プロローグ〜ある人族の死〜
──ここは多種族国家、ルミノース王国。
人族、獣人族、魔族、そしてエルフ族までもが同じ都市に暮らす不思議な国。
その王国の中央都市マグヌスの外れにある小高い丘の上。遠くに広がる街並みが、朝靄の向こうにゆっくりと姿を現す。
その丘の上に、可愛らしい尖った耳をもち、肩の下まである金色の髪をなびかせた、銀灰色の瞳のエルフの少女と、息もせず横たわった人族の老人がそこにいた。
悠久の時の流れに身をゆだね
数多の精霊の加護を受けた君よ
君にとってのこの僕の一生は
ほんの一瞬の瞬きのように違いない
ただどうか過ぎていく時の中で
一生を懸けて君を愛した者のことを
ふと思う瞬間があるならば
きっと僕は救われるだろう
この身は朽ち果てて
そして土となりまた花を咲かせるだろう
どうか願わくば再び君の側に
また再び共に歩むことができますよう
君の姿 君の顔 君の心さえ忘れて
君自身も僕を見失ったとしても
きっと 君の前に現れよう
そしてまたその一瞬を
吹けば飛ぶような一瞬を
君と過ごすことを ここに誓う
その涙がなるべくなら
冷たくなく 温かなものでありますように
◇ ◇ ◇
ルミノース歴961年。ここはルミノース王国の中央都市マグヌスの外れにある、小高い丘の上。街が見渡せる丘の草原に私は座っている。
そしてコイツは、こんな言葉を私に残して、死んだ。
コイツとは、短命の種族である人族のアルドという男だ。短命という説明どおり、アルドは58歳という短い年齢で死んだ。これでも人族の中では長く生きた方らしいが、老衰のようだ。人族はとても短命であり、なおかつ、ひ弱だ。ちょっとやそっとの怪我でも動けなくなるし、酷いと死ぬ。それに病にも弱い。
まぁ、そりゃぁ私のような様々な精霊の加護を受けた存在に比べたら弱いのは仕方ないのだが。それにしても、アルド自体も言っていたが、びっくりするほど早く死ぬ。初めて出会ってから50年くらいだったと思うが、私にしたら50年という期間はアルドの詠んだ詩のように、吹けば飛ぶような一瞬のことだ。ちょっとそこまで、と散歩に行って、帰ってくるくらいの間のことだ。
それにアルドが言うように、ホントにまたあらわれるつもりなのか。転生というやつか。人族の転生はどのくらいの周期で起きるのか興味もないので気にしたこともないが、少なくとも数十年はかかるのではないのか。自分が生きた一生よりも長い年月をかけて生まれ変わったとして、私がそんなやつのことを覚えていると思うのだろうか。
まぁ…ないな。あ、そういえば私のことをまだ話していなかったな。私の名はグラティア。アルドと違って、永遠の時を生きるエルフ族だ。ちなみに今は確か298歳のはず。年齢は特に気にもしていないし、むしろ寿命があるものや、限られたものがその生き様をはかるための物差しのようなものだから、エルフに取って年齢はあまり意味をなさない。この年齢自体、たまに伝えてくれる仲間からの受け売りなので、本当にあっているかは謎だし、外れていたところで別に気にしない。まぁ私の年齢のことはどうでもいい。
私は今、このルミノース王国という多種族国家に居る。これは私がここに居たくているのではなく、簡単に言うと、生まれ育った国だからだ。この国は私が生まれた300年ほど前にも、すでにあった。まぁ961年というくらいだから、そのくらいにできたんだろう。私も建国のことは詳しく聞いたことはないが、今は確かルミノース24世だか、24番目の王が治めているはず。多種族国家らしく、この国に住む種族は様々だ。
まず今話しているコイツ、アルドとか人族だが。人族の寿命はおよそ50〜60年。とても短い。ただ協力したり、他種族と連携して物事を成し遂げるという協調性はあるといえよう。あとは割と他種族との子をもうけやすい。
次に獣人族。獣人族の寿命は最も短く、平均15〜30年。その代わりというか多産であり、人族と同じく、他種族との交流は割と得意である。ただ超短命なので、誰か親だか子だか、見分けがつかなさそうな気はする。あぁ、まあエルフも実際100歳くらいの成人を超えると見た目は変わらなくなるので、一緒と言えば一緒か。
あとは魔族。魔族というと、魔物とか怪物みたいなイメージかもしれないが、魔力を持った種族という感じだな。寿命はその種類によるが、数十年〜数百年という感じ。私たちエルフに比べるとだいぶ短い。まぁ比べるものでもないが。魔族だけに括るわけではないが、どうしても光が苦手な種類もいるので、暗闇に潜み暮らすものも多い。もちろん、見た目は人族と変わらないものがほとんどなので、普通に生活しているものもいる。
私たちエルフ族はというと、先ほど言ったように寿命は基本的にない。もちろん死んだ者もいるがあまり多くないと思う。跡形もなくなるくらいの攻撃を受けたり、あとはあれだな、その者自身が生きる気力を無くした場合、死ぬこともあるようだ。まぁでもそういう事例はあまり聞かない。そもそもエルフ達はまぁまぁ自由だし、親子という概念もあまりないので、たまに道端で出くわすとか、意図的に連絡を取ろうとでもしない限り、お互いに干渉はしない。私グラティアも、もちろん育てられた親代わりみたいな存在は覚えているが、誰から生まれたとか、兄妹がどうかとか、そもそも上下関係もないようなものなので、気にしたこともない。
ただ、このルミノース王国においては、魔力であったり、力の有り無しで多少序列をつけるような風習があるみたいなので、必要な時は力を示す。必要でないならほっておく。
あ、アルドのことを忘れていた。一時とはいえ、私に付き合ってくれた貴重な人族だから、丁重に扱わねばなるまい。一応息を引き取った時点で、腐敗の進まぬように処置はしている。
えーと、コイツの望みは…土となり、花を咲かせて…そのあとはなんだ。生まれ変わるのか。土になりたいならそのまま埋めるか。まぁ、どちらにしても急ぐことはない。私には時間が山ほどある。
せっかくなので、コイツの、アルドと初めて出会ったことを思い出してみようか。ちょうど50年前くらいのことだったので、そこまで昔ではない。先ほど話した不確かな年齢から言うと、私が248歳のころ。コイツは8歳の頃だったな…
ルミノース歴 961年
エルフの少女グラティア:298歳
人族、アルド:58歳
次回からはグラティアの回想シーンとなります。




