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12話

 



 ライラは夢を見ていた。


 これは幸せだった日の記憶。


「お兄ちゃん、遊んで遊んで〜」


 リビングで料理の本を読み耽るお兄ちゃんが顔を出す。


「ん、何時もいきなりだね。今日は何して遊ぶ?」


「おままごと!!」


「え、また…?」


「ボクがお嫁さんで、お兄ちゃんがお婿さんで〜」


「どうせ、ライラが料理して家で待ってるみたいな感じでしょ? 」


「うん!」


「…料理苦手じゃん」


「これから上手くなるもん! ボクもお兄ちゃんみたいになりたいの!」


「いや、それは良いんだけどさ。いっつも同じシチュエーションばかりだし、料理に拘らなくても良いんじゃないの? 」


「美味しいは嬉しいで甘いんだよ? だから料理がいいの!」


「えぇ… ライラが作る料理って大体黒い何かじゃんか。美味しいイメージがしづらいんだよね」


「ぅ… お兄ちゃんが意地悪なこと言う〜!!」


「ちょ、叫ぶな…!?」


 ライラの叫び声と共に、二つのドタバタ音が鳴り響いた。


「はぁ… はぁ… こらこら、仲良くしなさいな」


「何事何事!? 事件、事件ね! 我が家の平穏が乱されたのね!?」


「やっぱ来たよこのバカ親達…」


 調薬中だった父と、裁縫中だった母が騒がしく顔を出す。お兄ちゃんは呆れた表情をしていた。ライラはふふんと胸を張る。


「ね? おままごと、しよ! 料理のところ、やろ!」


「…はいはい」


「いい子だぞククリくん、流石は我が弟子にして我が息子」


「お兄ちゃんだものね! 偉いわ! 」


 二人が過剰に反応するのは、ライラとククリの血が繋がっていないことを気にしていたからだ。


 然しそんなこと、幼いライラにとっては関係なかった。

 触れる者、そこにいる者、総てが好きだった。

 皆、皆… 甘いものばかりで。

 皆、皆… 美味しいのだから。


 髪の色も、顔付きも、お兄ちゃんとは似ていない。

 性格だって奔放なライラと真面目なククリは似ていない。

 其れでも産まれてからずっと優しくしてくれる、ずっとずっと側に居てくれる、お兄ちゃんの事は好き以上に大好きだった。


「えへへ〜 お兄ちゃん大好き! 」


「ちょ…っ 抱きつくな! 重い、暑苦しい!」


 嫌そうに言いながらも、甘くて美味しい感情で、されるがままなお兄ちゃん。


「ふむ、熱愛夫婦(わたしたち)のおままごとかい?」


「ふふ、まるで私達の再現ね! 平穏はここにあり、かしら」


 其れを微笑ましく眺める、甘くて美味しい感情溢れるお父さんとお母さん。


 ──あぁ、本当に幸せだった。


 ──賑やかで、平穏で、皆一緒なんだから。



 ★★★★★




 ライラは夢を見ていた。


 これは壊れた日の記憶。


「お父さんとお母さん、遅いねぇ…」


「本当だね… どうしたんだろ」


 お兄ちゃんの誕生日。

 お菓子作りを教わって、初めて成功した山盛りのクッキーを囲いながら、両親の帰りを待っていた。


「クッキーが冷めちゃう…」


 落ち込むライラを見て、じとりとしたお兄ちゃんの視線が飛んでくる。


「クッキーは冷めても良いんだよ。デザートは元々、食後に食べる予定だしね」


「むぅ… でもでも、出来たてが一番だってお母さん言ってたよ」


「お母さんはパン屋だから、パンの話だよねそれ」


「んー、難しい事はよく分かんないっ」


「…はぁ。まったく」と呆れた表情をしながらも「まあ、でも」とククリはクッキーを一摘み、頬を緩々と落とす。


「出来たてかは兎も角として、このクッキーは美味しいね」


「えへへ〜 ボク、頑張りましたもん」


「そうだね。最高の誕生日プレゼントだよ。

 …尚更、お父さんとお母さんにも早く食べさせてあげたいね」


「うん! 甘くて美味しいは皆で一緒がいいもん! 」


「…よし、決めた。

 ライラは此処で待ってて? 森に迎えに行ってくる」


「分かったあ〜

 ライラお留守番頑張る!!」


「ふふ、任せたよ」



 これが最後だった。

 甘くて美味しいのは此処で終わり。


 お父さんとお母さんは味を亡くした。

 帰ってきたお兄ちゃんは辛くて、苦くて、塩っぱくて、ジャリジャリで、気持ち悪い味でいっぱいになった。


 優しい口調から、乱暴な口調に変わった。

 子供から、大人に変わったからだと言っていた。

 仕事をするんだから、舐められちゃいけないんだって。

 それからあんまり遊んでくれなくなった。


 ライラは独りになった。




 ★★☆☆☆



 ライラは夢を見ていた。


 これは変えると誓ったあの日の記憶。



「君はお兄ちゃんが好きかね?」


 村長さんがそう言った。


 勿論だとライラは頷いた。


「なら、お兄ちゃんが"精神の病気"に掛かっている事は知っているかね?」


 村長さんの瞳が此方を覗き込む。

 そこに光の一切はなく、心の一切も映らない。


「お兄ちゃんが"精神の病気"… うん。そうかも…」


 お兄ちゃんは甘くて美味しいの中に、不味い感情を押し込めていた。


「なら、賢いライラちゃんなら分かるね? それは良くない事なんだよ。このままでは平穏にも、幸せにもなれない。魔女様の御怒りに触れたままでは駄目なんだよ」


「平穏で幸せに…」


「そうだよ。平穏で幸せに… ライラちゃんのお母さんの口癖だったよね。君達はその遺志を継いで、平穏に幸せに居なければならないとは思わないかい?」


「…思う」


「ライラちゃんは良い子だね。なら話は早い。伝承は知っているね? かつてのルクレツィア村はお母さんの理想通りだった。"精神の病気"無き頃、平穏で幸せな村だった」


「…うん」


「お兄ちゃんも、村の皆も、全員が過去に戻れる方法があるんだよ。だからね、今日からライラちゃんには"精神の病気"を担当する医者になって欲しいんだよ」


「お医者さん…?」


「そうだよ。お兄ちゃんと同じお医者さんだよ」


「でもでも、ボクは御本読めないし…」


「大丈夫。ライラちゃんは少し我慢するだけで良いんだよ。"精神の病気"を食べるんだ。モグモグって具合にね」


「ぅ… それは…」


「ライラちゃんが我慢するだけで、お兄ちゃんは平穏で幸せな生活が出来るようになるんだよ。ほら、帰ったら試しに食べて… いや、治してあげるといいよ」


「…」


「大好きなお兄ちゃんをね」


 ライラはその夜、寝ているお兄ちゃんの"精神の病気"を食べた。


 直ぐにバレて少し怒っていたけれど、その顔は何処かスッキリとしていて…


 平穏で平和な、二人の生活が始まった。

 それからライラは"精神の病気"を担当する医者をする事を決めた。




 ★☆☆☆☆


 ライラは夢を見ていた。


 これは覚悟を決めた日の記憶。


「ライラちゃんは凄く頑張ってくれているね」


 柿の実を囲って、村長さんと話をしていた。


「でも、食べてられても、食べられても、"精神の病気"は消えていないね」


「うん、そうだねえ…」


 ライラの見る村長さんの感情は、愛も変わらず何も無い。其れでも何処か焦っているような気がした。


「このままじゃ、駄目なんだよ。

 皆が平穏で幸せにはなれないし、魔女様は御怒りを絶やしはくれない」


「…うん」


「だから、期限を決めようか」


 満面の笑みを浮かべて、村長さんはそう言った。


「期限…?」


「そう、期限だよ。そろそろ足りなくなる頃合なんだ」


「ん、何があ…?」


「あぁ、まだライラちゃんには伝えていなかったね。ルクレツィア様はね? 一人で三年は待ってくれるんだよ。前回は二人だったから、六年は大丈夫なんだけどね」


 ライラの中に"怖い"が宿る。

 凄く、凄く、嫌な予感がした。


「難しい事は… 分かんないなあ… 」


「ははは、ライラちゃんは深く考えないで良いんだよ? 」


 笑いながらも、村長さんの心は甘くも美味しくもない。


「あー… ほら、駄目じゃないか。"怖い"のは病気だよ。早く食べてしまいなさい」


「…ぅ」


 村長さんも感情を見る事が出来た。

 内に芽生えた病気を指摘され、ライラは大人しく其れを食べる。


「良い子だね… さあ、話の続きをしようか。

 ルクレツィア様はね? まだ怒っておられるんだよ。その証拠に"精神の病気"はずっとずっと消えることがない」


「そうだね…」


「これは非常に良くない事だ。あってはならない事なんだよ。だから、信仰を示す為に生贄を捧げ続けてきた。三年に一度ずつ開かれるお祭りで、ずっと… ずっと…」


 生贄… 前回は二人… お祭りの日…


 ライラの中で"怖かったもの"が繋がった。


「"精神の病気"を沢山抱えていた人を儂の目で見極めて、その御怒りを鎮めるためにずっと… ずっと…」


「お父さん… お母さん…」


「そうだね。前回はその二人だったね。あれは同じだけの深い、深い"精神の病気"を儂の前で見せたんだよ。

 村の集会に呼んだのはあの日が初めてだった。余所者と、余所者を選んだ若輩者、其れでも村の一員だと思って呼んであげたのだがね… 余所者は駄目だね。話を聞かせたら直ぐに"精神の病気"で溢れてしまったよ。彼女を生贄にすると言った所で、余所者を選んだ若輩者も同様だった。儂は何方かを選べず、仕方なく二人とも捧げる事にしたんだよ」


「村長さんが、ボクの両親を殺したの…?」


「それは違うよ。儂が殺したんじゃない、"精神の病気"が二人を殺したんだ」


「…」


「だってそうだよね? "精神の病気"を患わなければ、平穏で幸せな筈だったんだ。儂の前で"精神の病気"を見せなければ、そんな今があった筈なんだ」


「…そんなの」


「ライラちゃん、深く考えてはいけないよ? 考えれば考えるほど、"精神の病気"に掛かる危険が高まるんだから」


 ライラの思う両親は凄く凄く考えてくれていた。

 何時もライラとククリの事を気遣って、いっぱいいっぱい考えてくれていた。


 今まで治療してきた人達も皆色んな事を悩んで、気にして、考えていて…


「…うん」


「良い子だ。そして賢い子だね。

 だから、改めて、期限の話をしよう。前回から六年、今年の祭りの日、それ迄に"精神の病気"が消えて失くならなければ…」


「なくならなければ…?」


「ライラちゃんにはお母さんとお父さんの所に逝ってもらおうと思う」


「ぇ…」


「次の生贄になってもらうんだよ。

 大丈夫、ライラちゃんは沢山の"精神の病気"を食べたんだから、その身体は誰よりも魔女様の怒りを含んでいる。もし其れが魔女様の中で消化されれば… 一緒になって彼女の溜飲も下るというもの」


 村長さんは机を両手で叩き、熱を孕んだ口調で大きく語る。


「皆が平穏で、幸せだったあの頃が帰ってくるんだよ! 」


 ライラはその熱量に呆気取られ、固まってしまう。

 ただ、平穏で幸せ… その言葉だけは頭にこびりついていて。


「…分かった。もし"精神の病気"がなくならなかったら、ボクが生贄になるよ」


 お兄ちゃんの為だから、とライラは生贄を承諾した。





 ☆☆☆☆☆



 ライラは暗闇の中にいた。


 もう、夢はとっくに覚めていた。


 あれからを思う。

 "精神の病気"を沢山、沢山、食べてきた。

 其れが無くなりさえすれば良いのだと自分に言い聞かせて、必死になって頑張った。


 でも、其れでは駄目なのだと分かった。

 幾ら食べた所で変わらなかった。


 期限の七日前、村長さんに仕事を減らして貰えるようにお願いした。

 誕生日を迎えるお兄ちゃんにお菓子を作ってあげたかった。

 頑張って、頑張って、頑張ったけど、失敗続きで…


 ──結局、林檎タルトは食べさせてあげられなかったな…


 心残りはそれぐらい。


 もう、いいのだ。

 もう、お腹いっぱいなんだから。


 ライラはぎゅっと、瞼を降ろした。



 …


 …


 …



「ライラ!! 」


 …


 …


 …


「ライラ、起きろ!」


 お兄ちゃんの声がする、そんな気がした。


 …


 …


 …


「この寝坊助!! 目を開けろ!!」


 …


 …


 ──え?


 遠く先、光が差して。


 お兄ちゃんが此方に向かい手を伸ばしていた。




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