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2話

 



 頭痛に腹痛、熱から打撲… "身体の病気"は突発的なものが殆どであるが。

 辛い、苦しい、悲しい、寂しい、怖い… "精神の病気"は日常の些細な出来事からでも普遍的に生じるものである。

 その程度は大小様々なれども、この村では分け隔てなく、病気であると判断される。

 故にライラは毎日、毎日… 多い時には一日でニ桁以上、村民の治療(しょくじ)を行っていた。



 仕事の"辛い"をモグモグと。


「ライラちゃんありがとう!! 」


 責任の"苦しい"をモグモグと。


「ライラちゃんありがとな!!」


 ペットの死の"悲しい"をもぐもぐと。


「ライラちゃんには感謝じゃよ」


 息子が独り立ちした"寂しい"をモグモグと。


「ライラちゃんありがとうねぇ」


 親に怒られる"怖い"をモグモグと。


「ライラちゃんありがとっ!!」


 ライラちゃん、ライラちゃん、ライラちゃん、ライラちゃん、ライラちゃん───


 村民は皆、ライラに縋る。

 ライラもまた、頼りにされる事を喜んで受け入れる。


 ライラちゃん、ライラちゃん、ライラちゃん、ライラちゃん、ライラちゃん───


 ククリはいつも、それを冷めた目線で眺めていた。

 彼は知っている。"精神の病気"の全てが悪いものでは無いということを… 彼だけが、それを知っている。



「戴きまーすっ!! 」「戴きます」


 今日は珍しく、ライラの仕事が少ない日だった。全てが終わった夕飯時のこと。ククリが腕によりをかけた、テーブルいっぱいの渦高い料理の山… ニ人はそれを仲良く囲い、揃って手を合わせていた。


「ボクの好物がいっぱいだあ〜」


 オムライス、スパゲティ、ミートボール、ロールキャベツ… トマトが大量に余っていた為、図らずともライラの好物ばかりになっていた。


「お兄ちゃん、ありがとう! 」


 目を輝かせ、嬉しそうに興奮するライラを見て、ククリの口角は自然と緩む。


「喜んでもらえて何よりだ。ほら、食え食え」


「えへへ、じゃあオムライスから!! 」


 ライラはスプーンを握ると勢いよく。


「あむぅ… はむ、はむはむ…っ んん〜っっ!!」


 はしたなく、豪快に、ご飯へ飛びついた。

 頬を膨らませて、まるでリスのようだ。


お兄ちゃん(おひぃひゃん)のご飯は(のごひゃんふぁ)いつも美味しいね(いふもおいひいへ)!!」


 幸せそうに笑いながら、ハムハムと咀嚼を止めることなく宣う様は正しく年相応の幼さで。


「ふふっ… それは作った甲斐があるってもんだな」


 普段は礼儀作法に厳しいククリも、その微笑ましさには弱かった。彼女の食事を遮ること無く、自分もゆっくり夕飯へと手を伸ばす。


 激しい食事の音、度々漏れる幸せそうな声を聞きながら、ククリとライラの平穏な夕食は暫く続き…


「ご馳走様でした!! 」「ご馳走様でした」


 綺麗さっぱり料理の消えた皿がズラリと並んでいた。

 その殆どは体躯の小さなライラが平らげており。


 ククリは久し振りに見た妹の食べっぷりに心底感心する。全くもって不思議なことだった。どこにあれだけの料理が入るというのだろう。謎は深まるばかりである。


「それじゃあこの大量の皿を洗ったら、今日もやろうか」


「ん、やるやるぅ!! れっつお菓子作りぃ!!」


 毎日欠かさず行っている恒例行事だった。

 朝と夜、ご飯の後、ライラは決まってお菓子作りに励む。朝はククリが忙しい為、彼女独りでやる事が殆どだが、夜は違う。

 それはククリとライラ、兄妹二人の大切な時間なのである。


「今日は何が作りたいんだ?」


「んーとね。今日はボクじゃなくて、お兄ちゃんが食べたいお菓子を作りたいな」


「ん? それなら林檎タルトの気分だが… 俺の食べたいお菓子で本当にいいのか?」


「うん! だってもうすぐお兄ちゃんの誕生日じゃん! 失敗したくないから練習しておきたいんだ〜」


「あぁ、もうそんな時期か」


 秋もとうとう終わり頃、肌寒さを強く感じるようになってきていた。ククリは冬初め、十一の月に生を受けた。その為、あと七日ほどで十六の成人を迎える事になる。


「そうだよ? お兄ちゃん、成人さんになるんだよ?」


「成人と言っても、かなり前から俺は独立して働いてっからな… あんまり変わらないぞ? 」


「でもでも、おめでたいんだよ? だって結婚が出来るようになるんだもん! 」


「結婚て…」


「あ、ボクが成人になるまで誰ともしちゃ駄目だよ? お兄ちゃんのお嫁さんはボクなんだからね! 」


「…はいはい」


 ライラを軽くあしらいながら、ククリは皿を片付ける。それを独り台所へと運び、ライラの耳に届かない所まで来た事を確認して、彼はボソリと呟いた。


「…そもそも相手がいねーっての」


 ククリの恋人は仕事であると言っても過言では無かった。

 "身体の病気"は頻度こそ高くは無いが、命に関わる重要なものが殆どだ。村民にはいつも、普段の食料や生活必需品を納めて貰っている。その命には大きな責任を伴う。薬の在庫を枯らす事は出来ないし、街に降りて売る分のものだってある。素材となる薬草や茸はどれだけあっても足りる事はなく、一日に三時間程は必ず森へ採取に向かう。他の時間は調合とライラの同行に費やしており…

 女にうつつを抜かす時間など、今のククリにある筈もない。


「俺との結婚なんて世迷言、何時まで続くのか分かんねーけど… お前がちゃんと好きな人を見つけて幸せな花嫁姿を見せてくれるまで、俺はこのまま独りきり、影で守っていてやるさ」


 恥ずかしくて本人には絶対に言ってやるつもりはなかったが、ククリはライラの"好き"以上に、彼女の事を(かぞく)として愛していた。


「お兄ちゃーん、お皿洗い終わった〜?」


 待ち切れなかったのか、林檎と砂糖と材料を抱えたライラが台所へ突撃してくる。


「すぐ終わるからもう少し待ってな」


「はーい! 」


 その後のお菓子作りは盛大な失敗に終わった。

 正確には"ライラの"失敗だ。ククリの作ったタルトは完璧に焼き上がっていたのだが、同じ手順にして作った筈の彼女のタルトは何故か悲惨な出来栄えで…

 悔しそうにしながら「こんなの食べなくていいよ〜!」と騒ぐライラを横目にして、ククリは不思議と苦味のある生焼けのタルトを笑いながら食べる。

 ククリのタルト(せいこうさく)はあれだけの夕飯を食べたライラが「デザートは別腹」なんて言って既に平らげていた。


 こんな日が何時までも続いたら良いのにと、ククリは本気でそう思っていた。





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