旅立ち エルフ殺しの男 3
って、立っているのも
やっとだった。
鎌を杖にしてなんとか立っている状況だ。
燃えている館を見ながら、カイトのことだけを考えていた。
「俺は、坊っちゃんに出会えて変われた。
お前なんかに戦闘人形に育てられた俺が、人と
まともに会話できるようになった・・・」
破れたスーツを脱ぎ捨て、ベストになると鎌を
構えなおした。
「だから、坊っちゃんを死なせるわけにはいかねぇんだ。命に変えても」
青年はよくわからない顔をして、ケラケラと笑う。
「私に逆らえば、どうなるかは覚えてますよね?」
「忘れるわけない。だが諦める気なんてサラサラ
ねぇよ」
「・・・・・・はぁ、可愛くなくなりましたね。」
青年は不意打ちを狙って大剣を投げつけたが、
大剣がとらえたのはナナの脱いだスーツだけ。
「呪文も少しは覚えたようですね、めんどくさい」
片手に抱いているカイトが次第に重くなり始めた。
もはや体力の限界だ。
さっきから烈は押されっぱなしで攻撃はなにもできていない。
どこかに突破口をつくらなければ、じきに煙と炎によって死んでしまう。
しかも、今まさにエルフが呪文を唱え始め、次には一斉攻撃を食らってしまう可能性がある。
「くそ、少し間を開けてくれれば・・・」
「少しと言わず、全員駆逐してやってもいいが?」
その言葉と共に、エルフの首が次々に飛んだ。
倒れたエルフの後ろから、ナナが現れたのだ。
「遅くなったな」
相変わらず無愛想だったが、カイトの無事を心から喜んでいるように見えた。
「ナナ!無事だったんだね!」
「あぁ、けどうがいい、烈」
「そうだね、ナナ、カイト抱っこするの代わってほしいんだけど・・・」
「代われない」
「は?」
迫り来るエルフの集団を凪ぎ払いながら、ナナは
それだけを呟いた。
聞いていた烈とカイトは驚きを隠せない。
「代われないって・・・」
「烈は坊っちゃんを連れて逃げろ。俺は奴を引き付ける」
「そんなん、ナナの今の体じゃ無理だよ!
奴って誰?なんなら僕も!」
「黙れ!」
エルフの体を勢いに任せて両断すると、真剣な
まなざしで烈の方を向く。
無言だったが、彼の目からは真剣な訴えが読み取れた。
(ナナ・・・君は、優しいんだね)
烈は泣き叫ぶカイトを大切に抱え、ナナの作ってくれた道から館の廊下に出た。
「ナナ、ナナ!!」
腕の中で泣くカイトの声に、胸が引き裂かれそうだった。
けれど、彼の意思を守るために戻ることはしない。
「必ず、戻ってきて」
外に出ると、館はもう完全に炎に包まれていて、
辺りの氷をも溶かし、水溜まりをいくつもつくっていた。
少し振り替えってナナのいるであろう部屋を見た。
ガラスが割れて落ちてきたり、怒声がときどき
聞こえてきたりもした。
その部屋に向かって烈は叫んだ。
「待ってるからなあぁっ!」
しばらくして、部屋の窓からブイサインが見えたのを確認すると、村の外目指して走り出した。
「やっと行ったか、さて、レイ、貴様の番だぞ」
「はいはい、遊んであげますよ」
鎌を強く握りしめ、銀髪の青年レイに飛びかかる。
大剣とはほぼ互角だが、ナナに力が足りない。
一回飛び退いてから両手で鎌を横に切り上げるが、
大剣の刃に跳ね返される。
その振動で後方に飛ばされ、壁に激突した。
「がっ、ぐ、」
「諦めて私と帰りましょう」
大剣がナナの顔の横に突き刺さる。
「あなたを殺すのが私の仕事じゃあないですよ?」
「んなことわかってんだよ。お前が俺を連れて帰れないとあの人に怒られちまうんだろ?」
「あの人はそんなに怖くないですが、私の威厳に関わりますので」
「なるほどな、ま、大人しく怒られてきてくれっ!!」
ナナはもう一度レイに飛びかかった。
「ナナ!!」
カイトがいきなり叫んだので、驚いてしまった。
「だ、大丈夫、ナナは強いから!」
そうなだめてみるが、首をブンブン振って言うことを聞いてくれない。
小さな村だったので、すぐに外に出られたはいいがこれではあまりにもカイトが可哀想でならない。
(どうしたら・・・)
頭を悩ませていると、館が盛大に崩れ始めた。
カイトはもう我慢できずに烈を振り払い、館へと走り出した。
「カイト!戻ってきて!カイト!」
呼んでも無駄だとはわかっていた。
仕方なく烈はカイトを追いかけようとしたのだが、
烈の目の前には黄緑の髪の少女が立っていた。
「君は、」
少女は攻撃態勢だった。
羽は舞い上がり、ナイフのように刃を尖らせていく。
「ま、待ってよ!僕はあの子を早く追わなきゃ」
「話している時間はないです」
羽は烈の回りを取り囲み、ぐるぐると回る
だが、そのうち烈を取り囲む羽の輪は縮まっていく。
「う、このままじゃ・・・」
そのとき、烈の剣が青い光を放ち始めたのだ。
「なんだ?いきなり・・・わっ!」
剣から羽が沸きだし、天に上って一つの形を作り出していた。
まるで鳥のような、それも、空を包むかのような
巨大な。
烈を取り囲んでいた羽もそれに影響され
天の鳥に引き込まれていった。
少女の背中の翼も、すごい力で引っ張られているのが見える。
「ま、まさか、そんな!レイ様に報告しないと」
少女はその鳥を見るなり、急いで姿を消した。
鳥が翼をはためかせると、大地に突風が走り、館の炎も一瞬にして力尽きた。
「これは、一体なんなんだ?」
「うっ、館の炎が、消えた・・・」
「鵜神の復活、ですか」
レイが焼け焦げた柱に座って、忌々しげに天の鳥を睨み付けた。
「助けられましたね、七瀬」
レイも姿を消す。
「・・・七瀬じゃねぇよ」
鎌を地面に突き刺さして立ち上がると、カイトが
ナナ目掛けて飛びかかってきた。
「のぁっ」
盛大に尻餅をつくナナに、カイトはお構いなしに殴りかかる。
「いて。いっ、ちょっ!」
「ナナ、死んじゃったのかと思った!」
キョトンとしていたナナは、その言葉に笑って
返した。
「坊っちゃんひとりにして、死ねないからな」
「おい烈、なんだそりゃあ」
「鳥」
「見りゃわかる。だが、その力は並みのものではないな」
帰ってきたナナと感動の再開もせず、いきなり発動した力について考えていた。
「しまいかたがわからない!」
「俺が知るか!」
ナナが突っ込むと、それを見たカイトが笑っていた。
「あ、そうだ。ナナ・・・」
「なんだ?」
「ずっと聞きたかったんだ。なんで、
ナナはエルフ殺しなんかしてたの?」
「・・・エルフが、大嫌いだからだ。お前は人間狩りを知ってるか?」
烈はやっと自分のことを話してくれるのかと、
心底嬉かった。
そんなナナの話を邪魔しないよう、烈は無言で頷く
「人間狩りは、天空で戦う兵士として使うキメラを造り出すために、人間を集める。
だが、人間で能力持ちなら誰でも言い訳じゃない。
年齢や体力、いろんなもんが必要なんだ。
だから天空は、キメラにするに不十分な部分を持つ人間を強化するために施設を設けた。
それが、エルフの里だ」
「エルフの里・・・?」
「あぁ、エルフは人間より頑丈だし、戦闘能力も
生まれつき高い。奴等は天空と手を組んでエルフの里をつくりあげた。そこに入れられたら二度と
帰ることはできねぇし、毎日エルフとの実戦を
やらされる。里とはよく言ったもんだが、
あれは要塞に等しいな」
「詳しい、んだね」
ナナは空を見つめながらきっぱり言った。
「俺も、そこにいたんだ」
驚きのあまり、声が出せない。
それと同時にカイトが遠くにいて良かったという
安心感もあったが・・・
「自分がどこの人間か、誰の息子か、家族は誰なのか、みんな里に来て記憶をなくされちまった」
「・・・そっか。じゃあ、エルフに復讐を?」
「エルフというより、里を統率しているレイという
男に、だな。
俺は戦闘能力が高くて呪文も使えたから、
あいつに直々に育てられたよ。」
「レイ?」
「そうだ。神の守護騎士はわかるか?」
始めて聞く単語だ。
首を振ると、ナナは驚いたようだった。
「知らないのか。五聖獣っていう神の守護騎士を。
まぁ・・・そいつらが神のかわりにいろいろ動いてるんだが、その中の実力者の一人だ。
ある意味一番危険かもしれないけどな」
「五聖獣・・・かぁ」
「おう、でも俺は逃げた。家に帰ろうとしたんだ。
ちょうどレイが天空に帰ってたからな。
それで・・・坊っちゃん、カイトに出会った」
「神から守ったんだよね」
「坊っちゃんは、そう言っていたな」
ナナは明らかに神から救ったということを否定しているのがわかった。
草むらにねっころがって目を閉じた。
「俺が里から逃げてこの村を訪れたせいで、
坊っちゃんの両親を、殺してしまった」
「!?で、でも、神の争いだって・・・」
「坊っちゃんにはそう見えたんだろうな。だから、俺は柄にもなく一緒にいて、坊っちゃんのトラウマを呼び戻させないためにエルフを殺している」
それだけ言うと立ち上がり、鎌を肩に担ぐ。
その背中が、とても大き気見えたのは烈だけだろうか。
(こんな優しい人間だったんだ・・・!!)
心を和ませた烈の記憶の中に、あの日の思い出が浮かび上がった。
自分の力で翼を殺しかけてしまったあのとき、
通りすがりの少年が傷を塞いでくれた・・・。
「・・・」
顔は見えなかった。
だから知らない。
けど、綺麗な金髪にこの無愛想っぷり。
もしかすると・・・
「七瀬!」
ナナの体がビクッとはねあがる。
どうやら間違いではないらしい。
「お前、なんでその名前を?」
「昔、会ったことあったよね。今はもう人間狩りで無くなっちゃった村だけど」
ナナはしばらく考えていたが、やっと思い出したかのように目を丸めて烈を見る。
「路上でびーびー泣いていたあいつか?」
「失礼な!でも、そうだよ。あぁ納得。
去り際に耳の長い人間に追いかけられてると思ったら・・・全部つながったよ。
でも無愛想なのは相変わらずなんだね」
「うるさい、お前こそ泣き虫なんじゃないのか?」
図星だった。
「うるさいなー!僕はこれでも神を狩りに行くんだよ!」
「一人でか?」
何も見えてないかのように烈は後ろを向いた。
確かにメンバー不足だ。
「まぁいいか、それはお前の自由だしな。
で、お前のあにきはどうしたんだ?」
七瀬の質問に、烈は黙ってしまう。
そこでやっと思い出す、館にいるときに廊下で
聞いてしまったではないか・・・。
神に選ばれた、と。
「あ、あぁ、悪いな」
「ううん、七瀬は悪くないよ。僕の弱さがいけなかったんだからさ」
「・・・お前は強いと思うがな」
「?」
「いや、何でもない・・・よし、この村を出るか!」
走り回っていたカイトを七瀬が呼び止めて抱き上げた。
「世話に、なった」
七瀬にしてはあまりにも素直な物言いで
逆に笑えてしまった。
「ねぇナナ、レツは一緒に行かないの?」
「烈には烈の生き方があるんだ、そして、
俺らには俺らの生き方が、な」
「・・・・・・レツ、ばいばい!」
カイトの小さな手が振られる。
それを愛しそうに見つめる七瀬は、もうエルフ殺しなんかではなかった。
「じゃあね!二人とも!」
何度か手を振ると、七瀬は烈が来た方角へ歩き出した。
烈はそれを見届けると、ガルザ平原へ向けて走り出す。
「これ、どうやってしまうんだろ」
ついてくる巨大な鳥を見ながら笑った。
「ま、いっか!」
「もうレツと会えないのかな~」
「・・・会えるさ、いつか、必ずな」
「うん!」
(それまで、死ぬんじゃねぇぞ、烈)
七瀬が振り返ると、もう既に烈の姿はなかった。