第3章 卑弥呼
一
オイの父はヤマダ国の2代目の王やったとです。
初代王のオオタは父の兄で、オイにとっては伯父にあたります。伯父は小さな村の若衆の長ば務めていて奴国の将にとりたてられ、奴国南部の国境とその地の米倉の防備を命じらました。
勇猛果敢だった伯父はクノ国の軍勢が北上してきたときには奮戦し、クノ軍を指揮していたクコチを討ちとりましたばってん、結局は国境ば破られ、奴国の敗戦を招きました。
しかしながら、これが伯父の転機となりました。
伯父が守っていた米倉には米ばかりじゃなく、鉄器や武具がふんだんにありまして、これがもとで伯父はその地域の頭となり、配下の兵士に推されて王になったとです。
父はその初代王の弟やったもんで、クノ軍が攻めてきたときゃ一緒に戦こうたとです。ばってん、伯父が王だったときには、これといった手柄はありませんでした。
父が二代目王として即位したのは人望があったからと言われておりますばってん、父はそぎゃん人物じゃなかです。父は自分の兄を殺して王位を奪いとったのです。父はそぎゃん男です。
そぎゃん男の国であるせいか、ヤマダ国には後ろ暗いことが多々あります。
オイの母は神の神託を皆に伝える巫女で、罪人の処遇なんかも決めていましたばってん、母に神の言葉が聞こえていたとは思われません。
ただ、容貌はすばらしく、だれが見てもウットリするよう顔立ちばしており、中年になっても細い腰をしておりました。ばってん、男にだらしなく、周囲の若い下戸に次々と手をつけ、自分よりも美しい少女が見習いで来ると必ずこれに神罰を与えました。
そぎゃん母が、自分の跡継ぎに選んだのは、誰もが目をそむけるような醜くいムスメだったとです。ムスメのときから年とったネズミのような顔ばしとって、肌にはツヤがなくて、手足はごつごつしとりました。
このムスメは見習いに来てすぐにどんどこ太りだし、神の神託を告げるようになった頃には男なのか女なのかわからんほどの体型になっとりました。
そして、その醜女はオイの妻となりました。
これは母が決めたことです。
オイは断れませんでした。
なお、世間にはその醜女がおいの妻とは言いませんでした。姉だということにしてあります。
名は、
ヒミコ
といいます。
ヒミコは顔が醜いだけじゃのうて、性分も普通じゃなかとです。気に入らん者にはものすごう苛烈です。
あるとき、ひとりの下戸がヒミコの寝所に呼ばれたとですが、この下戸は母の相手ばさせられたばっかしだったもので、ヒミコの相手がでけませんでした。そしたらヒミコは、その下戸のイチモツば噛み切ってしもたとです。
大人の女は、みんな、下の前歯ば抜いとります。ヒミコもそぎゃんです。下の歯がなくて、どうやって噛み切ったのかわからんですばってん、よっぽど強く噛んだのでしょう。あわれな下戸は、その後しばらくして下半身がえらく腫れあがって、そのまま死にました。
ばってん、ヒミコには他人にはない才能があったとです。
実際に神の言葉が聞こえるらしいのです。
とくに合戦についての神託がすばらしく、どぎゃん不利な戦況にあっても必ず勝機を見つけます。敵軍の弱点をみつけたり、戦場の地形から敵軍の死角をみつけたり、少数の兵を犠牲にすることで大軍を打ち負かしたりできるのです。
この才能はヒミコの地位を飛躍させました。
ヤマダ国は、伯父が王のときには四つの村を統合した程度の国でしかなく、人口は6千ほどでした。ばってん、父が王位につき、ヒミコが神託をくだすようになると近隣の村々を次々と傘下に入れ、あっと言う間に大国となりました。
クノ国軍が何度も攻めてきましたばってん、そのつど撃退し、そのつど領土を拡げました。今では人口10万です。
ヤマダ国にゃ神がついとる・・・・・・
と人々が言いはじめると、我が国に攻め込む国はなくなりました。
二
ある夜、オイはヒミコに呼ばれました。
ヒミコの館は本城のはなれにあり、常にひと晩中篝火を焚いとります。
奥に入ると女の下戸が数名出てきました。
ぶ厚い麻のムシロのうえにヒミコはあぐらをかいとりました。
大きく膨らんだ黒い乳房が鮮やかな絹織物のスキ間から見え、その上に土器のような顔が乗っており、獣の匂いがしました。
近づくと薄闇の中に鋭い眼光が輝いていて、オイは恐怖を覚えました。
「父王はもはやこん国ば治められん」
ヒミコはそぎゃん断じました。
「こんままじゃ兵は離反し、村々は散じ、ヤマダ国は滅びる。神が告げとる。オメが父王の首を刎ねよ、て」
オイのクチはカラカラに乾き、言葉を発することすらできませんでした。
ばってん、ヒミコはなおも迫ってきました。
「オメはウチの弟で、夫でもある。神ん選ばれし手だ。そん手で父ば討て」
オイはかろうじて声を発しました。
「御意」
その足でオイは父の寝所へ向かいました。
寝台の上で父は疲れ果てた様子で眠っとりまして、うめき声を漏らしておりました。
父はすでに初老でした。
王位についてからは連戦連勝してきましたばってん、その手柄はすべてヒミコのものと伝えられとりました。今では、ヒミコはヤマダ国の顔となり、父はただの飾りでしかなく、王として采配をふるうことはなくなっとりました。
オイが一歩近づいたとき、父は怯えて目を開けました。
「オメか・・・・・・」
かすれた声が闇に響きました。
「ヒミコん命令か?」
父は予期しておったようです。
オイは何も答えず、壁に飾られてあった青銅の矛を握りしめました。
すると、父は起き上がりました。
黒光りする額には深いシワがありましたが、身体はまだ屈強なままでした。
「オイば殺して王となるか? オイも兄を殺して王となった。自らの行いは自らにふりかかる」
父は覚悟を決めたようでした。
自分の顔をつるりとなでて微かに笑いました。
「今朝、ヒミコん様子がおかしかった。そんうち来るなち思うた」
その父の顔を見ましたら、オイの手はふるえました。
オイが怯えてるのを見た父は言いました。
「忘れな。ヒミコはオイたち父子に勝利をふるもうたが、そんだけだけん。他には何もふるもはせん」
その言葉がオイの胸をえぐりました。
オイがたじろぐところを父は見逃しませんでした。
隠し持っとった短剣を出して立ち上がりました。
ばってん、オイは父が立ち上がりきるまえに矛を振り下ろしました。
仰向けに倒れた父は、じっとオイの目を見たまま息絶えました。
ヒミコは、オイが戻るのを待っとりました。
真っ赤な瞳が輝いておりました。が、それは打算の色を帯びとりました。
「ようやった。これで穢れは取り除かれた」
と言い、うすく微笑みました。
三
葬儀は7日間で終わらせました。
王が死んだわりには短かいですが、だれもそのことを言いませんでした。
それで気づいたとです。
ヒミコが言ったことは的を射とったのです。
父はヤマダ国を強大な国にしました。ばってん領民たちからは好かれていなかったとです。ヒミコの神託どおりに合戦ば遂行すると味方の損害が多く、そのことが父のせいにされとりました。勝利はヒミコの功績で、損害は父の責任になってたのです。
兵も民も離れていく、と言ってたのはそのとおりだったと思いました。
葬儀が終わるとヒミコはオイに言いました。
「オメが王んなるとヤマダ国は滅びる。ウチが王んなる」
驚きました。
女の王などは聞いたことがありませんでした。
「そぎゃんこつはだれも受け容れんじゃろう」
と、オイは言いました。
オイが父を殺したのはヒミコを王にするためじゃなかとです。オイが王になるためだったとです。そのことは配下ん者も心得ていて、父の死因についてはひとことも言わず、皆、オイの即位式の段取りを着々とすすめとりました。
ばってん、ヒミコが言いました。
「心配すな。オメは黙って見ておれ。自然とそぎゃんなる」
そんときです。ヤマダ国の南西に位置する小国から連絡が入りました。
「クノ国ん軍勢が北上中。そん数はおおよそ5千。クコチん軍と合流するもよう」
「来たか」
と、ヒミコが言いました。
「王が死んだっち知ったら攻めて来るじゃろうち思うとった」
配下の者たちは皆うろたえとりました。ヤマダ国には1万に近い兵がおりましたばってん、それらは周辺国の監視のためにばらばらに配置されてあり、本城に集められるのは5千ほどでした。
西に陣を築いとったクコチの下には2千人ほどの武士がおりました。これに5千の軍団が合流してしまうとヤマダ国に勝ち目はありませんでした。
ちなみに、ヤマダ国の兵のほとんどは下戸やったとです。つまり百姓兵です。ところが、クノ国の武士はみんな大人です。体格も筋力も下戸たちとはまったく違います。
ヒミコは、はなれの館に戻ると甲冑を身につけて戻って来ました。
これにはだれもが驚きました。
青銅製のその甲冑は黄金のようにまばゆいものでした。それがヒミコの大きか腹と肩を覆い、岩のような頭を包み込んでおりました。
「そぎゃんもん、いつ?」
「オメが王を殺すまえだ。何事にも準備ば整えておくんがウチんやり方ばい」
配下の者たちは口をあけたままヒミコを見ました。
「よかとね。うろたえっ者は逃げようとすっ。ばってん、逃がすな。そんもんたちゃには、目にもんば見せにゃいかん。ウチば見せっとたい」
ヒミコはそぎゃん言うて輿を用意させ、大げさな行列をつくらせて本城の中庭をぐるりと回り、そのまま城門から外に出ていきました。
その後ろ姿を見送ったオイは、ヒミコを王にするほかに自分が生き延びる道はないと確信しました。
急ぎ、オイは自軍の兵を招集し、さらに使者を5方に走らせました。
トシ国、フミ国、イヤ国、ジナ国、ハカタ国――これらの小国とは盟約がありました。
「我が方にはマツラ国からも援軍がくっと」
と、使者には言わせました。
翌日の日暮れまでには各国の軍勢が集まりました。
ヤマダ国の兵が5千。五国の兵が2千。合わせて七千。
数字のうえではクノ国軍と互角になったとです。
ばってん、手勢の兵の顔は暗く、士気はあがっておりませんでした。百姓兵たちは逃げることばかり考えとるようでした。
「マツラ国は遠かけん、援軍はまだ来とらんばってん、必ずくっと」
と、オイは言いました。
しかし、あまり反応はありませんでした。
ばってん、
そんとき、輿に乗ったヒミコが外回りから帰って来ました。
球形のような胴がまばゆく輝いておって、肩には新しくひらひらした絹の布がついとりました。腕は普通の男の3倍の太さで、兜の内側からは土器のような顎とゴツゴツとした鼻が突き出てまして、およそ人とは思われない姿でした。
それを見た兵士たちは大いに驚き、城内はどよめきました。
ほいで、だれかが叫ぶと喚声があがりました。 マツラの援軍のことはどうでもよくなりました。
四
その夜は、濃い霧がでました。鳥も鳴かない気味の悪い静けさのなか、連合軍は城を出ました。
戦場は稲を刈り取ったばっかりの田んぼでした。
霧の向こうで太陽が昇りはじめると、軍団の全容がおぼろげに見えてきました。
我々は太陽を背にしとりました。
霧があるなか、これは有利でした。我々にはクノ軍の姿がよく見えましたが、向こうからはまったく見えとらんかったでしょう。
最初の弓矢が飛ぶと雷鳴のごとく鬨があがりました。
クノの武士団は密集せず、めいめい距離を保ちながら近づいてきました。弓隊と槍隊の区別はなく、弓と槍の両方を持っとるもんが多くいるようでした。ばってん、甲冑をつけている者は少なく、ほとんど丸裸のような者ばかりでした。
ヒミコの作戦は包囲討ちでした。
弓隊を中央に置き、槍隊を二手に分けて左右に回り込ませ、それぞれ地形の凹凸をつかって身を隠させたとです。イネは刈り取られてましたが、畦の草がぼうぼうだったので隠れる場所はいくらでもありました。中央軍は弓矢でクノ軍を引き寄せ、クノ軍が突進してきたところに左右から槍隊を突っ込ませる、という計画だったとです。
クノの武士団は奇声をあげながら突進してきました。クノの弓矢は射程距離が長く、こちらの矢は届かんのにクノの矢はどんどんこちらに降ってくるという状況がしばらく続きました。
弓隊は次々と倒れましたばってん踏みとどまり、地面に落ちたクノ軍の矢を射返しました。 クノの矢はクノ軍にも打撃になったとです。
左右から槍隊が攻めかかるとクノ軍は足を止め、あたりは敵味方が入り乱れる混戦となりました。
しばらくすると霧がはれました。
裸同然のクノの武士たちは素速く動いとりました。重い甲冑をつけている我が軍の兵士たちはノロノロしとりました。
接近戦ではどちらが有利とは言えない雰囲気でしたばってん、そんときは甲冑をつけとる方が有利なはずだと思っとりました。
どちらが優勢かわからん状態が昼すぎまでつづき、やがて双方の動きが鈍くなりました。皆、ノドが渇き、腹が減り、疲労困憊して動けなくなったとでした。
そんとき、ヒミコのしゃがれた声が聞こえました。 「前へ!」
という号令だったとです。
これにより、ヒミコの輿が持ち上げられ、前に出ました。 周囲を守る兵士は20人ほどでした。 仕方なくオイも後について行きました。
どんどん前進していくとクノの武士が次々と起きあがっとるのが見えました。
光り輝くヒミコに向かってクノの矢が集中しました。 ひらひらした絹織物はヒミコの身体にからみつきました。
ヒミコの甲冑はたちまち巨大なイガ栗のごとくなりました。
ばってん、輿は止まりませんでした。
いくら矢を受けてもヒミコは号令をかけつづけました。
「進め! 進め!」
という声はだんだんとかん高くなりました。 進むうちに味方の兵がどんどん集まってきました。
合戦が再開され、周囲で叫び声があがりました。
ヒミコの輿はどんどん進みました。
やがて、我々はクノ軍の本陣にたどりつきました。
そこには百名ほどの武者がクコチを守っとりました。
ヒミコの号令で周囲の兵士が突撃しました。人数は2百人くらいだったと思います。
何が起っとるのか、オイのところからはよく見えませんでしたばってん、しばらくすると鬨の声があがりました。
クノ軍を指揮しとったクコチは脳天に矛を受けたそうでした。
そのことに気づくと、クノの武士たちは戦意を失い、死傷者を背負って戦場を去っていきました。
我々にはそのあとを追う気力も体力も残っとりませんでした。
尚、指揮官が死んでも攻撃をやめないのがクノ軍の怖ろしいところでしたが、このときはそうではありませんでした。
イガ栗のようになっとったヒミコが不気味だったからかもしれません。
尚、ヒミコは甲冑のおかげで頭部や胴や背にはさほど傷がなかったようですばってん、両腕や腿には深傷ばぎょうさん負ったとです。腕や脚はイノシシの皮で覆っていただけだったのです。ばってん、肉がぶ厚かったもんで、どの傷も致命傷にはならんかったとです。
勝ち鬨があがったのは、しばらくたってからでした。 ヒミコは神とあがめらるるごつなりました。
五
ヒミコの勝利は大げさに広まりました。 ばってん、戦闘の結果は惨憺たるものでした。
我が軍の兵は半数ちかくが死傷しとりました。クノ軍側の損害はわかりませんでしたばってん、戦場には死体も怪我人も残さなかったので、半数が死傷するというようなことはなかったはずです。おそらく死傷者は1割か多くて2割だったと思います。 我々は実は負けとったとです。
「こんままではウチらはクノ軍ん餌食になるばい」
と、ヒミコは言いました。
実際、クノ国の王は新しいクコチを任命し、それをクコチ領に送り、再度の総攻撃を準備しとったとです。
下戸たちは怯え、逃げ出す者が出て来ました。
ヒミコはそこで盛大な葬儀を催しました。戦死者のための葬儀です。
百将兵の葬儀などは前代未聞でしたが、下戸を逃がさないためには効果がありました。
その葬儀では、ヒミコは貯蔵してあった酒をすべて放出して下戸たちを歓待しました。
ちなみに、下戸たちはほとんど酒が飲めません。酒は貴重なものですから、太古の昔から下戸たちには与えられてきませんでした。酒を飲みたがる下戸は排除されてきました。それで、酒が飲める下戸はめったにいませんでした。
このため葬儀はえんえんと続きました。酒がなくならんかったからです。
葬儀が10日目をすぎたころ、驚くべきことが起きました。
マツラ国や奴国やトマ国など30もの国々から使者が来ました。そして、ヒミコの勝利を称えました。
それまでヒミコははなれの館で寝とりましたが、使者が来ると起き上がりました。腕や腿の傷はまだ癒えとりませんでしたが、尻には傷がなかったので起き上がることはできたとです。
使者たちがヒミコを囲んで酒を飲み出すと、ヒミコは饒舌になりました。
宴は盛り上がりました。
ヒミコはそこで使者たちに同盟を呼びかけました。
「団結してクノ国ば攻め、その領土ば奪うべし」
ということでした。
クノ国は広大な領地をもってたとです。我々が住んでいるツクシの島(九州)の南半分はクノ国の領地でした。ばってん、クノの民は領地に対する執着はさほどありませんでした。稲作がそれほど普及しとらず、半農半狩猟で暮らしとったからだと思われます。
ちなみに、クノ国がヤマダ国に攻めてくるのは領地が欲しいからではありません。ヤマダ国にクコチを殺されたことがあるためです。つまり、名誉のためでした。
同盟の話は紆余曲折がありましたが、とんとん拍子で進みました。
それで、ヒミコの即位式の日に30カ国同盟の儀式が行われることになりました。
同盟の盟主はヒミコとなり、30の国々はそれぞれヒミコのもとに人質を出し、互いに争わぬことを約束しました。
マツラ国と奴国の合戦以来、ツクシの北部は領土争いが絶えない状況が続いとりました。この頃は、合戦は農閑期の祭りのようなものとなっとりまして、毎年どこの国も必ず隣国と小競り合いをしとりました。合戦によって田の面積が大きくなったり小さくなったりするわけで、合戦は大人たちの才覚の見せ場となっとりました。
ちなみに、合戦の度に百将兵が死ぬわけですが、下戸は放っておくとどんどん増えるもんで、合戦で下戸の数を減らすのは必要不可欠なことでした。なので王たちは、最初は30カ国同盟に難色を示しました。隣国と合戦ができなくなるからです。そこで、オイは何度も使者を往復させ、
「小さな合戦ばやめてクノ国と大きな合戦ばやるべし」
と説きました。
隣国と小競り合いをしても得られる領土は知れたもんでしたばってん、クノ国の領土をとるとなれば得られる領土は破格のものとなるはずでした。
とりあえずは、クコチ領を奪う話をしました。
同盟軍がクコチ領を攻めたのは、同盟が成立した直後でした。
兵数は5万以上となりました。用意した矢の数は数えきれません。対するクノ軍の武士の数は前回同様に7千前後でした。
同盟軍はここぞとばかりに激しく攻めました。
ばってん、クコチ領を征圧することはできませんでした。
クノの武士たちはこのときも裸同然でしたが、盾を持ってきとりました。そして、この盾が我々の攻撃をはね返しました。弓矢が役に立たず、接近戦では百姓兵はクノの武士団にかないませんでした。同盟軍は苦戦し、大人の将もぎょうさん命を落としました。
ばってん、この後、さすがのクノ国も我が国に攻めかかることがなくなりました。同盟国もクノの武士たちの強さに面食らってしまい、さらなる攻撃には踏み切れんようなりました。
問題となったのは下戸の人数の件でした。
同盟国の王たちは下戸の子どもがどんどん増えるのをなんとかせねばならなくなりました。
下戸を生口として東方の国々に売りとばすのは以前から行われておりましたが、このときからその人数がどっと増えました。
イヨの島(四国)やヤマト(畿内)の大人たちは下戸のムスメを歓迎しました。そして、そっちの方では下戸のムスメが産んだ子を統領にするようなクニも現れました。
六
タイファンキュン(帯方郡)というところから魏王朝の使者が来たのはクコチ領を攻めた五年後の夏でした。
「この度、スゥマイ(司馬懿)がクンスン(公孫)のシアンピェン(襄平城)を攻め落とし、タイファンキュン(帯方郡)をンウェイ(魏)の領土とした。今、タイファンキュン(帯方郡)で近隣諸国の王たちの朝貢を受け付けている。オーラ(倭)の王も来るがよい」
というのが、その使者の口上でした。
ヒミコはこれにはまったく興味を示しませんでした。
「なんば言いよるかわからんヤツらめ!」
と言い、
「斬って捨てんね」
と指示しました。 このとき、
「ちと待っときんしゃい」
と言ったのは奴国から来ていた人質のもんでした。
奴国王は魏からの金印が欲しくて魏王朝が成立するとすぐに朝貢しました。ばってん、漢の金印をもらっていたために魏は奴国王に冷淡でした。漢の時代は終わったのだということでした。それで奴国王はついに魏から金印を受けとれず、そのことで権威を失い、配下の将たちに離反されました。
「魏の方から招待されるごたぁこつは本来あり得んとですばい。こん朝貢がうまくいけば30カ国同盟ばもっと強固なもんにできっとです。朝貢ばすれば高価な返礼品ばもらえますし、ひょっとしたら金印も・・・・・・」
ばってん、オイもヒミコも田舎もんでした。
洛陽がどのような都市かも知りませんでしたし、洛陽に朝貢していた奴国がみじめな状態になったことしか知りませんでした。
それでも、ヒミコは奴国のもんの話を無下にできないと考え、生口10人と木綿の織物を献上品として楽浪郡に持って行かせることにしました。織物は2匹2丈(幅1.3m×6mほどの布が2枚)で、これにはちょっとした模様がついとりましたばってん粗末な品でした。その品を魏の皇帝に献上する役目には2名の官吏ば選び、人足と数名の護衛もつけ、魏の使者の船に乗せました。 奴国の者はこの使節の規模があまりにも小さかったことに何事か言いたいようでしたばってん、はっきりとは言いませんでした。
官吏2名と護衛の者たちが戻ってきたのは、翌年の年末になってからでした。これには帯方郡の役人2名もついて来ました。
そして、多大な返礼品が届きました。
錦の織物8匹(1.3m×6mほどのものが8枚)、毛織物一五張(1.3m×6mほどのものが15枚)、絹150匹、金八両(30g×8)、長刀2ふり、銅鏡100枚、真珠、鉛丹(赤い顔料)が各50斤(250g×50)、というのがその返礼品でした。
また、官吏2名はおのおの魏の役人にとりたてられ、銀印をさずけられとりました。
そして、ヒミコには金印が届きました。
魏の皇帝からの書状もあり、帯方郡の役人が読み上げました。
奴国の者はこれらの品に腰ば抜かしました。
奴国は190年ほど前から何度も洛陽に朝貢していたのですが、こぎゃん返礼品をもらったことはなかったようです。しかも、ヒミコに授けられた金印は奴国王に授けられた金印とはまるっきり違うもんだったようです。奴国の者の話では、まず、その大きさが3倍以上だそうです。
そればかりではなかです。
ヒミコは、魏の西方にある大月氏(クシャーナ朝)という国の王と同格のあつかいになっとったようです。その大月氏という国の領土は魏の領土よりもずっと大きかったらしいです。
さすがのヒミコもそれらの返礼品には驚いたようでした。
オラは、こちらが献上した品物があまりに粗末であったことに引け目を感じました。
それで、再度、この3年後に魏への使節団を派遣しました。官吏は2名から8名に増やし、献上品は、倭錦、勾玉、丹、短弓矢などで、最初の献上品よりずっと豪華にしました。ただ、生口の数は初回と同様の10人になりました。生口はイヨの島(四国)やヤマト(畿内)に送れば高値で売れるようになっていたので、ヒミコは出し惜しんだとです。
尚、すぐに派遣しなかったのは、魏のしきたりで朝貢は3年に1度という決め事があったためです。
この2回目の朝貢の返礼には種々の貴重な品の他に黄色い旗が届けられました。ばってん、これは初回に朝貢したときの官吏に対して与えられたもんでした。
ヒミコはその官吏が自分を裏切って魏と通じとるのかと疑い、これば誅殺しました。
ヒミコが魏に使節団を派遣したのはこのあとの3回目が最後です。
このとき、返礼に来た魏の使節団はマツラ国を訪問したいと申し出ました。
ばってん、ヒミコはそれを拒否しました。
「魏ん皇帝はウチとん関係ばやめてマツラち手ば組む気ばい」
と言っておりました。
ばってん、魏の使節団の申し出を拒否するわけにはいきません。
オラは、仕方なく魏の使節団をマツラ付近の砂浜に上陸させ、案内人に命じてそこから山道ばえんえんと歩かせました。山道というよりも獣道と言ったほうがいいような箇所がぎょうさんあったようです。案内人は使節団をさんざん連れ歩いたあげく、マツラの都に立ち寄ることなくそのままイト国の港に行ったようです。
使節団は疲れきり、汗と泥で衣服が汚れたこともあり、そのままイト国の港から引き返して行ったようです。
ヒミコが死んだのはその直後でした。
死因は公表されてません。
殺されたのです。
殺したのはオイでした。
これ以前から、30カ国の同盟は女王を中心とした連合に変わっとりました。ヒミコの立ち場は同盟の盟主から連合国の総帥に変わっとりました。
神とあがめらるる女王となったヒミコはそれまでとは別人になりました。
巨大な館を造営させ、千人もの女官をかしずかせ、贅をこらした着物ばかりを着るようになったヒミコは、だれとも会おうとしなくなりました。まれに命令を下したと思うと、それは過酷なものばかりでした。
マテラという国の領土を勝手にとりあげてしまったり、マツラ王の息子を暗殺させたり、弁韓で鉄をつくっていた国々を直轄領にしようとしたりしました。
このためマツラ国や奴国やトマ国などは離反しかかっていました。連合の絆を維持するためにはヒミコば殺すしかなかったとです。
ばってん、それだけのことならばオイは何もせんかったでしょう。
あるとき、ヒミコはオイがヒミコと一緒に暮らさず、他の女たちと暮らしていることを責めはじめました。
「オメはウチん夫ばい」
と言うのです。
オラは驚きました。そぎゃんことを不満に思っていたとは夢にも思いませんでした。
「世間には弟ち言ってある。別々に暮らすんはあたりまえではないか」
と、オラは言いました。
すると、ヒミコはそこに置かれとった小さな銅鐸を鳴らして女官たちを呼び集めました。
「こん男はウチんこつば姉だと言っとるが、実は夫っちね。どぎゃん思う?」 と、ヒミコは言いました。
女官たちは閉口し、なにを言えばいいのかわからんようでした。
するとヒミコは言いました。
「ウチはこん男に抱かれたことがなか。どうして夫ち言うとか?」
女官たちのうちのひとりが思わず言いました。
「そいはひどうございます。夫には夫のつとめがありんしゃる」
それは冗談でした。
ばってん、ヒミコには冗談ではなかとでした。
「オメはウチばないがしろにしとる」
と、ヒミコは言いました。
「なんば言う。オイがおるからオメはこぎゃん大きな館で暮らして、贅沢んかぎりばつくしとっと」
と、オイは言いました。
すると、ヒミコは、
「オメはもういらぬ。別の男ば夫ちする」
と、言いました。
ヤマダ国では、男は複数のオナゴを妻や妾にすることができましたばってん、オナゴにはそういうことが許されてませんでした。ヒミコにはそれが気に入らんようでした。
そして、そのため、オラは自分の地位を奪われることになりました。
オラは、その夜、心に決めました。
眠っていたヒミコの太い首に手をかけたとき、ヒミコは目を開けました。
殺そうとしとるんがオイだと気づくと不敵に笑い、
「生まれ変わっちゃる」
と言いました。
オラは渾身の力ば込めてヒミコの首を締め上げました。
すると、ヒミコは枕元にあった小さな銅鐸をつかみ、鳴らしました。
女官たちが集まってきたときにはヒミコは息絶えとりました。
翌朝、オラは王になり、30カ国連合の総帥になったとですが、やった仕事といえばヒミコの墓ばつくったことくらいでした。
ヒミコが生まれ変わらんよう、深く穴を掘らせ、ヒミコが気に入っとった鏡や勾玉などばすべて一緒に埋めさせ、さらにヒミコが気にいっとった女官を百人余り殺して一緒に埋めさせました。これに大量の土をかぶせると、その墓はこんもりとした小山のようなものになりました。その上にはいくつも大きな石ば乗せました。
すると、その墓はかつて見たことのない立派なものになりました。
その墓ができあがった翌日、奴国の軍団が攻めてきました。
あっと言う間のできごとでした。
ヤマダの本城は焼かれ、オイははりつけにされました。
ヒミコが生きとったらヤマダ国が負けることはなかったち思います。




