4話
ククリが村長の娘に呼ばれ、お仕事に出掛ける少し前のこと。
「ライラ、少し留守番を頼む! 時間が掛かるかもしれないから、お菓子は食べちゃってもいいぞ!!」
下の階から響くお兄ちゃんの声を聞いて、ライラは階段からひょっこりと顔を出した。
実の所、来客を察していた彼女はお菓子作りを中断して聞き耳を立てており、大体の事情は把握していたりする。
「分かった〜 家の事はボクに任せて頑張ってね、お兄ちゃん!! お菓子は成功したら残しとくね!! 」
「あいよ、成功を祈ってるよ。…これとこれ持って、と… ほいじゃあ行ってくる! 」
「いってらっしゃーい!!」
お兄ちゃんが出ていったのを見送ってから、ライラは再びお菓子作りへと戻る。
「ふぅ… 今日はボクじゃなかったな… 」
タルト生地と向き合いながら、ライラは呆けてへたり込む。
"精神の病気"の医者として頼られるのは凄く嬉しい事だった。皆から必要とされて、喜んでもらえて、感謝される… 過去の自分の扱いからして、考えられない程の幸せだとライラは思う。
決して初めから、こうだった訳では無いのだ。
ライラはそう遠くは無い過去を思い返した。
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ライラは数年前まで不思議な異能を恐れられ、気味悪がられ、同年代近くの子供達から遠ざけられていた。
ライラが家を出て外で遊ぶようになったのは両親が森で変死したすぐ後… お兄ちゃんが"身体の病気"の担当を継いで凄く忙しそうにしていて、あまり遊んでくれなくなった頃であり。
周りから避けられていたという事をお兄ちゃんは知らない筈だ。
ライラ自身も「そりゃそっか」と受け入れていた為、それを態々相談する事も無かった。
この村には"精神の病気"という考えがある。
それは魔女伝説の中に出てくる物語の鍵として、小さい頃から誰しもが語り聞かされている常識だった。
当然のことライラもそれを知っており。
その逆に当る感情を食べてしまえば、忽ち皆は"精神の病気"に掛かる。こんな当たり前のこと、幼かった彼女でも思いつく。
だから「そりゃそっか」なのである。
其の扱いが変わったのは、お兄ちゃんが"身体の病気"の医者として立派に独り立ちし始めたくらいの頃だった。
ある子供が大人に話してから噂が大きく広まり、村長にまでそれが伝わった。
「ライラちゃん、感情が食べられるって言うのは本当かい? 」
何時ものように一人で遊んでいた所へ、村長と数人の大人達が尋ねてきた。
その時のライラは大人が興味を持ってくれたという事がただただ嬉しかった。
だから要らない事までもペラペラと饒舌に語ってあげた。
「うん、食べられるよ!
ねぇねぇ、知ってる? 嬉しいのと楽しいのと面白いのはね? すっごく甘くて美味しいんだよ! 」
村長は興味深そうに聞いてくれたが、後ろに立っていた数人の大人は引き攣った表情を浮かべていた。
「はっはっはっ、そうかいそうかい。
じゃあ"精神の病気"も食べられるのかな?」
今度はライラの表情が嫌そうに引き攣ってしまう。
「辛いのは凄く辛いの… 苦しいのは凄く苦いの… 悲しいのは凄く塩っぱいくてね… 寂しいのは凄くジャリジャリ… 怖いのは凄く気持ち悪いんだよ…?」
「ふむ、要するに不味いって事かね?」
「…うん」
「でも、食べること自体は出来ると?」
「…出来る」
「なるほどねぇ。
…所でライラちゃん」
「な、何…?」
「君はお兄ちゃんが好きかね?」
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「うぅ…っ」
嫌な事まで思い出してしまった。
自分は本当に幸せなのだ。皆が平穏で幸せになれるなら、其れで良いのだ。
ライラは自らに言い聞かせるように、憂いを振り払うかのように、タルト生地にと意識を集中させる。
それからせっせこ頑張ること暫くして。
「完成だあ〜!!」
ライラが意気揚々として開いたオーブンから出て来たのは、真黒く焦げた林檎タルトになる筈だった何かであり。
「…あぅぅ」
彼女は昨日に引き続いた失敗作にガックリと肩を落とすのだった。