【天使】養殖(10)
「これが【天使】対【天使】の戦いか……えらいことになりよんなあ……」
寄せては返す裸族の波をながめ、げっぷみたいな口調で【天使長】。
ごく一部の、標準弁に感化されんとふるさとの母語使いつづけた強者らのみ、肉体の海に唖然自失し呑まれかけ、あっぷあっぷて溺れてよる。
この肌色パニックを撮影する余裕は、あらなんだに違いない。
「……防犯カメラは当局の方でも押さえるやろしな」
そこから漏れた分は、こっちゃでなんとかする。
「お嬢やん、この人ら元に戻したって。ほれ、お前もや」
少女に言いながら、【裸天使】の首つかんだ手の力ゆるめる。
「はい。……海よ……凪ゲ!」て、少女。
「なニをしてイる、早ク服を着ナさい!」て、【裸天使】。
黄色が大多数の『海水』がのろのろ手近の服ひろて、身にまとう。非日常から日常へ。『材人』から『畜人』へ。人々はいつもの危うい正気を取り戻す。
「【天使長】。【邪天使】どもを【O字架】にかけよ」
海面から地上に降り立った【神女】が命じる。
邪。牙ある都邑。
「へえ、かしこまり」
言うなり【天使長】、目にもとまらん速さで両手を二人の男の口中につっこみ、有機タングステン製の輪ゴムを舌根に引っかける。ハイテクの精密機器や。絶妙な締まり具合。脳天に食い入る痛みで何も語れん。
べろをはりつけにされた【巾着】と【裸】の耳元で【天使長】がなんか囁くと、途端に二人は晴れやかでなんも考えてなさそうな顔になって、その場でゆらゆらリズムを取りはじめよった。まるで踊るみたいに。
(今の、たぶん【超準語】……?)
て思てよる少女の横で、襟紗鈴が昏い表情でどんより、
「考えたら私、おじさんの手とか頭に体の前半分こすりつけて移動してたんだよね……」
「新しい【天使】が三人も……!」
感嘆に堪えん様子の【天使長】、【神女】に向こうて、
「言うなれば【巾着天使リモエル】、【裸天使フルモロン】、【海天使ワタツミエル】てとこでおまんな!」
半笑いの【神女】は、
「名づけたものそかり。きもっ」
調子づいた相手を黙らせ、目顔でうながせば。
「行くで」
ていう【天使長】の言葉に従い、二人の【邪天使】がほがらかに、舞うように、陽気な沈黙とともについていく。
振り返った【神女】は、少女と襟紗鈴に、
「汝らを吾の新居に招待しようそかり。この平野に滞在時の、吾がすみかぞかし」
このあと。
なぜか一極地方では傘を持ち歩かず、雨になると上着を巾着にして歩くんが一部の尖った層で好まれるようになり。
メディアも、それを大きい取り上げるようになりよった。
「【準民】とはそういう種族そかり」
て、【神女】は軽う笑うて、
「すでに手は打ってある、ということぞ」
ネットの片隅でも『インキョンさん(一極の蔑称や)また奇習を生み出してしまう』ていうトピックが立ったりもしたが……。
その後、訪日観光客によってか各国に広められ、世界的瞬間的な一大流行となるに及んで、そんな煽りもいくぶん鳴りをひそめよった。(『【天使】養殖』第一話「【天使】養殖」完。第二話に続)