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妖しい馨  作者: 月猫百歩
紅の屋敷
3/60

二ノ怪

 朝食が終わって籠の中へ戻る。今日鬼さんは色々予定があるらしく、わたしは朝のお勤めである鬼さんのお酌をしなくて良いそうだ。珍しい。


 なにはともあれ朝のセクハラタイムが無くなる。思いがけない幸運に顔が緩みそうになるのをぐっと堪えて、部屋を後にしようとする鬼さんを見送る。


「あぁそうダ鈴音」


「はい」


「昼前には必ず戻るカナ」


 振り向きざまに言われてキョトンとする。

 まるで安心しろとでも言いたげな口ぶりに、一瞬なんの事か思考が止まるけれども、ちょっとした間があってからすぐに気がつく。

 

「あ、お昼のことですね。ありがとうございます。」


 今は子鬼すらわたしに会うことはないのだから、必然的にご飯も日用品も鬼さんから直接貰うしかない。あまり動くことが無いとはいえお腹は空く。鬼さんはその事を配慮してくれたのだろう。


 お礼を言って下げた頭を戻す。けれど上げた先には微妙な顔をしている鬼の顔が目に映った。片方の眉と口端を寄らせて何か言いたげな表情。

 あれ? わたし何かマズイこと言ったかしら。


「あの」


「まぁイイ。大人しく待ってナ」


 人差し指を立ててわたしに釘をさす。言われなくたって大人しくしてますよ。と、言うより、わたしには大人しく籠で過ごす他ないんだけれどね。

 部屋から出て行く鬼さんを見送りながら、先ほど覚えた不安が去ったのを感じてわたしは肩の力を抜いた。


 さて、鬼さんもいなくなったことだし。自由時間が出来たところで何をしようかな。話し相手はいないしもちろん籠からは出られない。寝るにしても眠気は吹っ飛んでしまっている。だとしたら……

 考えたところで籠の隅に置いてあった小箱に目が留まる。


 そうだ。この間の続きをしよう。


 漆塗りのそれを手にとって中身を空ける。中にはあと一息で出来上がる作りかけのテディベア。思いがけなく手が空いてしまった時に作ることになった彼を取り出す。

 作りはどうしても粗くなってしまうけれど仕方ない。

 漆塗りの裁縫セットは以前鬼さんから貰った。どんな意図があってくれたのかは分からないけれど、せっかくだし有難く使わせてもらっている。



 

 無心になって針を進めれば時間はすぐに進む。時折同じ姿勢をとり続けて固まった肩や首をほぐして目をこすり、また針を進める。

 何度かそれを繰り返したところで、掛けられた声に顔を上げれば、傍らに立った鬼さんがおにぎりと沢庵が乗ったお皿を差し出していた。


「あ、驚きました。いつ入ってきたんですか」


「ついさっきカナ。……ところで、ソレはなんダ?」


「え? あぁ、これですか? テディベアです。熊ですよ」


 ちょうど完成した彼を鬼さんにお披露目する。メインである赤と白と紫模様の和ちりめんで作ってみたけれども……うーん。やっぱりかなりイビツな出来上がり。


 左右非対称になってるし型紙とかジョイントもない上に、初心者レベルのわたしにはかなり無理があったようだ。

 どこもかしこもデコボコ。完成できただけでも奇跡のような状態だ。


「コレが熊ぁ?」


 鬼さんの素っ頓狂な声が上がる。うぅ、見せるんじゃなかった。


「ドコをドウ見たら熊になるのか俺には理解出来ン。鈴音はこんなのが欲しかったのカ? 悪趣味ダナ」


「それ以上言わないで下さい」


 少なくとも趣味云々のことは鬼さんに言われたくない。

 溜息まじりにテディベアもどきを脇へ引っ込める。


 記憶を頼りに作ってみたものの……はぁ、上手くいかなかったなぁ。

 高二の時、隣のクラスの美咲に誘われて『初心者大歓迎! 手作りテディベア体験』をした時は上手くいった気がしたのに。


 自分の腕を過信しすぎちゃったかな。今度はもっと簡単なお手玉とかにしてみようかな。

 

 ふと視線を感じて鬼さんへ顔を向ければ探るような紅とかち合う。不思議に思って目で問えば、なんでもないと手を振られておにぎりを押し付けられた。

 ……何なのだろう。


「サァ~て。お前に飯もやったことだし、戻るとするカ」


 角の根元を掻きながらどこか面倒くさそうに呟く。鬼さんが普段何しているのかは知らないけれど、どうやら忙しいみたい。

 籠の中は退屈だけれど鬼さんの相手をするのに比べれば天国だ。しばらく忙しくしてくれれば良いんだけれど。


 鬼さんが出て行った後お昼を食べて、夕食までまた針を進める。

 白い生地も残っていたので雪うさぎのお手玉を作ろうと完成図を頭に浮かべながらさくさく手を動かす。

 よしっ。今度は上手くいきそうだわ。




 ようやく完成した雪うさぎは自分で言うのもなんだけれど、可愛らしい。真っ白な体に葉っぱを模した耳は、テディベアの残り生地から僅かにある緑の部分だけ頂戴して作った。

 うん、良く出来てる。これならもう一匹作ってみようかな。

 

「鈴音」


 気分が乗ってきたところで籠の外から声が掛かる。

 えっ。もうそんな時間なの? 時計がないから時間は確かめられない。あ、でも例え確かめられたとしても鬼の声が掛かれば関係ないか。


「はい。なんでしょう」


 渋々手製の雪うさぎを膝元に置いてかしこまる。

 もちろん愛想の良い顔も忘れない。


「今から酌してくれ」


 予想通りの鬼の言葉。……今日はちょっと早い気がするけれど。まぁ朝と昼のお勤めが無かった分だと思うしかない。


 一日の中で一番億劫なことをしなければならない事に気分が急降下する。それでもなんとか心の奥底に押し込めて、裁縫セットをしまうと鬼に促されて籠の外へ出る。


「さぁ~て。飯にするカ!」


 嬉々とする鬼さんとは真逆に、わたしの心は萎んでいった。

 嫌だなぁ……。




 肩にぐいぐい大きな手が食い込む。きちんと正座していた足は今は崩れてなにも履いていない足が露わになっている。


「美味いナァ~」


 満足げにお酒を飲み干す紅い鬼。すぐに盃をこちらへ差し出して何十回目となるお酌を催促する。


「あの鬼さん。肩が痛いんですけれど」


「お、そうカ。スマンな」


 案外あっさり了承してくれた。なんて思ったら、肩から圧迫が消えて気を緩める間もなく、そのまま肩から腕、腕から腰へと移動される。

 って、あぁ~~もぉおおっ! 

 

「あ、あの鬼さん。これはちょっと違」


「鈴音は可愛いナァ~! 可愛い可愛い!」


 わたしの嫌がりようも無視して腰に回した手をするりとお腹の前に這わせると、そのまま胴体に巻きつけてわたしを引き寄せ、更に顎をわたしの頭へ摺り寄せてくる。


「鬼さん! これはあの、これは可愛がるとは、違うんじゃないですか?」


 某動物愛好家じゃないんだから顔や頭をすりすりするのやめてっ。それに食べたばかりなのに胃の上を圧迫するのもやめてっ。 


 お屋敷生活が始まってから日に日に鬼さんの『ペットを可愛がる』という行動がエスカレートしてきて、今ではお酌の時間は毎回こんな感じだ。

 確かにペットを可愛がる人は自分も含めてこんなふうに撫で回したりすることはあるけれど、生身の人間であるわたしにはかなりきつい。しかも飼い主にあたる人物が鬼とくれば尚更だ。


「鈴音は素直じゃないナァ。せーっかく、お前にイイ物をやろうと言うのに」


 そう言うと鬼さんは背後から何かを取り出してきた。

 とても満足そうに笑いながら和紙で包まれた箱をわたしに差し出し、開ける様に促す。

 未だに引っ付いてくる鬼さんを疎ましく思いながら箱を開けてみる。……これは。


「どうダ? 立派だろう?」


「え、え?」


 思わず二度見してしまう。

 中には確かに、それはそれは立派な作り物の熊が入っていて。


「これならドコをどう見ても熊カナ」


 自慢げな声が頭の上から降ってくる。

 た、確かにこれはどう見ても立派な熊だ。熊なんだけれど……


「き、木彫り……」


 箱に入っていたのは民芸品にありそうな木彫りの熊。ただ人を食い殺さんばかりの憤怒の表情に凶悪な爪。骨どころか岩をも噛み砕きそうな牙を大きく開けた口から覗かせて仁王立ちしている。多分お店に並んでいても誰も手に取らないと思う。


「俺が彫ってみたカナ。上出来だろう」


「鬼さんが、彫ったんですか」


 意外な才能に呆気に取られてしまうけれども……何故木彫りの熊? 欲しいなんて言ったかしら。

 思いがけない物を前にして微妙な反応しか出来ない。酔いつつも揺らめく紅がわたしをまた探るように見てくる。と、とりあえずお礼を言わないと。


「ありがとうございます。その、あの、と、ても、カッコイイですね」


 カッコイイを通り過ぎて物凄い威圧感のある禍々しい置物にしか見えない。持っていたらなんか呪われそう。引き攣りそうになる口をひん曲げてなんとか笑顔を作り上げると、わたしはお礼の言葉を絞り出した。


「……そう言えば、どうだ鈴音? 今日はあまり構ってやれなかったんダガ。寂しかったカ?」


「えぇ、そう(でもない)ですね」


「なら俺とこうして居られて嬉しいダロウ?」


「……とっても(嫌です)」


 鬼さんはじっとわたしを見つめた後、「そうか」と笑ってまたお酒を飲み干す。

 わたしはと言うと、めいっぱいの愛想を振りまいて忍び足で近づいてきた疲労と睡魔を払い退ける。


 一応今日は朝とお昼のお勤めが無いんだからいつもよりは楽なハズ。

 わたしは気を引き締めて体勢を立て直すと、本心が零れないようより一層目の前の紅い鬼へと集中した。




 あー眠いよ~。


 籠の中に戻るや畳んだままの布団へダイブする。灯篭を見ればもう灯りはこじんまりとしたものになっている。


 な、なんで朝と昼間を挽回するかのような長さと勢いで呑み続けるの鬼さん。お酒の量と時間の長さが半端無い。よく病気にならないわ。

 うぅ、でもやっと眠れる。お勤めはなんとか無事終わったしお風呂も入ったし、髪も乾かしたし。後は眠るだけ。


 のそのそ体を起こして布団を引き、居心地の良い布団の中へ潜り込む。

 日記は……明日で良いや。


 はぁ。やっと一日が終わった。疲れた。

 それにしても、監禁お屋敷生活が始まってどれくらい経ったろう。大体、ふたつきくらいは経っているのかしら。


 一応嫌なことも多々あるけれど、鬼さんとも上手く付き合っていけてる――と、思う。愛想も建前だってなんとか身についてきた。鬼さんの顔が険しくなる顔もあまり見なくなった。

 でも今日は何度か引っ掛かる感じがしたけれど、気のせいかな。何もないと良いけれど。


 色々考えめぐらしても眠気に勝てず。ふぅと息を吐けばすぐに疲労に取り付けれたわたしは睡魔にさらわれ、夢の中へと落ちていった。






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