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龍との遭遇

日の出と共に出たので、僕たちはまだ陽が高い時に目的の村に入ることができた。

 すぐに会堂で近隣の村の村役たちと会い、駆除数を含めた依頼内容の再確認を行う。


 「駆除後の運搬まで、ご配慮いただき感謝です」

 村長を名乗った初老の男性が、嬉しそうに深々と頭を下げる。

 「そこまでしていただけるのでしたら、もう少し報酬もわずかではございますが、上乗せさせていただきます」


 聞くと、狩るだけ狩って放置する冒険者も多いらしい――。そうなると、食糧や素材として採れるものも、すべてが腐肉となってしまう。僕はその現実に苦い思いを抱きながらも、静かに頭を下げた。


 「ありがとうございます」

 幾度目かのお礼を交わし、会堂を後にする。村役たちの背を見送りつつ外へ出ると、ひときわ澄んだ潮風が頬を撫でた。

 しばらく歩いて、村の外れまで歩いたところで、僕は2人へ振り返った。

 「じゃあ、そろそろ少し飛ばしますか」

 「ゆっくり歩いて行ってもいいんだよ」

 リシアが、冗談とも本気ともつかない顔で言う。


 その態度に、疲れから来る苛立ちをほんの少し足に込めて、歩調を早める。

 「夜通し歩きたいなら、それもいいけど」

 「やあだ」

 無邪気に返すリシアは、疲れを知らない子どものように楽しげだ。

 そんなリシアを後ろからついてくるルフィーナが、どこか愛おしそうな目で見ている。まるで、賑やかさそのものを宝石のように大切に抱きしめているかのように――。


 「迅駆ケル

 リシアとルフィーナの足元へ支援魔法を流し込む。光が走り、足取りが一瞬で軽くなる。ルフィーナも続いて詠唱した。

 「じゃあ、私も――。聖癒サナーレ

 自然治癒を促す回復魔法――聖癒サナーレ。主流派の治復イリアスとは系統が異なり、副次的に疲労回復の効果をもたらす。

 

 それにより、迅駆ケル聖癒サナーレを掛け合わせることによって、僕とルフィーナは新たな魔法を開発に成功したのだ。


 ――強走クルソル


 単なる速さではない。持久力さえ強化され、馬に並ぶ速度で延々と駆け続けられる。足裏に伝わる大地の衝撃は驚くほど軽く、肺に満ちる空気さえ澄んでいた。

 

 丘陵地帯を抜け、一気に駆け抜ける。不思議と疲労は感じない。湖の近くまで、走り抜けたところで、一度魔法を解く。


 「もう少し奥まで行こうか……。どうしよう――」

 振り返ってリシアに問いかける。

 「野営地も決めないといけないから、これ以上行くと、陽が傾き始めちゃうかも」

 リシアは目を細め、橙に染まり始めた空を仰ぐ。

 「木の上につくらないとだし――」

 その言葉に僕は頷いた。

 「じゃあ、そうしよう」


 不意に肩を叩かれる。振り向くと、いつの間にか隣に来ていたルフィーナが指を伸ばしていた。

 「向こうの木の上はどうですか」

 思いがけず、ルフィーナの顔が近くに来る。瞳の奥に澄んだ光を湛え、長いまつ毛が影を落とす。

 「先生?」

 吸い込まれるような瞳から、慌てて視線を逸らし、彼女の指す方を見る。


 示されたのは、林の中でも、特に目立つ堅固な立派な大木。太そのい幹は堅固で、枝葉は大きな傘のように広がっている。その大きな傘を茂らせ、広げていた。

 「あそこがいいかもね」

 リシアも頷いたので、僕たちはその木を今日の拠点に選んだ。


 蜘蛛の巣のように枝からハンモックを吊り下げ、その中心には魔法で強化した糸を使って小さな机をぶら下げる。


 設営を終えるころ、陽は落ちかけていた。湖面に散る夕光は、まるで溶けた金を流したように揺れ、枝葉の隙間からこぼれる橙が僕たちを染める。

 

 リシアは小刀で持ってきたじゃが芋を薄く細く切り、火にかけたフライパンに広げた。

 じゅう、と油が跳ねる。香ばしい匂いが広がり、こんがり焼けたところで器用にひっくり返す。

 その香ばしい匂いにつられて、ルフィーナが感嘆の声をあげた。

 「素敵――」

 

 簡素な夕食を済ませて、火の後始末を終えると、静寂な夜が身を包んでくる。

 ひんやりとした夜気の中、フワッと優しい香りが鼻腔をくすぐった。僕はハンモックから落ちないように身をよじり、横を向いた。


 「ルフィーナ――」

 なんとなしに、名前を呼んでしまった。

 「ん――」 

 眠たげな瞳が、こちらを不思議そうに向いた。


 「いや……。そう言えば、あんまりルフィーナのことを知らないなと思って」

 「私のこと……ですか」

 眠気を帯びた口調は、普段よりも少しくだけて聞こえる。

 

 「ほら、皇都ハギオポリスの近くの町に住んでいたのは知ってるけど、家族はどんな人たちなのかなってさ」

 なんとか話を繋ぐために、思いついた質問を投げかける。

 「私の……家族。うーん」

 眠い目を擦りながら、ルフィーナは答えようとする。少し舌っ足らずなのが、妙に愛らしい――。

 「実は言っていなかったけど――」


 その瞬間。

 ふいに、耳の奥を震わせるような音が広がった。

 風でもなく、水音でもない。身体の芯を撫でる、不思議な響き。

 息を呑む。夜の静寂が凍りつくように濃くなる。

 水底の闇を渡ってくるかのように、低く澄んだ響きが空気を震わせ、遠くの世界と今をつなぐように広がっていく――。


 ――そして。

 湖畔の水面が盛り上がった。月光を裂き、闇を引き裂き、轟音と共に湖底から現れたのは、巨大な龍だった。

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