お前はひとりではない
出会ってから8年経っても、共に居たグラティアとアルド。他愛もない会話を交わしながら、いつもの魚の丸焼きを食べていたところへ、フロースとアリシアが慌てた様子で2人のところへ来た。
フロースとアリシアのただならぬ気配に、私は二人に尋ねた。
「アルドの父親に何かあったのか?」
2人はすぐに答えてくれなかった。アルドの顔が曇る。
「あの…フィデリスの家にギルドの人が運んでくれています。一緒に行きましょう」
露店のある市場からアルドの家まではそんなにかからない。アルドは何も話さず黙っていた。代わりに私が質問をした。
「フィデリスは、生きてはいるのだな?」
フロースとアリシアの顔がこわばる。
「はい…生きてはいます。でも…」
これ以上は聞くまい。まず本人に会いに行こう。フロースとアリシアは急いでいるのか、辿り着くのが怖くて行きづらいのか、妙な歩き方になっていた。
アルドの家に着いた。アルドの家は一戸建ての石造りの平屋で、個々の部屋というのはなく、炊事場や寝床も同じだった。ただ、寝床だけは木製のついたてで仕切られており、家の奥のほうに木製の枠に藁を敷き、薄い敷物をかぶせただけの簡易的なベッドが2つ並んで置かれていた。そこの一つにフィデリスが寝かされていて、冒険者ギルドの人間が3人いた。私達が入ると、皆こちらを振り向く。
「父さんっ!!」
アルドは奥のベッドの方へ走った。そして、フィデリスの姿を見て愕然とする。
「アルド…」
フィデリスは致命傷を負っていたわけでもなく、毒に侵されたという状態でもなかった。ただ、老いていた。
「クレスコか…?」
私がギルドの者に聞いた。クレスコとは時を操る魔法である。物質を成長させるような効果がある。ただ、通常ならば植物などの成長促進に使う程度なので、生物に使うことはあまり聞かない。ただ単に使う必要がないというだけかもしれないが。
「おそらくそうだと思います。もうマグヌスに着いた時点でも、だいぶ弱っていて…」
「父は…助からないのですか?」
アルドが悲痛な声で聞く。私はまずギルドの者に、もう帰っていい旨を伝え、ここまで運んでくれた感謝を伝えてギルドに帰ってもらった。
「アルド。この老いている状態が治るか治らないかという話なら、この状態は元には戻らない。父親は成長を極度に早める魔法と、更に言うとそれを継続する魔法を重ねがけされているような状態だ。もし無理に進んでいる時を戻そうとしたりすると、体が壊れてしまう」
言いながら私は、フィデリスの前に立ち、横たわっている体に向け、手をかざした。フィデリスの体全体を淡い光が優しく包む。
「うむ。今、フィデリスの成長を体に負担のかからない程度にだけ緩やかにはした。あと、フィデリスの苦痛を和らげる処置も施した」
「グラちゃん!ありがとうございます。じゃあ父は…?」
「いや。元に戻したわけではないから、すでにここに来るまでの間にかなり老化が進んでいるのと、身体はそれに伴いかなり蝕まれている。あと一刻ほどというところかな。フロース、アリシア。何があった?責めるつもりではないから言ってみろ」
後ろのほうでうなだれていた二人に聞く。フロースが口を開く。
「簡単なクエストだったんです。ペリクルソス山脈の中腹あたりの洞窟で、鉱物を採取するだけの。あのあたりはそこまで強い魔物はあらわれないので。ただ…」
「ダークエルフか?」
クレスコという成長魔法を生物に使うようなことを考えるのはダークエルフくらいしかいない。偏見かもしれないが、精霊の力を借りて使う魔法は、基本的には人を助け、豊かにするために使うべきなのだ。だから、傷つけたり、苦しめたりするのに使う魔法は、あまり私も好まない。やむをえない防衛の時などに使うくらいである。ダークエルフが全て悪という言い方はおかしいかもしれないが、闇に堕ちたエルフというのは、考え自体もそうなってしまうことが多い。故にダークエルフなのだ。
「そ、そうなんです…ダークエルフが急に現れたんです。手負いのダークエルフだったんですが…こちらは攻撃の意思はないのに酷く混乱していたようで急に襲いかかってきて。そして、フィデリスが僕とアリシアをかばって魔法をモロに受けてしまったんです」
アリシアが今にも泣きそうになっている。アルドは沈痛な面持ちだったが、目を醒まさないフィデリスの手を握りながら二人に向かって話した。
「フロースさん、アリシアさん。お二人のせいではありませんから、どうかご自分を責めないでください。僕は父のことはよくわかっています。父は自分が苦しむことよりも、大切な仲間が苦しむことを辛く思うに違いありません。それに、父はもう46歳です。どちらにしてもあと10年くらいの命ですから」
「「アルド…」」
アルドは立派に育てられているな。元々の性格もあるかもしれないが、やはり父親のことをずっと見ていたからだろう。
「先ほどグラちゃんが言っていたように、父はもう長くないのでしたら、少し父に話をしたくて。フロースさんとアリシアさんは、申し訳ないんですけど、席を外してもらってもいいですか?ごめんなさい」
フロースとアリシアが無言でうなずいて、家を出て行く。フィデリスは私達がこちらに到着した時よりは苦しさは無くなったためか、穏やかにしている。
「父さん…」
アルドの声に反応して、フィデリスが微かに目を開いた。薄くではあるが、声は聞こえているようである。
「しんどいだろうから、聞いてるだけでいいからね。僕がただ話すだけだからゆっくりしながら聞いていてね」
わずかではあるが、フィデリスに聴力強化の魔法をかけた。
「父さんはいつでも強くて、明るくて、頼もしくて、泣き虫だった僕のことを励ましてくれたね。何かする時に僕が上手くいかなくても、父さんは怒ることなく、いつも優しく教えてくれた、そしてできるようになったらとても誉めてくれた」
フィデリスはゆっくりゆっくり、呼吸をしている。
「でも、そんな父さんが怒ることもあって。女の子を泣かせてしまったり、誰かを傷つけてしまったり、悲しませてしまった時は、すごく怒ったよね。でも、怒るだけじゃなくて、なぜそうなってしまったのかを聞いてくれて。僕が原因の時は、これからそうならないようにどうしたらいいかを丁寧に教えてくれた。周りが原因の時でも、そういう時の対処の仕方や、僕がどうすべきだったかを一緒に考えて、話し合ってくれた」
アルドの父親らしいことだ。フィデリスは曲がったことが嫌いで、自分がアルドの手本になれるように必ず言葉だけではなく、実践をしていた。
「僕は、父さんの息子であることを、とても誇りに思ってるよ。少しだけ…少しだけお別れは早くなってしまったかもしれないけど。今までずっと2人だったけど、これからはひとりになってしまうけども。僕はもう大人だから、立派に生きていくよ」
アルドの頬から一筋、涙が流れた。
「父さん。今まで、ありがとう」
フィデリスの目からも、涙が流れていた。ふと見ると口もとが少し動いている。
「…ルド…。…めんな。…いして…いる…」
そばに置いてあった手拭いで、フィデリスの涙をふいてやった。フィデリスの涙は、とても温かだった。
「父さん。僕もだよ。愛してる」
フィデリスの命の灯火が消えた。その最後はとても、静かだった。アルドは何も言わずにそこに居た。
「大丈夫か、アルド」
「うん、うん。ありがとうグラちゃん。大丈夫だよ」
アルドは強い。そして、父親に似てとても優しい子だ。きっと立派な冒険者になるに違いない。
「ひとついいかアルド。これからはひとりになってしまうと言っていたが、それは間違いだな」
「え…」
「私がいるではないか」
アルドは、泣き顔のままで、にっこり笑った。
◯登場人物
グラティア(慈愛):エルフ族の女性、256歳。ルミノース国生まれ、ルミノース育ち。精霊魔法を使える。
アルド(情熱):人族の男性、16歳。街中でグラティアを見かけ、声をかける。冒険者の父親と2人暮らし。
フィデリス(忠実):人族、アルドの父親、46歳。冒険者をしている、戦士。2人の仲間とパーティを組んでいる
フロース(花):人族、男、36歳。フィデリスとパーティを組む冒険者、剣士。おとなしい性格。
アリシア(誠実):ハーフエルフ、女、90歳。フィデリスとパーティを組む冒険者、魔法使い。おっとりとした性格。
ムジカ(音楽):エルフ族の男性、320歳。吟遊詩人。
色々な国や、世界を巡りながら、詩を綴る。
◯グラティアプチ情報
ほとんどの精霊魔法を使えると以前に言っていたが、グラティアが言うように、基本的には傷つけたり苦しめたりする魔法は嫌いである。下に主な精霊の一覧を記すが、魔法は精霊の力を借り、それを具現化したり、物質に変化を与えたりするようなものとなる。多くの精霊の力を借りるほど魔力は多く使用する。
◯主な精霊一覧
水 アクア
火 イグニス
風 ウェントゥス
土 ヒュームス
光 ルクス
闇 ノックス
氷 グラキエス
生命 ヴィータ
死 モルス
怒り イーラ
悲しみ ルクトゥス
幸運 フェリキタス
安息 レキエス
時空 テンプス




