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妖しい馨  作者: 月猫百歩
黄金色の箱庭
33/60

一ノ怪

「あぁ~気持ちいい!」


 うんと大きく伸びをして大きく息を吐いた。

 久し振りに見る太陽にぬけるような青空。本物じゃないと分かっていても気分がいい。


 さんさんとした日差しの中、シンプルな白いワンピースを着て目の前に広がる光景に目を細める。

 時雨ちゃんの作った庭園は様々な花で咲き乱れていた。牡丹や椿、紫陽花に薔薇や金木犀きんもくせいまである。どれも瑞々しくて良い香りがするわ。


「それにしてもやっぱり凄いわ。こんな明るい空間まで作れちゃうなんて」


 人ならざる業をみて少しだけ寂しく感じる。やっぱり人間じゃなくなってしまったんだと。わたしとは違う存在になってしまったんだと。


 でも、しんみりしたって仕方ない。気を取り直してお水を上げないと。時雨ちゃんは何もしないで良いなんて言ったけれど、せっかく動き回れるようになったんだもの。動かないと。何もしないんじゃ悪いしね。


 時雨ちゃんのところに居候することになって三月みつき経った。

 鬼の屋敷とは違って時計もあるし仮とは言え陽も昇るから、わざわざ日記を書かなくても何日経ったか分かる。やっぱりお日様も文明も大事よね。

 洋服だって時雨ちゃんが一通り用意してくれたから、動きやすさは抜群だ。ちょっとレトロなのも味があって良い。



「サエちゃん」


 ジョウロに水を汲んだところで声をかけられる。

 振り返れば時雨ちゃんがレモン色の着物に身を包んで庭園に入ってきた。赤い実が散りばめられた模様が可愛らしい。


「あ、時雨ちゃん。今からお水をあげようと思って」


「そうだったんだ、ありがとう。でも今お茶淹れたから、飲んでからお願いしても良いかしら」


「うん。時雨ちゃんが淹れてくれるお茶美味しいから嬉しいな!」


東屋あずまやに用意してあるから一緒に行きましょう」


「分かった」


 ジョウロをとりあえず水汲み場のそばに置いて、彼女の隣に立って歩き出す。

 いつも思うんだけれど、時雨ちゃんってとってもいい香りがする。花の匂いなのか、それとも香水を使っているのか。甘すぎず、品のいい香り。


「ねぇサエちゃんってどんな花が好き?」


 チューリップの花壇の前に来た時に、時雨ちゃんがわたしに問いかける。 


「ん~そう、ね。鈴蘭とか可愛いと思うな」


「じゃあ今度植えておくね」


 ふふ、と上品に笑って明るい表情かおを見せてくれる時雨ちゃん。なんだかその様子にホッとしてしまう。時雨ちゃんはもう幸せなんだと。

 今までどうしているのか心配だったから、この笑顔を見れるだけで幸せだった。



 ここに来たばかりの頃、時雨ちゃんはわたしの「鈴音」という名前を呼ばないといった。そしてわたしに名乗ってはいけないとも言った。鬼に与えられた名前だからって。 

 じゃあなんて呼ぶの? と訊けば、「サエちゃん」と答えられた。



 わたしはどうしてその名前で呼ぶのか、分からなかった。



 だから正直に、なんでその名前なの? って聞いたら時雨ちゃんはとても驚いた顔をしていた。「分からないの?」って。


 最初は何かの花の名前かと思ったんだけれども、そうでもないらしい。普通に人の名前のようで、きっとそう呼ぶのは何か思い入れがあるんだろう。


 とにかく、鬼に与えられた名前だと何かと良くないと思って、困惑している時雨ちゃんを安心させるためにも「サエで良いよ」と明るく振舞った。もう困らせたくなんてなかったしね。




 

 東屋に到着すると既にテーブルの上にはティーセットが置かれていた。

 可愛らしい花があしらわれたティーカップの中には紅茶が。薔薇模様が可愛らしいお皿の上には花の形をしたクッキーが丁寧に並んでいた。


「緑茶もいいけれど、紅茶も美味しいよね」


 時雨ちゃんからおしぼりを受け取って手を拭うと、彼女もわたしに向かい合う形で座った。


「これ全部特注なの。今日の茶葉は初めて使うのよ。飲んでみて」


「そうなんだ。いただきまーす。…………うん、美味しい!」


「でしょう? 買って大正解」


 二人して笑って、それからまた別の話に花を咲かせる。

 本当にこんな楽しい会話が出来る日がくるだなんて思わなかった。まるで昔に戻ったみたい。

 わたしは人間だからどうしても居る場所は限られてしまうけれど、こんなに開放感を感じられるなんて。


 鬼の屋敷にいる間は鬼の顔を伺って、狭い籠の中で退屈しないように案を絞り出して。日差しのない世界でしか過ごせなかたけれど。

 でもここには、本物じゃないけれど輝く太陽もあるし、怯える相手もいない。庭に出るのも部屋に行くのも自由だった。なにより楽しく話せる友達が居る。


「ねえサエちゃん。ここに来てなにか不便な事とか、困った事ってない? 大丈夫?」


「大丈夫どころか最高だよ。とっても楽しい!」


「そう。よかった」


 たまに時雨れちゃんはこうして気にかけてくれる。そこまで心配なんてする必要ないのに。

 でも、そうやって言ってくれることが嬉しかった。


「時雨ちゃんもわたしが居候してて大丈夫? わたしに出来ることがあったらなんでも言ってね」


「ううん、平気よ。ありがとう」



 楽しく笑う二人の間に爽やかな風が吹き抜ければ、花の香りも通り過ぎて気持ちが良い。

 一通りお喋りしてお茶を飲んだら、わたしは水遣り、時雨ちゃんは自分の部屋に戻っていった。色々勉強する事や、やらなきゃいけない事が沢山あるみたい。

 

 以前たまたま耳にした付喪神達の話だと、時雨れちゃんも愚痴の鬼から独立してあれこれ忙しいみたい。正直なところ、あの白い夜叉みたいな冷酷な鬼から離れてくれて嬉しかった。

 

 もしかしたら、時雨ちゃんが紅い鬼からわたしを離してくれたのも、こんな気持ちだったのかも。だから色々手を尽くして助けてくれたのかもしれない。


 時雨ちゃんには感謝してもしきれない。今こんなに穏やかに過ごせるのも全部彼女のお陰なんだから。



 水やりを終えて部屋に戻ると、時雨ちゃんが用意してくれた本を読んだり、また裁縫にいそしんだりした。

 いくらかそうして過ごすと、陽が沈んで空は白い月が照らす夜へと変わる。時計の針を見れば六時だ。

 

「サエちゃん」


「あ、はい」


 コンコンとノックの音がして返事を返せば、時雨ちゃんがひょっこり顔を出す。


「夕飯の用意できたよ」


「え! もう出来たの? ごめんね、手伝おうと思ってたのに」


「ううん。サエちゃんはお客様だからそんなことしなくても良いのよ。それに常闇の材料じゃ、サエちゃん料理するのは難しいんじゃないかしら」


「う……そうかも……」


 確かに常闇の食材って見たことないから分からない。お屋敷では出来上がったものしか見たことなかったし。


「あ、じゃあ今度一緒に料理させてよ。わたし覚えるから」


 実家暮らししかしてなかったから自信はないけれど、お姉ちゃんとお母さんから一応基礎は習ったし。簡単なものなら多分出来ると思う。


「それじゃ今度一緒にやってもらおうかな。さ、温かいうちに食べましょう」


 ランプで灯されたフローリングの廊下を歩く。白い壁には絵が何枚か飾られていて、それぞれ四季の一つを描いていた。

 絵に妖怪も一緒に描かれているけれど、常闇にも四季があるのかしら。


 食堂に入ると、まん丸な提灯が何個か天井から吊るされて赤いテーブルクロスの上に広がる夕食を照らしていた。

 今日の夕飯はお麸のお吸い物と、一口サイズに切り分けられた照り焼きチキン。白いご飯と常闇でとれた野菜のサラダと、人参と白菜のお漬物だった。


 ここでご飯を初めて食べた時も思ったんだけれど、この世界でも洋食って食べれるのね。驚いちゃった。


「時雨ちゃんいつも思うんだけれど、料理上手だよね。今度は絶対一緒に料理しようね。だって色々教えて欲しいもの」


「うん。今度はちゃんと声かけるからね」


 両手を合わせていただきますと声を合わせて言う。

 料理の方法や好物の料理を話しながら食べて、食後にはまたお茶を飲んで今日読んだ本の内容を話したり、時雨ちゃんの勉強内容を聞いて過ごした。  


 絶え間なくお喋りしていると、あっという間に時計の針が十一時を指す。リンリンと可愛らしい音が時間を知らせて、顔を見合わせた。


「あ、もうこんな時間」


「今日も喋りすぎちゃったね」


「どうしても話が止まらなくなっちゃうよね」


 見合わせて笑うと、二人して立ち上がる。そしておやすみと手を振ってそれぞれの部屋に戻った。


 部屋の隣にあるお風呂場に入りって身体を洗い、脱衣所に隣接してある洗面台で歯を磨く。それから布団の中に入り込んで目を閉じた。


 明日は何しようかな。時雨ちゃんに頼んでお料理の本を頼んでみようかな。そしたら自分でも出来そうなものがあるか、分かるかも知れないし。


 色々とやることを思い浮かべていると、なかなか寝付けない。だって楽しいことしか浮かばないんだもの。時雨ちゃんのところに来てからずっとこんな感じで、常にウキウキしている。


 けれども心地良い睡魔が一度わたしに降りてくると、うとうとし始めて直ぐ様、わたしは眠ってしまった。

 一日の楽しいことを胸に抱きながら、深く眠りに沈んでいく。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





 やめて……やめて……

 


 真っ暗闇の中、のたうち回る。

 這い回る手が体のあちこちを駆け巡り、ぞわりとする感覚が全身に広がる。


 そして何度も繰り返し、しつこく呼ばれる名前。鈴音、鈴音と呼び声が呪いのように繰り返される。


 放して……やめて……


 体を捻り這いつくばって逃れようとしても、どこにも逃げ道なんてなくって、必死に振り払っても空を切るばかり。辺りに充満している紅い気配は、まったく消えてくれない。

 暗闇の中、なにもない空間で鈴音の名前を呼ばれれば、瞬時に自由が利かなくなる。



 鈴音 鈴音 鈴音



 耳元で囁かれ、その度に喉を掻きむしって体を捩らせる。

 暴れれば暴れるほど、紅い何かが絡みついてわたしを縛る。


 苦しい……苦しい……もうその名前で呼ばないで……


 訴え懇願する。それでも延々と呪いのように囁かれ、締め付けられるような苦しみに襲われる。


 紅い気配はいつしか紐のようなものに化け、わたしの両手足首を縛り、首にも同じように回される。そして両手首を左右から強く引かれ、首も絞め上げてくる。


 息ができない……苦しい……手が、痛い……っ


 もがいて唯一自由な足をバタつかせ、そこで気が付く。

 気がつかないうちに、つま先が地面に着くかつかないかのギリギリな状態になっていて、必死に立たなければ首を吊る形になっていたのだ。


 うっかり足元を崩せば、首だけでなく両腕も自身の重さに引っ張られ、更に悲鳴を上げるはめになるのだ。


 痛い……苦しい……なんで……


 まるで拷問だ。そうやって痛みと苦しみに呻いた時に、また気が付く。

 これが初めてではないんだと。もう何度も見た悪夢なんだと。鬼から離れたその日から、なんども繰り返されている紅い悪夢なんだと。


 けれども、こんなに苦しいのに。朝目が覚めれば忘れてしまう。苦しかったことも何もかも。体にも心にも痕が残らないのだから。



 これが「鈴音」の呪い? これが紅い鬼から逃げた代償というの?

 

 時雨ちゃんに伝えたくても、目が覚めた途端に消えてしまうのなら、わたしはどうしたら良いのだろう。

 一体いつまで、この悪夢は続くんだろう――






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