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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

悲しい話1

作者: 鈴木

前に住んでいた屋敷で今宵はパーティーがある。


顔も見たくなければ声を聞くだけで鳥肌が立つほど拒絶反応を示すから、本当は来たくなかったけれど。約束したことがある。


嫌な存在はまだ現れていないけれど、やはりいい思い出のない屋敷に足を踏み入れるだけでも、ある程度の決心が必要だった。


この屋敷内にいる人達はみんなあの人の知り合いかと思うだけで気分が悪い。話しかけられても愛想笑いを浮かべて控え目な女性を演じる。素面を保てるペースでシャンパンを口に含め、沈黙を意図的に長くさせる。


未だに私がこの屋敷の人間だと思われているのか、挨拶にくる男が後を断たない。

もっとみすぼらしい格好で来てやればよかったと思ったりもする。ここでマナーを叩き込まれたために、どうもその癖が抜けない。


鮮やかなブルーのタイトなドレスに真珠のネックレスをつけて。淡い水色のストールを羽織って露出を最小限に。バッグと靴は黒で締めて、髪は編み込んで小顔に。



『久しぶりだね、姉さん』


知らない人の話に適当に相槌をうっていた後方から、懐かしい声がした。

目の前の男性に別れを告げ、振り返る。

そこには私が知らない、知っているけど最後見た姿より一回り身長が伸び、スーツを着こなした弟がいた。

弟とは半分血が繋がっている。

出ていった後でも姉さんと親しみを込めて呼んでくれたことが嬉しい。

お互い歩みより、気持ち距離を置いて立ち止まった。その一連の動作はもちろんだが、顔と体つきが、私とは血の繋がってない兄と似ている。


『久しぶりね。兄さんに似てきたわ』


『そうかな。周りは全然似てないって言うんだけど』


弟は頭を掻きながら嫌そうな顔をする。

その反応を残念に思いつつ、


『以前よりはってこと』


『なんだそっちか。今どうしてるの』


弟は心配そうに首をかしげた。その姿は今の彼の容姿を幼く見せた。兄さんが首をかしげたら、と考えたけれど全くそんな動作が似合わないので自然と口角があがる。


『普通に働いて、生活してるわ』


弟の質問を適当に流し、シャンパンに視線を向ける。答えが気に食わなかったのか、弟は少しトーンを低くして、


『何処で』


『ここから然程遠くない所で』


少し、沈黙が続く。シャンパンから視線が上げられない。弟には悪いがこの屋敷の人間とは関わりたくないのも確か。


『まだ教えてくれないんだ』


『そうね』


『兄さんには教えてるのに』


『連絡先だけよ。必要なら教えるわ』


『...そっか。で、今日はどうしたの。いつも呼んだって来なかったでしょ』


彼は昔から察しのいい子だった。相手を思いやるから自分を押し付けない性格は今も健在しているらしい。それを申し訳なく思いながら、同時に安心している。


『現金ね』


『ん?』


都合のいい自分に呆れた。


『何でもない。私の部屋、まだそのままよね』


『うん。掃除はしてるみたいだけど』


『そう。じゃあ貴方の顔も見れたし、部屋に寄ってもう帰るわ』


『兄さんには会っていかないの』


『いるの?』


『今日は部屋にいると思う。』


兄さんがこの家に居ることは珍しい。あの人の取引先や顧客との接待がほぼ毎日あるからだ。


『そう』


『また来てよ』


『...ねえ、何で私はこの家の行事に呼ばれるの。あの人が私を呼ぶなんてあり得ないわ』


『パーティーに呼ぶ人は僕が選んでる。だからだよ。あと、姉さんを追い出したことは公にしてない。母さんのプライド傷つくからね。』


『プライド、ね。』


あの人が思い描くのは、あの人の周りがあの人中心に動く世界。どんなにあの人が私を嫌っていても、世間体を気にすれば公にしないのも頷ける。


『でも、私がくること知らないのね。尚更急いで帰らなきゃ』


と、足を後方へ動かしているとキツイ香水の臭いが鼻についた。

遅かったなと瞬時に察して、弟の顔を見た。

弟は少し困った顔をして、


『姉さんが来ることは、知ってる』


彼も所詮この家の人間か、と当たり前の事を思い知り、勝手に愕然とした。


『来てくれたのね瑞希ちゃん』


もう、ホントに冴えてない。



『御無沙汰しています。』


振り返ると小走りでこちらにくるあの人がいた。にこやかな表情をして、周囲には親子の再会と思わせる演出をしている。でも、私には解る。目は笑ってない。それは私が歓迎されてないことの証明だ。小走りできた母親は私の手を取り、


『凄く素敵よ。もう、瑞希ちゃんが来たなら良輔も教えてくれたって良いのに!』


ぞわ、と鳥肌が立つ。内臓のモワモワと気持ち悪い何かが蠢く。


『久しぶりに会ったから話し込んでたんだ』


弟――良輔も穏やかな表情で話す。

このデタラメな空間が気持ち悪い。


『いつもパーティーに呼んでいただいてありがとうございます。今日は序でに忘れ物を取りに来て』


然り気無く、母の手を離す。


『あらそうなの。瑞希ちゃんがいつでも帰ってきて良いように、部屋はそのままよ』


この人が私の部屋まで来る筈がない。


『そうですか。ありがとうございます』



私はそそくさとその場を離れる。


会場を出れば踊場に階段があり、緩やかな螺旋を描く。滑らかな木製の手摺を触りながら階段を上がる。ここは先程の部屋と違って物静かだ。


この屋敷は3階建で、3階には物置部屋と私の部屋がある。螺旋階段を上がって2階の廊下を進むと、先程話題にした兄さんの部屋の前を通りすぎなければならない。


一度足を止め、ドアをじっと見つめだが、今更会った所で合わせる顔がないと思い、再び前に進む。


廊下の突き当たりに隠し扉を開けて幅の狭い、マンションにあるような階段を更に上がる。この階は誰も上らないため、電気は付いていない。だから2.5階の所にある窓からの光を頼りに壁を触りながら上がる。

この階段は鉄製なので登る音が響く。


ちょうど窓から下弦の月が顔を覗く。それを背にしたとき、赤い何かが見えた。上ってきた階段を見下ろせば点々と赤がある。


この赤は元々ある痕か。いや、そんなはずはないに。

カァっと顔が熱くなる。


叫びだしたい気持ちを押し込めたとき、明らかに月明かりではない光が足元を照らす。

血の池に私は足を浸けていた。視線を先に向ければ私の部屋にべっとり。咄嗟に後ろを振り返れば、懐中電灯を持った良輔。


『どうしたの、姉さん』


良輔が来ようと何の安心感も得られず、もう一度血濡れたフロアを見ていよいよ思考が全く働かなくなった。


腰を抜かし、絶叫する。


小鹿の様にガクガクと足が震える。

自分の足じゃないみたい。

それでも、この血は誰のものかが気になり、ドアに飛び付く。


良輔が何か言ってる気がするが、構ってられない。


自分の部屋に入ろうとノブを掴む。

濡れた感触が気持ち悪い。


部屋の中は、机が仰向けにひっくり返り、本や衣類が散乱している。そして、赤い血が飛び散っている。

壁面と床。何処かアートを思わせる様な痕だ。

しかし、部屋を見渡しても誰の死体も転がっていない。



追い付いた良輔が入り口で足を止める。


『なにこれ』


唖然とする良輔をほって、私は机に向かう

今日の約束。

兄との約束を守らないと。



"5年後、まだお互い気持ちがあったら。その時は二人で生きよう"



あの日からちょうど5年後の今日。

私は兄さんの気持ちを確かめにきたの。

連絡先を教えていたけれど、何の音沙汰もなかった。もしかしたらもう別の道を進んでいるのかもしれない。

もし、そうであっても兄さんが幸せならいいと思えるように心の準備もしてきた。


あの日、私はあの人(母親)に『私の幸せを、貴女はいつも奪って!そんなに私が憎いの!貴女はこの家をダメにするわ。出ていきなさい!』


あの人は私の実の父と別れたのは私のせいだと思っている。やっとの思いで結婚し、良輔も生んで幸せだったのに。

再婚相手の連れ子と私が愛し合っていると知った。


兄さんといくら血が繋がっていないとはいえ、戸籍上は家族。結婚は不可能だし、するとしたら両親が離婚する必要がある。


事実婚としても、世間体を気にするあの人は許さなかった。



"5年後、もし俺がまだ瑞希を好きだったら、駆け落ちしよう。お前の机にメッセージを残す。そこに、合流場所を記しておくよ。瑞希もまだ俺の事を好きなら、その時はそのメッセージを見に来てくれ"




この血が兄さんのモノではないと。

そう願って止まない。

メッセージがあるなら、それは私の安心材料になる。



机の引き出し全てを調べる。

どこを探しても、ない。




『姉さん、なにしてんの!』


良輔が私の血だらけの腕を掴んで私の動きを制御する。

別の思考が働いた。

何故良輔がここに居るのかと。招待状を彼が出したのならば、挨拶に回らなければならない。時間的にも回りきっていないはず。


いや、違うな。

そもそも彼が招待状を出していること自体がおかしい。その役目は兄さんであるべきだった。関係者の接待を任されている兄なら誰を呼ぶか判断できる。

でも、弟は良輔はあの人のスケジュール管理と運転手だ。



『姉さん?』


『良輔、挨拶はいいの?』


『そんなことより、』


『ねぇ、本当に貴方が招待したの』



少し良輔と見つめ会う。


『なんで、そう思うの』


『兄さんは?』


『この状況だと、わからない。...警察呼ぼ、』


私は走った。

階段をかけ降りたせいで血溜まりが足にも散っている。


ノックもせずに兄さんの部屋に勢いよく入った。


...探すまでもない。

部屋はなにもない。


ゆっくりと足を進め、押し入れを開く。

案の定、何もない。


この部屋をみて、兄さんは出ていったことが伺える。

相手は私じゃなかった。




『今、警察呼んだから』


良輔が近づいてきた。


『姉さん、』



良輔は後ろから私を抱き締める。


『いつから?兄さん居ないの』


『先週ぐらいかな』





『何してるの』


冷たい、嗚呼憎まれてるな、と思われる声がする。


『離れなさい、良輔』


背中の温もりがなくなった。



あの人は、スタスタと早歩きで目の前まで来て、パシン。と私を叩く。


強い眼光でひと睨みされ、さっと私の姿を見てすぐに嘲笑う。


『穢らわしい』



『母さん、姉さんの部、『今日はもう帰ります』』


『姉さん、その格好じゃ、『良輔は挨拶を途中で辞めて何してるの』』


『あの血、原因分かったら教えて』


私は良輔に携帯の番号を教えて家を出た。




足に力が入らず、振動が直接内臓を揺らす。

ちょっとどころじゃない。こんな結末は予想してなかった。


さて、どう生きようか。

何を糧に生きようか。



私は次の日、携帯を解約して買い替えて町を出た。本当にあの家の人間との関わりを絶つために。





――――――――――――

――――――――――



『瑞希』


町を出て女が電車に揺られていた頃、男は銀杏木の下でキャリーケースを持って立っていた。


女を待って半日は過ぎている。


日が暮れ太陽がもう見えなくなったとき、男は肩を落としてその場を立ち去った。



待ち合わせた場所は、女と駆け落ちを約束した場所。



――――――――――――

――――――――――



またある青年も肩を落としていた。

青年の前には、ふかふかのソファーの上で真っ赤なマニキュアを塗る、香水臭い若作りし過ぎた熟女。


『食用色素の赤と緑、片栗粉、少しの赤ワイン。それだけで簡単に血だと勘違いさせれちゃうなんて』


『姉さんと連絡とれない』


『死んだんじゃない』


熟女は全く興味がないみたいだ。


『娘でしょう』


青年のその一言に、熟女は眼光をぎらつかせ、


『違うわ。私の子は貴方だけよ』



冷静に言い放った。



青年は幼いときからこの家の中立的立場にいた。どうにか家の人が全うな人生を送れるようにと思っていたが、目の前の熟女の言葉で途方もないと感じていた。


『なんであんなことを』


『良いじゃない。誰も使わないんだし』



青年は無言で一礼して部屋を後にする。


そんな青年を眺め、姿が見えなくなった途端に熟女はゲラゲラと笑う。


下品に笑う姿を熟女は今までもこれからも誰にも見せない。


引き出しからある紙切れを取りだして更に下品に笑う。


脳裏にあるのは、


"5年後、もしお互い気持ちがあったら、その時は二人で生きよう"



女の鞄に盗聴器を仕込んでいた熟女。



彼らの行動は筒抜けだった。



『幸せになんてさせないわ』


紙切れをビリビリに破った。

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