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妖しい馨  作者: 月猫百歩
紅の屋敷
17/60

十六ノ怪

 あぁもう……なんだってこんなことになったんだか。


 用意された部屋で袴に着替えているうちに無くなった筈の不満が徐々に出てくる。


 なんだか毎回鬼さんの都合の良いように話が転がっている気がするんだけれど、どうしてかしら。まぁペットな立場であるわたしがあんまり強く言えるわけもないし、最終的には折れるしかないんだけれども。


 溜息もそこそこに身支度を整えると引き戸の取っ手に手を掛けた。

 外には鬼火がふよふよ漂っていて、わたしが廊下に出るといつものように独りでに宙を泳ぎ始めた。




 鬼火の後を追って広間に戻ると、腕を組んで立っている鬼さんがいた。

 なんだか顔にワクワクという文字が書かれているのが見て取れる。わたしとしてはそんなに力まないでいて欲しい。


「おぉ着替えてきたか。それならこれをやるカナ」


 意気揚々と言った感じでわたしに近づくと、懐から小さなお守りのような紅い巾着袋と薄紅色の薄くて軽そうな布をわたしに差し出してきた。


「匂い袋のほうはお前の人間の匂いを消す。んで、こっちの肩掛けは羽織れば人間の気配を消すことが出来るカナ」


 この薄い布みたいなのはショールなのかな。よくみれば桜の花びらが刺繍されていてとても綺麗。


 鬼さんってたまにこういう女性物を持ってたりするけれど、なんで持ってるんだろう。わざわざ買ってきているのかな。それとも蜘蛛の花魁や濡れ女さんにでもあげるのかな。


「分かりました。ありがとうございます」


 疑問に思いつつも頷いて巾着とショールを受け取ろうと手を伸ばす。ふわりと優しい香りが鼻を掠め、手にはショールの柔らかな感触が乗る。

 その瞬間、頭にオレンジ色の灯りと銀色の影が過った。


 常闇に来たばかりの頃、わたしを賑わった通りに連れ出してくれた灰色の鱗をもった、突然目の前から去ってしまった妖。

 ……親友の彼女同様、ずっと気になっていた。


 鬼さん以外誰とも話していないから魚さんのことを聞ける人がいないせいで、彼が今どうしているのかわたしには分からない。

 本当に、彼は今どうしているんだろう。常闇のどこかでひっそりと暮らしているのかしら。


「どうしタ?」


 ハッとして我に返る。

 あぁ、そうだ。こんなこと考えている場合じゃない。


「何でもないです。これを持っていれば良いんですね」


「肩掛けのほうは羽織らないと意味ないカナ」


 それなら巾着は帯の間に閉まっておけばいいか。ショールは肩に掛けてっと。よし。足も裸足だし、剣道部が履いていたような袴だからなんとかこれで走れる。うん。これで準備万端。


「これで良いですか?」


 自分の用意を確認して鬼さんに尋ねれば、鬼さんはわたしを紅い目で見つめてから一度スンと鼻を嗅ぐ仕草をしたら腕を組んだ。


「うむ。お前の気配も匂いも分からなくなったカナ。……さて、こいつを持て」


 くるりと鬼さんが手首を回すと宙から見覚えのある青い砂時計が現れ、それを紅い手が掴んだ。


 砂時計なんて出してどうするんだろう。


 てっきりそれをわたしに渡されるのかと思いきや、鬼さんはその砂時計をわたしの斜め上で漂っていた紅い鬼火に放り投げた。

 鬼火は砂時計を一度呑み込むと炎の中で何度か回転させて、大事そうに己の中央に砂時計を鎮座させた。


「今からそうだナ、うむ。三十やろうカナ。三十数える間にココに書かれている屋敷内で逃げろ。分かったカナ?」


「え? どこですって?」


 何かの紙切れをわたしに押し付けると、鬼さんは空いた両手で黒い帯みたいなものを目に巻き付け始めた。


 え? ちょっと待って、どこまでだって?


 急いで半紙のような黄褐色の紙を広げると部屋の間取り図が書かれていた。多分お屋敷内の地図よねこれって。なんだか想像していたよりも広いけれど。えっと現在地ってどこかな。この真ん中の広いところかしら。


「じゃ数えるカナ」


「待ってくださいって!」


 あたふたしているわたしを他所に楽しそうに数を数え始める鬼さん。あぁもう良いやっ。

 やけっぱちになって広間から出ていくと、いつもの暗闇はなく廊下全体が間接照明に照らされているように、優しい明るさが広がっていた。 

 鬼さんがわざわざ照らしてくれたのかしら。 


「九つ……十ぉ!」


 意外な心遣いに感心していたけれども、鬼さんのカウントに気づいて慌てて廊下を走る。ペタペタと裸足が木目調の廊下に響くのを耳にしながら何枚もの襖や障子の前を通り過ぎる。


 今どのあたりに来たのかしら。適当に走ってきちゃったけれど。


 息を弾ませながら立ち止まると、発火音が頭の上から鳴った。見上げれば頭の上に鬼火が揺らめき、中の砂時計がサラサラ落ちている。見たところあと十秒くらい。


 うーんどこか隠れる場所はないかな。

 えっと大広間はここだから、ここを右に曲がって次を左に曲がったんだから……。


 振り返り、自分が立つ背後の障子にハラハラと散る桜の花びらが描かれているのを見る。散桜ちりざくらの間ってここのことかしら。

 取っ手を引いて中を見ると、特に変わり映えのない至って普通の和室のようだった。ここでしばらく様子を見ようかな。


 部屋の中に入ってそっと障子を閉じる。あとは静かにしていれば大丈夫でしょう。そうだ、ここでじっとしてても退屈だし、ちょっと部屋の中を見てみ――


 背筋が凍ったと同時に言葉が途切れる。一瞬何が起きたのかよく分からなかった。

 でも、いくつもの目がわたしを見ているんだと頭がやっと理解した途端に、髪の毛が逆立った。


「ぃやああぁあああ――っう、げほごほげほっ」


 声が裏返って喉がかすれ、ひどく咳き込む。

 な、に? なんなの? え? 


 もう一度顔を上げて見ると、やっぱり先ほど見たものは現実みたいで、障子に現れた無数の目がわたしを好奇心に溢れた眼差しで見下ろしていた。


 えっと、これは、なんだっけ。えっと目目連もくもくれんだっけ。

 わたしを見てばかりで何もしてこないところを見ると、特に害はないみたいね。び、びっくりした。


 咳も落ち着いたところで畳に蹲ろうと体を曲げかけたその時、ドスドス威勢のいい足音がこちらにむかってくるのが聞こえてきた。

 これ絶対鬼さんだっ。


「ここカっ」


 わたしが慌てて別の障子から出たとほぼ同時に目目連(もくもくれん)の襖が勢いよく開かれた。

 バクバク心臓が鳴って、一歩踏み出した姿勢のまま石像のように固まるわたし。息を止めてギギギと振り返れば鬼さんが宙を掻いて戻している。


「ん~罠にかかったかと思ったんダガもう逃げたのカ。案外逃げ足が速いナァ」

 

 って、これ鬼さんの罠だったの!? なんで罠をはるの! これじゃあ本格的サバイバル鬼ごっこじゃない!

 ……なんだか段々恐ろしい展開になってきているけれどこれは大丈夫なのかしら。わたしはこの遊びが終了する頃には無事なのかしら。というかもう中止にしたいこの鬼ごっこ。

 

 半ば泣き顔になりつつも、そろりそろりと廊下に足を踏み出してひとまずこの場を離れた。背後で鬼さんが動くような気配を感じながら緊張からくる息苦しさに喘ぎつつ角を曲がる。

 えっと、この先を真っ直ぐ行ってうぐいすの間に行こう。確かここって茶室だった気がする。鬼さんが何度かここを使っているの見ているし――


「い――っ!!」


 叫び声が漏れそうになるの口を急いで両手で覆う。ふーふー肩で息をしながらどうにか自分を落ち着けさせた。


 ふ、降ってきた。火の玉の中年男性が、降ってきた!


 地図から顔を上げた瞬間、見計らったように天井から火の玉が降ってきたのだ。ただそれが普通の火の玉だったら常日頃鬼火に慣れているせいか、ひどく驚いたりしないんだけれど、その火の玉に顔があってそれがニヤリと笑ったら話が別だわ。

 それでも息を何度も吐いて肩の力を抜けばだいぶ落ち着いてくる。鬼さんは運よく気づいていないようで背後から追ってくる音はない。またホッと息を吐くと、そんなわたしを見て火の玉の顔は嫌そうに顔を歪めた。


「なーんだつまんねぇ。久しぶりに人間を化かせるって聞いたってのに……もっとビビれよな」


 ぶちぶち小さく文句を言うとするすると上へと昇っていき、いつの間にか空いていた天井の穴へと消えていった。廊下にまたぽつんと取り残される。再び戻ってくる静寂。


 ……もしかしなくてもこれも鬼さんの罠……よね。鬼さんったらわたしが他の妖怪と会うのを嫌がっていたくせにこの仕打ちはいったい何なの? 新種の嫌がらせ? そもそもこんな用意周到に他の妖怪を使って罠を張っているっていうことは、鬼ごっこも結局計画的提案だった、ってわけ?


 ……へぇ~そう……そうなの。そうなんですか。こんなお化け屋敷みたいなことを考えていたんですか。

 久しぶりにピキッと自分のこめかみあたりに怒りマークが浮かんだ。


 鬼さんってばなんっっって、意地悪なんだろう! ほんと最低っ!

 もう鬼さんが降参っていうまで絶対絶対絶対捕まんない! それでわたしが勝ったら鬼さんには一ヶ月禁酒してもらう! そうよ! そうしてもらうわ! 鬼さんも少しくらい痛い目見れば良いんだ!


 勝利と鬼さんに対する罰を固く誓い、足音を殺しながら大股に廊下を進む。もう怖さなんて燃えるゴミの日に投げ捨ててくれる!


「ばあ!」


 右の襖が突然開いて大声を被される。じろっと見れば一つ目小僧が万歳をした格好で舌を出していた。普段のわたしなら予想通りの反応をするところだけれど、今わたしにそんな余裕はない。無視して先を急ぐ。

 背後から「あ……」という哀愁の声が聞こえた気がしたけれど聞かなかったことにする。


 地図を見下ろすと柳の間が目に入った。目の前の襖を見れば柳の絵が書かれている。ここの部屋を横切って行ってみよう。

 静かに襖を開けば中でろくろ首と二口女がニタリと笑ってこちらを振り返る。


「あら~いらっしゃ~い。アタシらとお茶でも――」


「お構いなく」


 軽く会釈してさっさと部屋を横切る。彼女達の後ろを通る時に二口女の頭の口にちょっとびびってしまったけれど問題ない。素早く襖を閉めて廊下を歩く。


 少し進んだところで塗り壁と思わしき壁が立ち塞がっていた。大きな体とは反対に二つの小さな目がわたしを見下ろしている。

 これじゃあ通れないから迂回するしかないわね。上から「つ~ぶ~す~ぞ~」という低い声が聞こえてきたので、忠告に従ってすぐさま回れ右。背後から「待~て~」と聞こえてきたけれど無視。ここにずっといたって仕方ないし。


 来た道を戻り左折したところで気持ち少し振り返ると、塗り壁は重い体を僅かに左右に揺らしながら一生懸命ちょびちょび歩いていた。……ちょっと可愛い。





 椿の間の前で立ち止まる。結構歩いたわね。まずどこか隠れられる場所に行って体力を温存しないと。ちょっと疲れちゃった。

 普段運動していないからちょっと歩き回っただけで休みたくなるのよね。一応地図があれば行き止まりにも注意が出来るし、後は鬼さんの気配に注意して動き回れば良いわ。


 地図を取り出して現在地を探す。えっと今は椿の間っていうところにいるんだから、このL字になっている場所かしら。この先は行き止まりだから引き返すか、椿の間に入って別の廊下に出るしかないわね。

 

 ふぅと息はいて顔を上げると、ぎょっとした。

 壁の右側に角が生えた影が映っている。

 

 鬼さんだ! もうなんてタイミングの悪い。先にはいけないから椿の間に入るしかないわ。


 ゆらゆら揺れる鬼さんの影に息を潜めながら取っ手を指先で触り力を入れる。……ん? あれ?

 何度も取っ手を横へ引くけれど襖が開かない。嘘でしょ!?


「ン~。どこダァ?」


 舐めるような声音に心臓がガンガン鳴るのを聞きながら、のっそりとした動きをしている鬼さんへ顔を向ける。別に命に関わることじゃないのに、体が小刻みに震え汗が噴き出す。


 そ、そうだ。鬼さん見えないし気配が分からないんだから、このまま静かに鬼さんを避け切れれば逃げられるんじゃないの? ぶつからないなら気づかれないだろうし。


 襖にべったり背中をつけて横歩きにじりじりと進む。鬼さんは両手を幽霊みたいに突き出し、時折宙を掻いて笑っている。なんだか凄くノリノリで遊んでいる感が満載だわ。ちょっと危ないヒトみたいで不気味だけど。

 

 襖の前を渡り切り白い壁まで辿り着く。後はすぐそこの曲がり角を曲がりきれば、後は素早くこの場から逃げ切れば良いだけだわ。

 鬼さんがわたしの前をゆっくり横切り大きな背中が襖の前にきた。

 よし、これで曲がれば――


「どけぇええぇえぇぇえぇ!!」


 野太い声がいきなり耳をつんざいたかと思ったら、曲がり角から炎が飛び出してきた。それがわたしの前をスレスレで横切り鬼さんへと向かっていく。


「鬼さん! 危な」


 言いかけたその瞬間、鈍い音と共に炎の塊が行き止まりとは逆の方へ吹っ飛んだ。また熱い塊が目の前を猛スピードで横切り壁に激突する。


「熱っ」


 遅れてやってきた頬の熱さに思わず呟く。頬に手をやってみれば痛みはなく、火傷はしていないみたい。

 顔を上げて壁にめり込んでいる炎をよく見てみると、燃える馬車の車輪みたいな姿をした妖怪だった。確か、輪入道っていう妖怪だっけ? すごいめり込み具合だけれど大丈夫かしら。頭の後ろに大きな足跡があるっていうことは、鬼さんに蹴られたのかしら。


「鈴音?」


 ぎくーっと肩が跳ね上がった。

 いつの間にか鬼さんが本当に目と鼻の前にいてそのまま石化する。


「いるのカ?」


 いません。と、言いたいところだけれど言ったが最期。石化を解かずにそのままじっとしているしかわたしには選択肢がなかった。

 ドクドク鳴る心臓がうるさい。いつも思うんだけれど、わたしの心臓こんなに毎回爆発しそうになっていたらいつか止まっちゃうんじゃないかな。

 

 鬼さんの手がわたしの首にゆっくり伸ばされる。それを左に静かに避けると、わたしの右肩辺りに鬼さんの手が伸びて壁に触る。

 

「ン~?」


 わっ。ちょ、ちょっと!

 

 反射的に横へ飛び退く。鬼さんは壁に付けた手をそのままわたしの方へ寄越してきたのだ。鬼さんは更に横へ横へと手を付いて、わたしはその度に左へと飛び退き続ける。

 次第に遠ざかる曲がり角。襖を横切ったら後は行き止まりの廊下があるだけだ。鬼さんを抜かして向こうの壁側に行きたいけれど、すごく近い距離だからそれは無理だ。ちょっとでも壁から背中を離すと鬼さんにぶつかってしまう。

 

 どうしよう。


 静かな攻防を繰り返しているうちに、いつの間にか襖の前を通り過ぎ行き止まり手前の壁に行き着いてしまった。

 緊張から短い息を吐いたとき、目の前の鬼さんがふっと笑った。

 

「鈴音ぇ……いるんダロウ?」


 息を呑んだ時、今まで空いていた左の空間が鬼さんの腕で塞がれる。左右に逞しい腕が伸ばされてしまい、逃げ道がなくなってしまった。

 たらっと横顔に汗が一筋流れると、塞がれているはずの妖しい紅が三日月を作った。


「ツーカマーエタ」



 

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