序ノ怪
夢現に思う。なんて呆気ないんだろうと。
紅い鬼の屋敷から抜け出せたのに、まるで安心感も安堵感も無かった。ただただひたすら疲労感と脱力感が纏わりついている。
これから先のことも、どうなるのかも考えられない。いや、考えたくなんてなかった。
例え考えたくても、甘い馨が邪魔をし、不安や焦りを感じたくても端からかき消され、その暗い感情を遠くへ押しのけていった。
わたしはその気高い馨を、まったく疎ましいと思わなかった。
馨はどこまでも優しく穏やかで、わたしに心地良い幸福感を与えてくれる。
わたしはここが心地よかった。自分を優しく包み込み、甘い微睡みの中へ導いてくれるから。
だから他の所へ行きたいとは思えなくなった。
彼女の傍から離れたくなかった。
やっと訪れた安寧の日々。
いつまでもこうして穏やかに、幸福感に包まれながら暮らして生きたかった。
……でも紅い鬼の執着は、わたしが思っていた以上に深かった。
どこまでもどこまでも追いかけてくる。
それが夢だろうが、現だろうが。
「鈴音」という首輪を使って、わたしを捕らえて引きずり込もうとする。戻って来いと。恨みのような暗い気持ちを抱きながら迫って来る。何度も何度も。
わたしはあの妖しい紅からこの美しい鬼の下へ来ても、簡単に逃げられるわけが無かったのだ。
そしてまだ、わたしは鬼の性というものを、何度も聞いた「闇」というものを、やはり理解できていなかったのだ。




