3話
ククリの誕生日、六日前…
「ククリくん、大変なんです!! 」
いつかを思い出す早朝のこと。
玄関手前で花に水をあげていたククリの元へ、慌てた様子の若い女性がやってきた。
彼女は確か、村長の娘さん… 断りづらい人物の登場にククリはげんなりと肩を降ろす。
「…だから早朝からは止めてくださいよ。ライラなら──」
「違いますよ!! 今日はククリくんにお願いなんです!!
昨晩遅くに森で倒れてたって狩人の人達が女の人を家に連れて来たんですけど、どうも今朝から容態が悪化していて… 熱も酷いし、血とか吐いちゃって… 私どうしていいか分からなくて!!」
必死な様子の話を聞くに、どうやらそれは急を要するようだ。
「分かりました。薬箱持ってくるんで、少しだけ待っていてください」
「えぇ、ありがとうね! 」
昨晩の失敗を糧にしてお菓子作りに励むライラへ一言掛けてから、ククリは村長の娘と共に急いで現場へ向かった。
広い村長宅のニ階にある、客室のベッドにて…
そこで苦しそうに横たわっていたのは、足下へ届きそうな程もある、白銀に輝く長髪が特徴的な美しい女の人だった。
「凄く凄く苦しそうで… やっぱりライラちゃんも呼んだ方が良かったですかね!?」
「…今はそれよりも身体の方が大切だよ」
「そ、そうですよね…!! ククリくん、お願いしますね!!」
「まぁ、何とかしてみせるさ」
気が散るからと村長の娘を退出させて、患者とニ人きり。ククリは真剣な眼差しで銀髪の女を診察する。
「村長の娘さんが言ってたのは酷い熱と吐血、顔色は青み掛かっていて苦しそうだな」
熱があるということは何らかの病原体が身体に入り込んでいるのだろう。
吐血があるということは肺か消化器官がやられている可能性が高い。
「ちょっと失礼するぞ」
ククリは掛けられた布団をずらし、中を確認する。
銀髪の女は一糸纏わぬ姿をしていた。その背中にはタオルが分厚く敷いてあり、何度も汗を拭い取られた形跡がある。恐らく村長の娘が甲斐甲斐しく世話を焼いていたのだろう。
女性らしい白磁の肌、豊満な二つのものが視界に映るが、ククリは努めて意識せず。
「ちょっと触るから、痛かったら言ってくれ」
ククリの呼び掛けに彼女は大した反応を示さなかった。来た時と同様に瞼を下ろしたまま、苦しげな嗚咽を漏らすだけ。
それを確認してから、ククリは彼女の手首を軽く握って脈を測る。
「ん、早いな… 」
青み掛かった顔をしていた為、貧血である事は間違いないだろう。
「けほっ… ぐ…ふっ」
咳と共に口から血が漏れ出る。
「あー、酷いな…」
その血は鮮やかな赤色、少し泡立った所がある。
「吐血…じゃない。これは喀血か」
喀血とは消化器官によるものでは無く、肺の障害により血を"喀く"事を指す。
「なるほどね。大体分かった」
ククリは薬箱を漁り、青白い液体の入った小瓶と深い緑色の液体が入った小瓶、それから真黒な粉と紫色の粉が入った小瓶を取り出した。
それぞれが解熱、造血、咳止め、肺炎に効く薬だった。
「くっそ不味いけど、我慢してくれよ…」
苦しげに開かれた口許へ、それらの薬を注ぎ込む。
「げ…ぇっ んぐぅ…っ」
彼女が無意識に嘔吐いた所で、ククリは無理矢理その口を塞ぎ、強制的に嚥下を促した。
これを四回繰り返す。
「…よく出来ました」
背に敷かれたタオルを一枚手に取り、彼女の額に浮かんだ汗を拭いとってから、乱れた布団を綺麗に整える。それから広げた薬箱を片付けて、やれる事は済んだと、ククリはその部屋を後にした。
一階に降りると直ぐ、村長の娘が駆けつけてきた。
「どうでしたか…?」
「出来る限りはやってみた。後は本人次第って所かな」
「そう、ですか…」
尚も不安そうにする村長の娘にククリは一言添える。
「自分で言うのもあれだけど、俺の薬はかなり凄い…と思う。この村で"身体の病気"の死人なんて出た事が無いだろう? 取り敢えずはそれを信じてみて欲しい」
「確かにククリくんは立派なお医者さんですもんね… 今日はありがとうございます。また何かあったらお願いしますね! 」
「任された」
頼り甲斐がありそうな微笑みを努めてから、ククリはふと思う。
「…そういえば」
ここを尋ねてから、一度も村長の姿を見掛けていなかった。
早朝なので何処へ出掛けているとも思えない。
何となく気になって、それが声に出てしまう。
「村長さんは何処にいるんだ?」
村長の娘は一瞬、キョトンとした顔を見せてから。
「それが緊急で村の集会を開いているみたいなんですよ」
快く答えてくれた後、彼女は少しばかり困った様子を見せる。
「集会? しかもこんな朝から…?」
「今朝と言うより、昨日からなんですけどね。
えっと、私もあんまり知らないんですよ。昨日の夜に森で倒れた女性が運び込まれてから、何か魔女様がどうのこうのとか言って騒いでて… 彼女の看病を私に任せて、集会を開くって出ていったきり、まだ帰ってきていないんです」
「あー… 魔女様、ねぇ… ほんと好きだよな、この村は…」
「む、ククリくんそれ以上は駄目ですよ? 魔女様を悪く言ったら罰が当たりますからね。お父さんが居たら大変な事になってましたよ? 」
「…えっと、すみません。用事を思い出しました」
「え、ちょっと!? ククリくん!? 」
面倒臭くなりそうな空気を感じ取り、ククリは早々にその場からの退散を決める。呼ばれた事情は全て済んだし、今朝の仕事がまだ残っていた。そして何よりも、焦臭い事が起こっているらしいこの村で、ライラを一人にしたくはなかった。