8話
ククリの誕生日、予言の日まであと二日を切っていた。
「ライラちゃんありがと!!」
「えへへ、ご馳走様だよ〜」
予知を告げられた翌日、キューラさんという魔女の弟子の弟子? は行方を晦ませた。村の人が必死になって探していて、凄い騒ぎだったのはライラの記憶にも新しい。
それからお兄ちゃんは忙しそうにしていた。
三日三晩、あまり休まず森に出掛けるようになった。家でも何やら仕事部屋に籠ってはガタゴト音を響かせて…
今日だってそうだ。
精神の病気を治療するライラの傍にお兄ちゃんの姿はない。
不味い感情を食べる姿を見守るお兄ちゃんの悲しみが心苦しくて、ライラは同行を嫌がっていた。
その通りになった事は有難くもあったが、寂しさと不安も同時に着いてきた。
「ライラちゃん、感情って美味しいの?」
今日の患者、ライラと歳の近い少女が尋ねてくる。
もう近頃は不味さを顔に出す事が無くなった。ただ表情を消して、早く食べる事が出来るようになった。
一心不乱、そんな様子が腹減りの暴食に近しく映り。
彼女の目には美味しそうな食事に見えたのだろう
──そんな訳、無いのにね…
内心で独白し、口では嘯く。
「うん、美味しいよ〜」
「そうなんだあ。ライラちゃんが美味しいって言うなら、甘いのかな? 私も感情が食べられたら良かったのに…」
羨望の眼差しが此方を向いていた。
それは純粋で、無垢で、綺麗に澄んでいる。
不意に少女は「そうだ!」と叫んで、返答に困って固まったライラの手を取りブンブンと。
「私って天才かも! ライラちゃんってお菓子作りをよくやってるよね! 今度、感情の味がするお菓子作ってよ!」
それはあまりにもな無茶振りだった。
「え、え〜…? 出来るかなあ」
「大丈夫よ、ライラちゃんは凄いもん!」
「ボクは凄くないよ〜」
「凄いよ! だって魔女様のお怒りを消せるのは貴方だけなのよ? 何でも出来る御伽噺の主人公みたいだもん。お菓子作りだってちょちょいのちょいでしょ?」
負の感情が消えた少女は止まらない。
「ね! お願い!! 友達でしょ!?」
「あはは… 分かったよお。今度作ってみるねえ」
「やった!!」
"友達"の少女は喜び笑って飛び跳ねる。
それを見てライラは複雑な心情を押し殺し、一緒になって微笑んだ。
友達になった。
友達が増えた。
それでいいではないか。
かつて避けられていたって。
気味悪がられていたって。
今は友達と呼んでくれるのだ。
皆、皆、悪い人じゃない。
精神の病気に掛かっていなければ、誰も彼もが平和で穏やかなんだから。
伝承にある昔の村がそうなのだ。
きっと、それは間違いないんだ。
「それじゃあ宜しくね! お返しに私も甘い果物探してくるよ。友達にも伝えておくから、皆で持ち寄ってパーティーしよっか」
ほら、純粋に想ってくれている。
対等な、普通の友達をしてくれている。
「うん、楽しみだねえ」
「でしょー? それじゃあ次のお仕事も頑張ってね!」
「えへへ、ありがとうだよ〜」
「またねー!」
「またねえ〜」
広場へ駆ける後ろ姿を見送ってから。
「あむっ… んぐ、はむ… あむ…」
ライラは自らの"苦しい"と"辛い"を食べた。
───もう、大丈夫。何も感じない。
今日はあと六人も控えている。
"さいご"まで、気を抜けない。
まだ仕事は始まったばかりだ。