あいも変わらず街中を歩いているぞ
グラティアとアルドが初めて出会ってから、8年が経った。
吟遊詩人ムジカの予想を裏切り、2人はまだ共に中央都市マグヌスの街中を歩いていた。
ルミノース歴919年。アルドと初めて出会ってから8年が経った。
8年という期間は、私にとってはあっという間のことだし、実際今までの200年以上生きてきた歳月からすると、ほんのひと時というくらいである。むしろこれから永遠の時を生きていく私にしたら、その200年も短いのであろう。ただ、人族にとっての8年は、50〜60年の寿命ということを考えると、私とは感覚が違うはずだ。
今までは、獣人族、人族、魔族、さらには自分自身でさえも、俯瞰して見ているような、そのような感覚だったが、アルドと友達になってからは、私からアルド、アルドから他への視点、というような、個々の視点を意識するようにはなったのかもしれない。
人族の特徴だが、やはりアルドも成長した。人族の場合、だいたい20歳くらいで成長はピークを迎え、あとは少しずつ衰えていくという感じだが、出会った時のアルドが8歳で、8年経った今は16歳。8歳の頃は私よりも背が小さくて、話し方はしっかりはしていたもののまだ幼さがあったが、すっかり背も抜かれてしまった。それに声も少年の声から、少し大人の声になったような気がするな。
ルミノース王国、中央都市マグヌスの街中をアルドと横に並んで歩いていた。
「グラちゃん、どうしたの?考えごとして」
アルドが私を呼ぶ呼び方は相変わらずだが、何度も言うがこの呼び方は許可していない。
「いや、人族とは短い期間で成長をする生き物なんだなと、ふと感慨にひたっておったのだ」
アルドがニヤニヤしている。
「あっ、グラちゃんもしかして、僕に背を抜かれたのを気にしてます?」
「あのなぁ、私は背の高い低いなどそういうくだらないことを気にはしないぞ。前も話したかもだが、年齢というもの自体、寿命がある生き物が、自らや他の者が生きてきた生き様をはかるための物差しのようなものだから、さして意味はない。長く生きたから偉い。早く死んだから偉くない。そんなものではないだろう?」
「またグラちゃん難しいこと言ってごまかそうとしてますね〜。あ、でもグラちゃんは何年経っても綺麗ですよね。たまに僕、見惚れてしまいますもん」
エルフは老いることがない。そして寿命もないので、死ぬことがない。そこがその他の種族との大きな違いだが、私はそれが偉いとも思ったことはないし、ただ、そういう違いがあるのだなという認識だ。
「アルドは俗にいう女たらしというやつか?」
「えっ!?ど、どこが女たらしなんですか。あのね、僕はグラちゃん一筋なので、そういう場合は女たらしとは言わないんですよ。出会って声をかけた時も一目惚れだったんですから」
「そうなのか。一目惚れとはたまに聞くが、一目見ただけで、その相手の何がわかると言うのだろうな。思わないか、アルド」
一瞬、アルドは少し悲しい表情をした。でもそのあと思い直したかのようにこちらを向いて、
「まぁ、そりゃそうですけどね。あのね、一目惚れっていう言い方は、ひとつはその相手に声をかける口実なのかもしれません。でも、それからというのは、その相手のことをもっと知りたいと感じたり。一緒に居たいと思ったり。んー、あとはなんだろ、相手のために何かをしてあげたいと思ったり。そういうものだと僕は思いますよ」
「うむ。まぁアルドの言うことも一理あるな。ただ思ったのは、アルドは私からの愛情というものがなくても、不満はないのか?」
アルドは少し顔を赤くした。小さな時はもっと顔を赤くしていたのだが、大きくなるにつれそれが少し減った気がするな。とても残念だ。
「グラちゃんは割とズバッと核心を突くことを言いますよね。まぁそのほうがわかりやすくていいのかもですけど。あっ、いつもの魚の丸焼き食べましょう。今日は僕が出します!」
アルドは私の質問には答えず、魚の丸焼きで気を逸らそうとした。まぁすぐには答えにくいことなんだろう。私はわかっていて気を逸らされることにした。
「今日は腹が空いているから10本くらい食べるぞ。支払いできるのか?」
8年前は1本で500ルミーだった魚の丸焼きも、ここ数年で、海水の温度上昇だか、海流の流れの影響だかで、魚が以前より穫れにくくなったらしく、倍の1000ルミーになっていた。
「えっ!!10本も!ちょ、ちょっと待ってくださいね…」
魚10本で10000ルミーはなかなか高い。金貨1枚ということだが、たぶんアルドの小遣いや父親の手伝いなどではキツイだろう。必死に財布の中の小銭を数えているアルド。それを横目に、露店の魚屋の店主に声をかける。
「おっちゃん、魚10本くれ」
金貨1枚を先に渡す。
「おっ、毎度毎度!グリー様とお連れのボウズ!ボウズも大きくなったな」
「ボウズじゃなくてアルドです!それにお連れじゃなくて友達です!あ、グラちゃんごめんなさい、また出してもらって…」
「気にするなアルド。私は無理をしているのではなく、ただ当然のことをしているだけだ。先ほどアルドも言っていたではないか、相手のために何かをしてあげたいと思うのは普通のことだろう」
魚が多いので5本ずつの2つにわけて、紙に包んでもらい受け取る。いつも座っている長椅子に並んで座って食べることにした。やはりアルドは真ん中の美味いところから食べていた。変わっていない。
「相変わらずここの魚の丸焼きは美味しいですね〜。あ、でもグラちゃんと初めて会った時に、初めて食べた時がやっぱり一番美味しかったかも。感動もあってだと思いますけど」
「うん、そうだな。やはり少し干しているのと、炭火で焼いているのが良いのだろうな。味と薫りが違う。アルドも体が大きくなっていっぱい食べれるようになったな」
アルドはにっこりと笑う。大きくなっても、笑顔は変わらないな。
「なんか、母みたいな言い方でちょっと嫌なんですけど〜。あ、僕の場合は父か。そうそうグラちゃん、さっき愛情がどうって話、言ってたじゃないですか」
アルドの母親は、アルドが物心つく前に流行り病で死んでしまったようだ。アルドと父親がずっと2人暮らしなのはそういう理由だ。
「うん、愛情がどうした?」
「グラちゃんからの愛情がなくても、不満はないのか、っていうことですけど…単刀直入に言うと、僕に不満はないですよ。むしろ感謝してる」
二匹目の魚を食べながらアルドが言う。
「感謝?」
「そうです、感謝。あまり上手くはいえないんですけど…グラちゃんが僕と一緒にいてくれるだけで、僕は幸せかなぁと思ってます。街中をぶらぶらしたり、みんなでたまに酒場に行ったり。色んなお話をしたり、グラちゃんの魔法を見せてもらったり。あ、あとたまに耳を触らせてもらったり」
そうなのだ。アルドは自分にない私の尖った耳が気になるらしく、たまに触ってくる。あまり私は自分の体の一部に触れられるのは嫌なんだが。
「僕は人族だから、今すぐではないにしても、あと30年、長生きしたとしても40年くらいで死にます。それは仕方のないことだし、僕もそれ以上に無理をして生きたいとも思いません。でも、その僕のほぼ一生の間を、あなたと。グラちゃんと過ごせるというだけで、僕はとても嬉しいんです。だからグラちゃんは何も気にしないでいいんですよ。あ、ただでさえお金いっぱい使わせてしまってるんですもん!これは僕が悔しい!」
最後は笑いながら言っていたが、人族というのはたまに変なプライドはあるらしい。
死…か。私自身まだそこまで生きてきたわけではないが、それなりに色々な者の死は見てきた。でもそれは、受け入れられない死ではなく、自然のことわりと言うのか、病死であれ、戦死であれ、寿命を全うしての死であれ、仕方のないことなのだ。永遠の命を持つと言われている私達エルフも、やはり死ぬことはある。前にも話したが、度を超えたダメージを受けた時や、その者自身が生きる気力を失った時だ。
「アルド。お前のような奇特な人族はなかなかいないかもしれないが…ひとつ気になるのは、もし私のことを女性として魅力を感じているとしたらなんだが、交わりたいと願うことはないのか?」
私から聞くのもなんなんだが、こういうことは歳上の者がリードしたほうが良いと、前に人族の長老が言っていた。
「ま、ま、まじわるって…ちょっとグラちゃんストレートに言い過ぎ…」
アルドはここ最近ないというくらい、顔を真っ赤にした。おぉ、これだこれだ。出会った頃はよく赤くしていたのに、ここ数年はそれがなくなり、妙に落ち着いた感じでつまらなかったのだ。
「まぁ、エルフ族の場合、スキンシップ程度のことはあるにせよ、直接交わり、子を成すこともないからな。それゆえに多種族との交わりも禁忌とまではいかぬにしても、あまり歓迎はされていない。まぁエルフ族自体、神と同格みたいな扱いを昔は受けていたようで、今は私のようにこんな扱いだが、神と交わると考えると、そうなるのも頷けるな」
「もぉ、グラちゃん交わる交わる言い過ぎ…あっ、この魚の丸焼き、子持ちだった!これはこれで美味しいですね〜」
アルド自身も子持ちとか言ってるよな。
「まぁ…そういう話は置いとくとしても。もちろん僕が死ぬまでグラちゃんのそばにいることができるかどうかもわからないんですけど。そうやってグラちゃんが僕のことを気にかけてくれてるだけでも、僕は一緒にいる意味があるし、生きている意味があると思ってますよ」
やはり、アルドは少し変だ。そういえば、この長椅子で座って魚を食べていた時に、アルドの父親にも初めてあったんだったな。
4本目の魚を食べていた時だった。通りの向こうのほうが少し騒がしくなっている。たぶんあれはフィデリスの仲間のフロースとアリシアだな。今回も鉱物採取のクエストだかで何日か旅に出ていたはずだ。フロースが慌ててこちらに駆けてくる。
「アルドっ!!」
フロースの顔は深刻そうな顔をしている。長旅の疲れもあってか、元気もない。
「フロースさん、アリシアさんお帰りなさい。今回のクエストは少し長かったですね〜。あ、父はどこですか?」
アルドの言葉に、フロースが黙る。横にいるアリシアは今にも泣きそうになっている。
「アルド…ごめん。ほんとにごめんなさい…」
アルドも2人の様子になんとなく察したのかもしれないが、言葉が出ない様子だ。代わりに私が問う。
「アルドの父親に何かあったのか?」
◯登場人物
グラティア(慈愛):エルフ族の女性、256歳。ルミノース国生まれ、ルミノース育ち。精霊魔法を使える。
アルド(情熱):人族の男性、16歳。街中でグラティアを見かけ、声をかける。冒険者の父親と2人暮らし。
フィデリス(忠実):人族、アルドの父親、46歳。冒険者をしている、戦士。2人の仲間とパーティを組んでいる
フロース(花):人族、男、36歳。フィデリスとパーティを組む冒険者、剣士。おとなしい性格。
アリシア(誠実):ハーフエルフ、女、90歳。フィデリスとパーティを組む冒険者、魔法使い。おっとりとした性格。
ムジカ(音楽):エルフ族の男性、320歳。吟遊詩人。
色々な国や、世界を巡りながら、詩を綴る。
◯ルミノース王国プチ情報
ルミノース王国の通貨単位はルミーという。
金貨1枚が10000ルミー
銀貨1枚が1000ルミー
銅貨1枚が100ルミーである。
現代の日本円にすると1ルミーが2円ほどになるので、作中でグラティアとアルドが食べていた魚の丸焼きは1本2000円ということになる。まぁまぁ高い。




