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7話

 



「やあ、今朝は世話になったようじゃな」


 村長に連れられ、案内されたのは今朝の客室で。

 そこで待っていたのはベッドの端に背凭(せもた)れて、尊大な口調で話す銀髪赤目の女性だった。


「…回復したようで良かったです」


 反応に困ったククリは丁寧にその回復を祝って返す。

 すると何がおかしいのか、彼女は「ここ…」と上品な笑みを浮かべる。


「そう畏まらなくとも良い。

 まあ、わっちの高貴な裸を覗いたのじゃ。緊張に身を固くするというのも、分からんではないがのう」


 放たれた言葉にライラがギョッと目を見開いた。

 ククリも遅れて同様に身を震わせる。


「お兄ちゃん!?」


「はぁ…!? ちが、それは仕方なく!!」


「見たんだ!!」


「ここ… 愛いやつよ」


 事態がおかしな解釈へ働いている事を感じて、ククリは余裕なく声を荒らげた。


「俺が敬語を使ったのは下世話な緊張じゃねぇ!! 初めて喋る相手に乱雑決め込むのは無礼になっちまうからだ!! 裸を見たのも治療の為であって、下心なんてなかったからな!? 」


 いつも通りの乱雑な口調、礼儀も何も無い酷い態度… 不意に背後から、冷たい怒りを感じる。


「村長よ? わっちが許しておるのじゃから、これで良いのじゃ」


「…そうですか。これは出過ぎた真似でしたね」


 視界の端には檜の杖がチラリと。


「それからわっちはここの兄妹に話があるんじゃ。今は席を外してくれんかのう?」


「おっと、お気遣い足りずに申し訳ないです。それではごゆっくりお願いしますね」


「うむ」


 この村で一番の権力者が頭を下げて、敬語で話す。

 それから銀髪の女性の言葉通り、一階へと降る音がした。


「…あんた、何者だ?」


 敬語か迷ったが。

 彼女の望み通りに普段を貫き、思い切っては聞いてみる。

 銀髪の女性はニヒルに微笑み、尊大な口調でそれに答えた。


「聞いて驚くことなかれ、わっちこそがこの村を庇護する偉大なる魔女 ルクレツィア!! 」


 嘘か誠か伝説の存在を述べられて、ククリとライラはゴクリと唾を飲んだ。

 然し…


「…の弟子の弟子、キューラ・プローメスじゃ」


 やや溜めてから告げられた事実に少しだけ、微妙な表情をさせられた。


「弟子の、弟子…?」


「うーん…?」


「ぬぅ… これだから最近の若者は嫌なんじゃ。弟子の弟子も立派な伝説であるのだぞ? わっちがいる事こそ、魔女ルクレツィアの存在証明に他ならないのじゃからな」


「そう言われてみれば、凄い様な気もするけど…」


「うん…」


 ククリとライラは尚も微妙な表情を崩さない。


「まったくもって面白味のない反応じゃ」


「そう言われてもな」


「ボクもよく分かんない」


 鰾膠(にべ)もない反応にキューラは深く溜息をつく。


「まあよいわ。別に敬って欲しかった訳でもないしのう」


 この様な軽薄さがなければ、二人も素直に畏敬の念を抱く事が出来たのかもしれないが、現実はこの通り。何とも言えない緩んだ空気が流れていた。


「…さてと」


 和んだ空気を掻っ切るような、凛と張った声が響いた。

 キューラは神妙で独特な、魔女を思わせる雰囲気を纏いて「そろそろ、本題に入るとしようか」と眼差しを細くする。


「とっととしてくれよな…」


「お菓子作りに戻りたい…」


 作られようとしていた話の空気をボソリとした二人の声が掻き乱した。


「あー!! うるさいぞ!? 其方らは自由じゃなあ!!

 とっとと済ませてお菓子作りとやらにも向かわせてやるから大人しく聞いておれい!!」


「「…」」


 場は無理矢理に整った。

 キューラはコホンと咳を一つ、再び神妙な雰囲気を纏って話を始める。


「主らを呼んだのは他でもない。そこな青年への礼も兼ねて、ひとつ忠告をしてやろうと思ってのう」


 今度こそ、二人は黙って耳を傾けた。


「単刀直入に言ってやる。六日以内にこの村をでなければ、そこな娘はこの世からなきものとなるぞ」


「何を言ってるんだ?」


「ボク死んじゃうの?」


「ここ… 死とは言いきれぬが、それに近しい状態になろうよ」


 先程までの軽薄さを欠片も感じない、真摯な眼差しだった。ククリとライラはその紅に映る自分達を眺め、何ぞを想う。


「そう言いきれる根拠はなんだ」


 袖を掴んで黙りこくるライラを横目に、ククリは臆せず前に出た。


「早うせいと言うから結果のみ教えてやったと言うに、注文の多い奴じゃのう」


 やれやれと肩を竦め、キューラは一言。


「予知じゃよ」


 と、そう端的に答えた。


「予知…?」


 首を傾げるククリに示すよう、彼女はライラを指差した。


「そこな娘と同じく、わっちも特殊な異能を持っておるんじゃよ」


 感情を視る力、感情を食べる力、感情を消化する力…


 人知の及ばぬ力をククリは知っていた。

 誰よりも身近でそれを見てきた。

 故にその言を笑い飛ばす事は出来ない。


「弟子の弟子とはいえ、わっちも魔女の端くれじゃ。

 未来の事象を漠然と見る異能、即ち予知にて知り得たというのが、忠告の根拠じゃよ」


「…なるほど」


 話は理解した。

 それでも、いまいちピンとは来なかった。

 同じく異能を持つライラも難しい顔で顰め面をしていて、単純に予知というものへの馴染みの薄さが原因なのだろうとククリは感じた。


「まあ、理解し難い異能であるじゃろうの」


 キューラは徐に懐を漁る。

 取り出されたのは綺麗な丸の透き通った水晶玉だった。


「ほれ、近う寄りたまえ」


 ベッドの上、自らの傍らをポンポン叩いて誘うキューラを見て、ククリはライラと目配せる。

 そのまま彼女に従って、ククリはベッドに腰掛け、その膝元にライラがちょこんと乗っかった。


「仲がよろしいようで何よりじゃ」


 片手には水晶、空いた手で示されたのは片側で。

 自然と落ち着いた兄妹の密着を指摘され、ククリはバツが悪そうに赤面する。


「べ、別にいいだろ…」


「お兄ちゃん照れてる〜」


「…喧しい」


 生意気な妹の髪をグシャグシャ撫でて、キューラに話の進行を促す。


「それでこの水晶が何なんだ」


「ここ、面白い兄妹よのう。まあ見ておれ」


 キューラが何やら念じると、水晶玉がじんわりとした光を纏い始める。それは吸い込むように視界を呑み、やがて薄らとした情景を頭に浮かばせた。


 ククリが見たのは森で走る自分の姿だった。

 必死な形相で、自分は何処かに向かって走っていた。

 その手に薬草や茸を集める道具も無ければ、その格好は森へ入るに適さない無防備な普段着で… あまりにも有り得ない情景だとククリは思った。仕事と関係なく森へ足を踏み入れる事は無い筈だし、森の危険さは充分に理解しているつもりだった。こんな馬鹿をした記憶など、たった一度もありはしない。


 では一体これは何なのだ…


 疑問を抱いた辺りで情景は瞬時に消え、視界が戻る。


「見えたかの?」


「森の中にいたな」


「んー、真っ暗だったあ」


 それぞれの感想を聞いて、キューラは満足気に微笑む。


「それこそ近い未来の可能性がひとつ、わっちが言う忠告を聞かなんだ場合の光景じゃ」


「ふーん? 別に森を走るくらいなら構わないけどな」


「暗いだけならボクも大丈夫だよ?」


 危機感の欠片もない声にキューラは呆れ顔を示した。


「それだけで済むわけがなかろう。

 わっちが他人に見せられるのは一場面のみ、それも見た所で未来に大した影響のない些事のみじゃ。故に先の忠告に基づくものはわっちにしか知り得ぬこと、信じるも信じぬも構わぬがな」


 後は委ねると、キューラは言う。


「別に疑っちゃいねえけど、いますぐ村を出るってのはなあ」


「んー… 難しい事は分かんないけど、ボクはお兄ちゃんが良いなら何でもいいよ?」


 お兄ちゃんに任せると、ライラは言う。


「そうは言っても村に世話んなってるのは事実だし、面目が立たねえし、準備もしなきゃならんし…」


 ククリは頭を抱えてしまう。

 何にしても急が過ぎるのだ。

 それから悪い人間では無さそうであると感じた所で、相手は初対面に近しい他人であり。あのろくでもない魔女ルクレツィアに関わりし者、信じ切るには決定打に欠ける。


「まあ、しっかりと考えるが良いさ。じゃがな、これだけは頭に刻み込むんじゃ。

 期限は六日(・・)、それに迫れば迫る程に未来(けつまつ)は変え難くなる。そして過程は簡単に移ろう故、わっちにも予想がつかぬ。なるべく早い判断を心掛けよ」


「…御忠告どうも」


 ククリの雑な礼に合わせて、ライラがぺこりと頭を下げる。


「キューラさん、ありがとうございましたあ〜」


 それを受けて「ここ…」とキューラは微笑んだ。


「兄と違って素直な娘じゃな」


「…余計なお世話だ」


 これにて本題は終いだった。

 役目は済んだとキューラはベッドへ横になる。

 その顔色は僅かにだが青みがかっていた。


「あんた、まだ完全には治ってねえのか」


「其方の薬は優秀じゃ。病状は回復の一途を辿っておる故、気にする事はない。明日の夜(・・・・)に治るしのう」


 随分と確信的でハッキリとした物言いだった。


「それも予知で見たのか?」


「まあ、そういう事じゃ」


 ククリはライラを連れて、部屋を後にしようと扉に手を掛けてから、ふと気になっては振り返る。


「最後に聞いても良いか?」


「何じゃ、胸の大きさでも尻の大きさでも聞くつもりか?」


「お兄ちゃん…」


 下世話な冗談から、ライラのジト目がコンボした。

 ククリは頭痛に堪えながらも、それらを無視して言葉を紡ぐ。


「魔女ルクレツィアの弟子の弟子 キューラ・プローメス、あんたは何でこの村にやって来た?」


 真剣な眼差しで、真剣な声音で聞いたつもりだった。

 それなのに何がおかしいのか、キューラは最後まで子気味良い「ここ…」という笑いを響かせて。


「何を聞くのかと思えば、そんな事か。

 其方に出逢う為に決まっておろう? 難儀な肺の病を治せるものはこの世においてそうは居ない。予知で見た中でも一番に優秀な医者が其方であり、わっちが助かるには最前の選択だったから、ここに来た迄じゃよ」


 唐突なべた褒めにククリは身を硬く。


「…なるほど」


「当たり前に思っておろうが、其方は間違いなく命の恩人じゃ。そこな娘の事も他人事には思えぬ。後悔があらば夢見が悪い」


 真っ直ぐとした純粋な親切心が見て取れた。


「わっちからも最後にひとつ、質問ではなく助言じゃがな。其方の技量があれば身一つであろうとも、村の外で苦労はせぬと思うぞ」


 ククリは深くその助言を受け取った。

 ライラは兄を褒められて、嬉しそうに微笑んでいた。


 その後は村長に止められる事もなく、あっさりと帰宅が成り。靄を抱えながらも二人仲良くタルトを作った。


 この日は珍しく、二人分の失敗作が完成した。




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