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豚になった朝  作者: Eisei3


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6/8

第六章(悪夢の続き 三)

    

 ( ()()()()()! )

 私は、尻に強烈な痛みを感じて目を覚ました。


 「何事だ(なんだ)⁉」

 

 「邪魔だ、どけ!」

 目を開けると、親爺がスコップを片手にそう怒鳴っていた。

 「はあ?……」

 横になったまま、私は唖然としている。

 「どけって言うのが、わからねえのか」

 親爺はそう怒鳴ると、力一杯私の尻にスコップを叩きつけた。

 ( ()()()()()()

 「()()ヤーッ‼ ビヒー!」

 私はそう悲鳴を上げながら跳ね上がると、鉄柵に向かってすっ飛んで行く。

 あまりに勢いがついたため、狭い豚房の中の鉄柵に顔面から激突してしまった。

 ( ()()‼ )

 「()()ギャー‼」

 再び私は、悲鳴を上げた。

 「それ見ろ。言う事を聞かねえからだ」

 親爺は視線を前に向けたままそう言うと、スコップで糞をすくい取り通路の一輪車に放り込む。そして豚房のドアを開けると隣の豚房に向かった。

 後にはドアを後ろ手に閉める、 ガチャン! という音だけが響いた。


 頭が、鉄柵にぶつかった衝撃でクラクラとしている。

 私はしばらく ジッ と目を閉じ、床にお尻を付けたまま座り込んでいた。頭の中ではまだ、光った星が点滅している。

 「ブー、ブー」

 同じ豚房の黒白の豚たちが、私の横っ腹を鼻でしゃくり上げちょっかいを出してくる。

 『うるさい!』

 目を開けると、そう私は叫んだつもりだった。

 だが、実際私の発した声は、こうだった。

 「ブビー! ビー」

 

 「ブビー?…」

 体を見回す。

 黒い体に白い手足と尻尾。悲しい事に、私はまた豚になっていた。

 私は天を仰ぎ叫ぶ。

 『どうしてなんだ!』

 もちろん、「ブウフゥー! ブー」と。

 「なぜなんだ。昨日、家族で出掛けた事も、夕べ本を読みながら寝てしまった事も、全部はっきりと憶えているのに。どうして … どうしてまた、豚の姿になって ……」

 起こっている出来事の全てが、既に私の理解の許容範囲を超えていた。

 「私は人間だ。なぜこの俺が、この様な理不尽な目に遭わねばならないんだ。これもまた、同じ夢の繰り返しだというのか。この夢が覚めれば、また元の人間の姿になっているというのか?」

 「そうさ。きっと、そうさ … これもまた、夢の中の出来事に過ぎないのさ」

 私はそう勝手に自分で納得すると、四本の足でよろよろと立ち上がった。そして豚房の鉄柵の隅で足を投げ出して横になると、静かに目を閉じた。そしていつしか、私は睡魔のうねりの波に沈み込んでいた。


 


 


 ( ガラン ガラン ガラン )

 「()()ャーッ! ()()ーッ!」

 

 やがて、豚舎の中に大きく響く物音と、豚たちの叫び声で私は目を覚ました。

 だが残念な事に、相変わらず私は豚房の中で、体も黒白のままだった。

 

 通路に設置された自動給餌器が激しい音を立てながら、豚房の給餌器の中に配合飼料を落とし込んでいる。周りでは豚たちが、いつものようにもの凄い鳴き声を上げながら、給餌器に落し込まれたばかりの餌を奪い合っている。

 私は豚たちのその様子を、豚房の隅に寝転んだままぼんやりと眺めていた。

 「()ウー」。私のお腹の虫が鳴く。

 

「あいつ等が餌を喰い終えたら、俺も餌を食べに行くか …。 …しかし腹が減った」

 私は立ち上がり糞塗れの飲水器に向かうと、カップの中に浮かぶ糞をも気にせずに ガブガブ と音を立てながら水を飲む。私の中の人としてのプライドも食欲という本能に負け、もはや跡形も無く微塵もどこにも無かった。


 自動給餌器が ガラガラ と派手に立てる音も止み、豚たちが満腹になって床に横たわると、おもむろに私は立ち上がり給餌器へと向かう。

 給餌口に鼻先を突っ込み臭いを嗅いでみる。美味しそうな餌の臭いが私の中の食欲を突き上げ、私の口元にはよだれが溢れ床に滴り落ちていく。

 もう我慢などできなかった。それは豚の餌で人が喰うモノではないなどと、人間として見下す見方は今の私には到底できそうにも無かった。私は人としての理性も誇りも失くし、本能だけに操られ動くただの一匹の豚になっていた。

 

 私は給餌口に頭を突っ込むと、給餌器の周りに餌を撒き散らしながら、ガツガツ と夢中で貪り食べていた。

 端から今の私を見れば、腹を減らした一匹の黒豚が、本能のまま餌を貪り食っているとしか見えないだろう。

 まさか人間の私が、人と豚との葛藤を心に抱え、その狭間で思いに揺れながら豚の餌を貪っているとは、誰も気づきもしないし夢にも思いつかないだろう。


 だが、食欲という本能が満たされると、私の心に、人間としての理性が再び甦ってきていた。

 「ああ …、また豚に …… 身も心も。自分の心が恐ろしい。豚になった夢を見る度に、どんどん本当の豚になっていく。このままいつしか体だけではなく心までも豚に乗っ取られてしまうのか? 怖い …」

 頭の中は人として、自戒し恥じ入る心と、自分を非難し侮蔑する気持ちとで一杯だった。またその一方で、自らの心ながらもそれに恐怖し、恐れおののくもう一人の自分がいた。

 

 「どうすればいいんだ。私は確かに人間だ。 …少なくとも、俺はそう思う。この夢から早く、…逃れたい。なぜこんな呪いが私に…。 一体、俺が何をしたというのだ」

 私は、豚房の鉄柵の隅に頭をうな垂れうずくまり、そう自分の心に問い続けていた。

 豚房の真中で黒豚が四匹、足を投げ出して横になり満腹後の惰眠を貪っている。未来の出来事など何の関係も無い、この刹那(いま)だけを生きるため、鼾をかいて。


 

 翌朝、親爺がいつもの時間にやって来た。頭に手拭いの鉢巻きと、作業ズボンに白い長靴を履き、スコップを載せた一輪車を押しながら。

 私のいる豚房の前で足を止め、ドアを開ける。

 

 「どけ! 邪魔だ」

 いつもと同じ台詞を口にスコップで豚たちをかき分け、スコップで糞をかき取ると一輪車の中に投げ込む。

 私はスコップが届かない豚房の隅で、ジッ と身を固くする。他の豚たちは懲りもせずに親爺のズボンの裾に噛みついては、親爺にスコップで ビシャッ! と尻を引っ叩かれている。

 除糞を終え、入り口のドアを開け通路に出ると、親爺はまた ガシャン! と激しい音を立てドアを閉める。

 親父はそのまま豚房の通路の前に立ち止まると、顎に手をやりながら豚房の中の私たちの様子を窺っている。

 

 「…うん。ここのバークは肉付きもいいし、月齢も丁度いい頃合いだ。そろそろ出荷してもいいか …」

 そう呟き、隣の豚房のドアを開け中に入って行った。

 「どけどけ。……」

 ( ビシャッ! )「… ビギャーッ!」

 また、同じやり取りが聞こえて来る。


 私はさっきの親爺の独り言を耳にして、激しい恐怖に身体を震わせていた。だが他の豚たちは幸せにも、知り得もしない事であったのだが。

 私はその親爺の呟きで、私たちの出荷の日が近いことを知ってしまった。

 食肉処理場への出荷。それは取りも直さず、食肉にされるため屠殺(とさつ)される事を意味している。屠殺、すなわち私が殺される日という事だった。

 

 確実に、私が死ぬ日。人としてではなく、豚として。

 人間としての尊厳を保ち、天寿を全うしての『 死 』ではなく、人が命を繋ぐための食糧としての犠牲。人間の命への尊い貢物としての『 死 』。

 今、私の身体は豚になってはいたが、不幸にも今だ、私の心には人の心が強く残ってしまっている。だから自分の未来を見通し、結果を考え知る事ができた。

 それは、あたかも死刑囚が処刑執行の日を待つ様に、いやそれより、自分の出荷の日を知り得る分だけ死への恐怖は何倍にもなって、私の心を強く突き刺し苦しめ続けていた。

 

 

 豚舎に夕闇が訪れようとしていた。やがて夜が来る。夜が来ればまた朝が訪れ、私への『 死 』の来訪が、音も無く刻一刻と近づいている。

 今の私は、夜明けが訪れ、明日が来る事が怖かった。私が本当に豚であるのならば、死の瞬間(とき)は直ぐそこまで近づいて来ている。

 

 だが、私は自分が人間であると信じている。

 私は、この夢が一刻も早く終りを迎え、私が人としての尊厳を取り戻せる事を願いつつ、毎夜、夢路に着いていた。


 

 私が人間ならば、朝が来ればこの悪夢から逃げ出す事ができるから。

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