第三話
何故そう決めつける?
―――私はまだ諦めていないのに。
何故そう判断する?
―――まだ打つ手はあるというのに。
何故そう諦める?
―――神は超えられない試練は与えないというのに。
何故、全く進めない?
―――これだけ、歩もうとしているのに。
☆
目覚めは唐突だった。
まるで魚になって釣り糸で引かれ、釣られているかのように、意識が表面に浮かび上がる。それと同時に開いた瞳が、今まで見ていた永久悩みが続く世界とは違う、ごっちゃに物があふれた部屋を映し出す。と同時に嗅覚を刺激したのはコーヒーに染まり、空気まで苦くなったなじんだ研究室の匂いだ。
僕は机に伏せていたせいで横になっていた視界を正常にするべく、起き上がる。変な寝方をしていたせいか首が痛い。
「っだ――い……。」
寝起きのぼんやりした頭で首をさすりながら、周囲を見回す。
「あ、お早う御座います先生。こんなところで寝たら風邪ひきますし……いろいろ危険ですよ?」
そういって、コーヒー片手ににこやかにほほ笑んだのは助手第一号の桐木君だ。といっても僕に助手は桐木君しかいないのだけど。僕の実験はほかの人には受け入れてもらえなくて、皆どんどん別の人の下につくから。この子が僕の所にいてくれるのは同情の余地が大半を占めていると思う。この部屋に置いたら鼻からもコーヒー飲んでいるような気になるから、常にコーヒーを持っている彼の神経は少し理解できない。まぁ、僕もコーヒーは飲むけど。……あ、コーヒー飲み放題だから僕の所に残ってるのか。納得。
「あの……先生?」
「ううん。なんでもない。」
ぼんやりしていた僕を心配したのか、桐木君がそう問いかける。それに僕はそう返して、着たまま寝ていたせいでしわの寄せ集めみたいになった白衣を脱ぐ。
……本格的に着替えるとでも思ったのか、僕は頬を赤くし視線をそむけた桐木君の未来を少し不安に思った。大丈夫かこの子。
まぁとにかく新しい白衣だ。こんな生活を繰り返しているから白衣だけは大量にある。というより持っているのは白衣とワイシャツとズボンぐらいだ。
……というよりこのシャツ、匂いは平気かな?
そう心配し、自分で鼻を寄せるが自分ではわからない。しょうがなしに桐木君の後ろに立ち、肩を叩いて振り向かせる。そして振り向いた彼の頭を押さえて下げ、自分のシャツに鼻を近づけさせて
「臭う?」
「いっ……いえ別に!コーヒーの匂いしかしません!」
「それは部屋の匂いだな……。」
安心。そして赤面しテンパった桐木君の未来に不安。
「そういえば、先生。」
桐木君が深呼吸を繰り返し、落ち着いてからそう切り出した。それは、その先に聞きたくないことがついてきそうな嫌な予感を伴って、
「さっき、院長が呼んでました。」
鼓膜に響く。そして同時に理解した。
僕の夢が、否定されることを。
否定され……貶されることを。