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プロローグ

「ついに……ついに完成だ!」

 男は両腕を横に広げ、天を仰ぐようにしながらそう言った。

 何日も風呂に入っていないように見えるぼさぼさの髪と無精ひげが伸び、薄汚れた白衣は男が何かしらの実験、開発をしていたことを物語っていた。

 広くも狭くもない、雑多な物ばかりが乱立した部屋で、男は一人、狂気に取りつかれたよう語り出す。

「見たまえ諸君! これが! 人類の叡智で! 歴史の転換点である!」

 もちろん、この部屋に人は彼一人しかいない。

 完全に独り言である。

 だが、これは仕方のないことなのかもしれない。何かを成し遂げた時、思わず声が出てしまった経験は誰にでもあるだろう。それが、この男にとっては今だったのだ。

「世界は変わる。いや、私が変えてみせよう! 争いも、悲しみも、絶望もない、平和な世界に!」

 男は前に置いてあった手のひらに収まるほどの小さな箱を手に取り、掲げる。

「時空間転位装置試作397、いや、時空間転位装置[桜]によって世界は変化する!」

 突如、男の持つ箱から桜色の光が漏れ出した。その光は徐々に強くなり、男を呑み込んでゆく。桜色の光に包まれながら男は声を張り上げた。

「いざ往かん! 過去へ! 歴史を変え、平和な世界へ!」

 桜色の光は男を中心に、球状を型どり、ヒュン――と消えた。

 部屋には男の姿も消えていた。



 

 エルムガント公国国王、エルムガント八世は困り果てていた。

 エルムガント公国は広い国土、豊かな土地、恵まれた気候を備え、大陸随一の大国家である。隣国間との関係も友好で、戦争は長らく起こっていない。仮に戦争が行われたとしても、大陸最強と言われている魔法騎士団がいる限り、エルムガント公国が敗れることはない。

 豊かな国であり、なおかつ敵国の侵略を不安がる必要もない国の国王が、何故困り果てているのかというと、原因は国王の目の前にあった。

 煌びやかなドレスを纏い、スタイルの良さを惜しげもなく披露し、顔はまるで女神が現世に舞い降りたかのような美しさを持った、エルムガント公国第一息女シャルロット姫である。 

 シャルロットは家臣達が次から次へと投げかける懸案をすべて適切に処理してゆく。

 本来、国を動かすこの仕事は国王が行っていたが、シャルロットが十五歳の誕生日を迎えた時、これからの国を背負う責務を果たす準備と言われ、少しずつ国の仕事に準じてきた。

 数か月でシャルロットはその才覚を爆発させる。

 わずか半年足らずで国王が担ってきた仕事を掌握してしまった。まだ幼い姫に公務を任せられるはずもないと反発していたものも、シャルロットの政治的手腕、洞察力、決断力を目の当たりにすると、文句のつけようがなかった。

 シャルロットは弱冠十六歳で国の全権を支配するにいたった。

 そして、それが許されるほどのカリスマ性を持ち合わせていた。

 では、何故このような天がニ物も三物も与えたような娘に国王が困り果てているのかというと、溢れんばかりの才能に嫉妬しているから、ではない。

 国王は民からも慕われていた名君であり、才能に嫉妬するほどの器の小さな人物でもなかった。ゆえに、娘であるシャルロットが国を自分よりも上手く動かすことに対し、喜びこそ感じるが、嫉妬するなどはありえなかった。

 だが、シャルロットは優秀すぎた。

 優秀すぎて彼女に見合う男がいなかったのだ。

 それが国王が困り果てている理由である。

 エルムガント公国での平均結婚年齢は十六歳で、シャルロットは十七歳。

シ ャルロットは何度も舞踏会などで婚約を申し込まれたが、全てを断ってきた。「自分より頭が悪い人と結婚するなんて嫌!」だそうだ。そうなると、シャルロットよりも頭が切れる人物を探さなければならないのだが、まったく現れる気配がなく今に至る。

 このままでは娘が結婚もせず、子を生さないまま一生を終えてしまうかもしれないと国王は焦っていたのだ。




「お父様、本日の案件、全て終了いたしました。こちらが記録帳です、目を通しておいてください」

 シャルロットは国王に記録帳を手渡しながら言った。

 本来、短時間で終わるはずもない仕事を短時間で終わらせたのにもかかわらず、彼女の顔には疲れすら見えない。

 国王は記録帳を受け取り、内容を確かめ、いつも通りの言葉を返す。

「申し分ない。すべて問題ないだろう、助かるよ。シャルも少しは休みなさい」

「はい。では、部屋に戻りますね」

 シャルロットが椅子から立ち上がろうとした時、異変は起こった。

 突如、眼前に桜色の光の球体が現れた。

 光の球体は、最初は米粒ほどの大きさだったが、徐々に大きくなり、人がすっぽりと入るほど大きくなった。

 途端、光が弾けた。

「きゃっ」

 まばゆい桜色の閃光をやり過ごし、目を開けるとそこには奇妙なモノがあった。

 いや、モノではない――人だ。

 白い装束を着た、奇妙な人物だ。

 そして、その人物から声が発せられた。

「あいひあ、なkhふえあwかf。あんふぉいflwp」

 シャルロットは突然のことで混乱していたが、声で男だと判断した。だが、その男が何を話しているのかは理解できなかった。

 しかし、国一の英才である彼女は混乱からすぐに脱し、持っていた魔紋章の指輪を付けた。この指輪は本来、種族が違うが知能を持った生物と対話するときに用いられる指輪であり、その効果によって白装束の男の言葉が理解できるはずだ。

 白装束の男は頭を掻きながら言った。

「ここはどこで、西暦何年だい?」


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