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月命日の足音

作者: 猫鷹
掲載日:2026/08/11

 月命日…毎月、故人が亡くなられた日に花やお菓子をお供えしお経をあげる日。

祖父や父の代では家にお坊さんがきてお経をあげてもらっていましたが、自分の代では仕事の都合で時間を合わす事ができないという理由でお坊さんにお願いせずに線香とお供えだけをして済ましてました。


 数年が経ち、自分も年をとり仕事も若い頃と違い忙しさの中に余裕も生まれてきたある日、ふとただ仏壇に線香とお供えものをあげるだけでいいのかと考え、祖父が持っていた経本を、しまっていた棚から引き出すと、仏壇の前で下手なりのお経を唱える事にしました。



 数珠を手に持ち、こうべを垂れ、おりんを5回鳴らす…


 チーン………


「願我身浄如香炉(がんがしんじょうにょこうろ)ぉ…。」


 お経を唱え始めて、ここで一つ自分の家で起こる不思議な現象を教えます。


「願我心如智慧火(がんがしんにょうちえか)ぁ…」


 住む家は木造の二階建ての一軒家なんですが、仏壇は仏様の上を歩かないようにするという理由で二階にある部屋に祀っているのですが、お経を唱え始めると…。


ミシ……ミシ……ミシ…。


 一階からゆっくり、ゆっくりと誰かが階段を上がってくるような音がしだすのです。


「念念梵焼戒定香(ねんねんぼんじょうかいじょうこう)ぉ…供養十方三世仏(くようじっぽうさんぜぶ)ぅ…。」


ミシ……ミシ……


 初めてその音が聞こえてきた時は、家鳴りか?とも思ったのですが、この日以降からお経を唱えている時だけ階段だけ人が登ってくる音が聞こえてくることから、亡くなった親族が自分のお経を聞きにきているのだろうと考えるようになりました。


 ちなみに音が聞こえるからといって怖いという気持ちはありません。階段から音はしますが部屋の扉が自然に開いたり、背中に悪寒が走ったりすることもないですし、うちの家系自体が、怪我や事故、病気もなくきっちり寿命を迎えて大往生した者ばかりで未練なく成仏してるだろうと昔、父と話していた位なので怖がること自体ありえないと考えています。



 ただ…その日だけは違ったようです。


 お経を香偈(こうげ)、三宝礼(さんぼうらい)、四宝請(しぶじょう)、懺悔偈(さんげげ)と順に唱えてる間、いつものようにミシ…ミシ…と階段を上がってくる音が聞こえていたのですが、次の十念(じゅうねん)、南無阿弥陀仏を10回唱えている途中。



 …ガ…チャ…




 キ…キィィイイィィ…





 「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏…。」


 バタン。


 それは、音だけでなく、視界の端で部屋の扉が開閉された所を確認できました。

 もしかすると、赤の他人が家に上がり込んだのではないかと頭によぎりましたが家は、しっかりと鍵をかけているのでそんなことはありえない。

 扉の開閉自体は視界に映りはしましたが、それ以外は視界に映ってはいない。



 それなら、まぁご先祖さまなんだろうな。



 と、思うことにしました。元からお経の間は階段の音が聞こえていたのだから、扉が開いて入ってくることもあるのかもしれません。

 そのまま扉側を見ることなくお経を続けることにした。


 「無上甚深微妙法(むじょうじんじんみみょうほう)、百千万劫難…」



 ズ…ズズ…


 畳の上を布がする音が聞こえる。


 (近づいてきて…。)


 はぁ゛…


 耳元で、ため息の様な生温かい息を吐きかけられる。背中を表現しにくい様なゾクゾクッとした感覚が走る。それは寒い日の凍えた時に感ずる様なゾクゾク感とはまた違った、本能的な恐怖が混じり合う様な…。


 今すぐにお経を唱えるのをやめ、その場から離れた方がいいと考えが頭をよぎるが、なぜかそのままお経を唱え続けろと逆の意見もよぎり、やめずに続きを唱える。


 「我建超世願(がごんちょうせいがん)、必至無上道(ひっしむじょうどう)、欺願不満足(しがんふまんぞく)…」


 リズムを整えるため、木魚を叩きながら四誓偈(しせいげ)を唱える。

 唱えてる間、隣にいるナニかは何をするわけでもなく、ただこちらを眺めているのだろう。ゆっくりとした息遣いだけが耳に伝わってくる。


 その後、本誓偈(ほんせいげ)、一枚起請文(いちまいきしょうもん)、摂益文(しょうやくもん)と唱えてる間も変わらずに息遣いが聞こえてくるだけで、特に何も起こる事はない。


 (もしかすると、ただ近くで聞きにきただけなのか?)


 そう結論すると、恐怖全てが無くなったわけではないけれど、少しだけ最初に感じた時程の怖さや身体の強張りも和らいだ気がした。

 もう少し、距離を空けてほしいという気持ちもあるけど、幽霊とはこんなものかもしれないと思い、恐怖で流れた冷や汗で張り付いた服の不快感を感じながらも、次の念仏一会(ねんぶついちえ)、という木魚のリズムに合わせながら南無阿弥陀仏と念仏を何度も繰り返すことを行うため、木魚をたたき始める。


 ポクポクポクポク…


 「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、「」、南無阿弥陀…」


 念仏を唱えてる間、耳元に微かな声で何かを言われた気がした。(なんだろう?)と一瞬耳を傾けようかとも思ったが気にせずに唱える。


 「南無阿弥陀仏、「ゥ…」、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、「ァ…」南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、「ゥ…ァ…」南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、「ゥ…だぁ」、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏「むゥ…だぁ」、南無阿弥陀仏…。」



 「むぅぅだぁぁああ」



 一瞬で全身の筋肉が強張る。

 耳から伝わる男とも女とも若いのか年寄りか判断のつかない混ざり合った様な声音が、あの汗で濡れ張り付いた服の気持ち悪さの様に鼓膜にべったりとはりついていく。

 湿り気があり生温かく、夏の蒸し暑さに腐っていったような肉から吐き出された息が、全身に覆い被さり絡みつき、そのまま口や鼻から体内に侵入していく。


 お経をやめ、隣のナニかを確認し、そのまま逃げ出したい。少し前によぎった気持ちはもう遅い、時間切れだと脳が伝えてくる。

 自分は、ただただ今の状況を受け入れるしかないと諦めや恐怖、絶望感、様々なものを混ざり合った気持ちを声に乗せ念仏を唱えるしかなかった。


 「南無阿弥陀仏「むぅぅだぁぁ」、南無阿弥陀「むぅゥだァ」南無阿みだぶ「むゥうだぁァ」、南ムあみだぶ「むぅゥうだァぁア」なムあみだぶつ「むぅぅうダぁァ」なムぁミだぶツ「ムぅゔだぁぁァ」…」


 一つ一つ丁寧に唱えいたはずの念仏は、少しずつ耳元に張り付いた声に重なり、混ざり、部屋全体に響き渡り…。








 …チーン。

 「……願仏慈心遥護念(がんぶつじしんようごねん)、同生相勧尽須来(どうしょうそうかんじんしゅらい)…南無阿弥陀、南無阿弥陀…」



 気づけば、お経を唱え終わっていた。仏壇を見ると立てていた線香は燃え尽き、蝋燭を溶け切っていた…。

 どの位自分はお経を唱えていたのか…蝋燭は新しいもの使っていたはずなのに。


 数珠を置き、ゆっくりと呼吸を整え、汗で濡れた額を手で拭う。

 さっきまで来ていたナニかのことを考えてみる。

 多分だけど、亡くなった自分のご先祖や祖父母や親族ではないと思う。よく怪談話で『霊道』という言葉を聞くから、もしかすると偶然通りかかった霊かもしれない。


 色々と憶測してみるけど、結局は霊感など持ってない自分には答えなど出てくるはずもなく…。


 …ふと、頭によぎる。


 線香に一本だけ火をつけて線香立てにたてる。


 先ほどのお経は亡くなった人に向けてのお経だった。なら次はさっきまで来ていたナニかの為にお経を唱えてあげた方がいいのではないかと…。




 チーン…おりん(お鈴)を鳴らす。



 「…願我身浄如香ろ。」





 『ヤ メ ロ』




 次に気づいたのは、病院のベッドの上だった。

 離れて暮らしている兄弟が部屋で倒れている自分を発見し、救急車を呼んでくれたらしい。

  医者からは熱中症だと診断され、暑い日にエアコンもつけないで部屋にいるなど…と注意をされてしまった。ちゃんとエアコンはつけていたはずなのに。


 会う予定もなかった兄弟が来てくれた理由を聞くと、自分の名前で携帯がかかってきたので取ってみると知らない男性から自分が倒れているから来てほしいと知らせてきたので様子を見に行ったと説明された。

 電話をかけてきた男は誰だったのかも聞かれたけど、自分もわからないとしか言えない…。

 今回の体験を兄弟に教えるとかなり気味悪がられてしまったが、いい実話の怪談話ができたと内心思っているのは内緒だ。


 ちなみにこれ以降、月命日の日にお経を唱えても不思議なことは起こっていない。


 だが、ご先祖様、親族以外の人に向けてお経を唱えるべきではないなということは心に刻むことにした。


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