第五話
思い出す。
それに伴うのは後悔か、小さな幸せの残滓か。
☆
僕には大切な人がいた。
家族より、親戚より、何より大事だった人。
けれど、その人を僕は失ってしまった。
それだけだったら、僕はその人を失ったことに泣いて、その人がいなくなってことで欠けた心の穴の辛さに泣いて、その人のいない日々に泣いて―――けれど、その人が居たら僕に望んでくれただろう当たり前の日々を、その人の思い出とともに生きていっただろう。
けれど、僕にはそれができなかった。
だって、僕はその人が死ぬ前に、酷いことを言って別れたっきり、だったから。
☆
知らないけれど、知っている。
そう思っているのはきっと自分だけなのだと。
けれど、信じられないからこそ、知ることができないまま。
☆
その人に最後に言った言葉を覚えている。言ってしまった言葉を覚えている。
「もう見たくもないっ!」
その時は……僕も戸惑っていた。そう言い訳したくなる。
「もう声も聴きたくないっ!」
でないと、自分を保てなくなる。何故、あんなことを言ってしまったのか、と。
「もう目の前に現れないで!」
そんなこと思ってなかったのに。なのに、僕は言ってしまった。
「大っ嫌い!」
そんな事……思ってないのに。
その言葉を言ってしまった理由は、些細なことだ。その人が忙しさのあまり、大切なことを忘れていた。それに僕が勝手に怒っただけだ。
忘れられたのは悲しかった。けれど、あんなに言うほどではなかったのに。
謝りたいと思う。でも、もう謝れない。
言ってしまった言葉はもう戻らない。
言った相手は、もう居ない。
その人は、そのすぐ後に交通事故で死んでしまったから。
☆
「――――――ッ!?」
その人が事故にあった。そう聞いたのは、喧嘩して別れた一週間後。ずっと会ってなくて、会いたくなって……あって、謝ろうと決意した矢先だった。
その時見た光景は、きっとひどいことを言った時の彼の表情の次に、深く僕の脳に刻まれている。
「――――――!――――――!」
その人の母親が、白い布のかけられたベットに縋り付き、名前を呼ぶ。名前を呼ぶ声に返事はなくて、その光景を扉のそばで呆けて眺める僕には、名前を呼ぶ声も、横たわった彼の体も、すべては夢幻に見えた。
死因は交通事故。バイクで青信号を渡っていたところを信号無視のトラックにはねられ、頭部を強く打って即死。ニュースで何度も聞いて……けれど、どこか遠い世界で起きていることのようにいつも聞き流していた文字が、現実味を帯びて僕の目の前に現れた。受け入れがたくて……けれど、病的なまでに白い壁と床、目に痛いぐらいに濃い消毒液の匂いが、僕にそれが現実だと言って突き放した。
何で。どうして。
その思いだけが僕の頭の中を駆け巡っていた。
冷静じゃなかった。その時の僕は普通ではなかった。
大切な人を失って、言いたいこと……言わなければいけないことを言えぬままに失って。
その人の最後を嫌な思い出で終結させてしまって。
だから、僕は普通なら考えないことをやろうとしたんだ。
死んだ人と連絡を取り合う。そんな、夢物語な研究を。