしても、わたしに彼女を責めるだなんて出来るだろうか。すべてわたしが縋って助けてと言ってしまったせいなのに。



 しばらくして、遠くから時雨ちゃんの声が聞こえる。

 要件は終わったようで、わたしのほうへ微笑みながら戻ってくる。


 その頃にはわたしも普段の笑顔で「おかえり」と言って彼女を迎えた。

 遅くなってごめんと謝る彼女と一緒に、お菓子とお茶を楽しんで、またいつものように楽しく話に花を咲かせた。


 けれど結局。家路に着いても、わたしはこの事を時雨ちゃんに言うことは出来なかった。

 どうしても怖くて、言えなかった。本当のことを知るのが、とても怖かった。





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