6話
「こんな遅くにすまないね」
そう言って家の戸を叩いてきたのは、朝に御目通りの叶わなかった村長さんだった。
「えーっと、なんの用ですか…?」
ククリは思わず、訝しんだ視線を送ってしまう。
村長は当然の如くこの村で一番の権力者であり、両親を早くに亡くしたククリが何不自由なく生活出来ているのは、様々な事に手を回してくれた彼の計らいのお陰でもあった。
深い恩義は感じているのだが、ククリはどうしても村長のことが苦手だった。
それは過剰なまでに敬虔な魔女信仰者であるという一点に尽きる。
この村に越してきてすぐ。
ククリは村長の前で魔女を馬鹿にした発言をしたことがあった。
その際の苛烈な反応が今でも忘れられない。
一切の光を宿さぬ瞳で迫り、手にしていた檜の杖で殴られた。母が咄嗟に間へ入るも「こんな罰当たりを育てた親にこそ責任がある」として代わりに…
─────ゴッ
─────ガッ
─────ゴッ
─────ガッ
鈍い音、苦しげな嗚咽、生暖かい血飛沫…
事態を聞きつけて飛んできた薬師の父が「村の外から来たんですから! 」と必死に宥めてようやく収まった頃には、母の顔は原型を留めておらず、無惨な紅色に腫れていた。
翌日、謝罪に来た村長の態度も何処か軽薄で。
「すまないねぇ、ついうっかり余所者だと言うことを忘れて、儂も年甲斐なくやり過ぎてしまったよ… ほんの気持ちだけだが、受け取ってくれたまえ」
明るい口調で世間話をするかのように渡されたのは、一抱えの柿の実だった。
今、目の前にいる村長の手にあるものも同じ、一抱えの柿の実で。
「いやぁ、今朝はククリくんに助けられたらしいからね。…ほんの気持ちだけだが、受け取ってくれたまえ」
既視感を感じた。
村長にとって柿の実とは、この程度の詫びを示す品なのか…とククリは思った。
「いえ、お気持ちだけで結構です。柿の実は少し苦手でして」
「そうなのかい? それは申し訳ないねぇ… そしたらライラちゃんに食べさせてあげるといい。彼女は柿の実が好きな筈だからね」
「え… 分かりました。後で渡しておきます」
ライラが柿の実を好きだというのはククリからして初耳だった。然し、彼女は甘ければ大体の物は好きだと言う。村長も何処かでそれを聞いたのだろうと、深くは考えずに柿の実を受け取った。
「用事はこれだけですか? 」
ククリは堅く、冷たい喋り方で壁を張る。正直なところ、あまり長く関わっていたくは無かった。
然し、そんな願いは届かずに。
「いやぁ、実はもう一つお願いがあってねぇ…」
村長は一切の光を宿さぬ瞳で。
「ライラちゃんと一緒に家へ来て欲しいんだよ」
ククリはそれを断る事が出来なかった。