10話
"さいご"の仕事は村長さんの家だった。
ライラは大きな二階建て、医者の家よりも立派な家の戸を叩く。
直ぐに扉は開き、朗らかな笑みを浮かべた村長さんが歓迎を示す。
「ライラちゃん、よく来たねえ」
その心は至って健康、精神の病気など欠片もなく、治療の必要は全くなかった。今日は娘さんが出掛けていて、この家には彼しか居ない。
それでも、"さいご"の仕事…
ライラにとって、"最期"の仕事は此処に来る事で合っている。
「これで村の皆… それにお兄ちゃんも、平穏で幸せに生きていけるんだよね?
辛くなったり、悲しくなったり、苦しくなったり、寂しくなったり、怖くなったりしないようになるんだよね?」
"怖い"は事前に食べている。
──死ぬ事なんて、なんとも思わない。
──皆の為だから。
──お兄ちゃんの為だから。
決意を固めているライラを見て、村長さんは大らかな笑みを浮かべる。
「勿論だとも。ライラちゃんが捧げられることこそ、魔女ルクレツィア様の御怒りが完全に無くなる唯一の方法… 魔女の弟子の弟子を名乗る貴族の娘、彼女も居ればより良い平穏平和が約束されたのだろうが、まあ大した問題ではないだろうよ」
「…うん。なら、良いかな」
「ライラちゃんは偉いねえ。ささ、入りたまえ」
「お邪魔しまーす」
ライラは中へ、それから慣れた様子でとある部屋まで向かう。
そこは柿の実が置かれた机と、其れを挟むようにして配置された椅子が二つだけある簡素な場所だった。
二人はそれぞれ、腰掛けて。
「いつも通り柿の実を用意しておいたよ。これを食べてから、逝くといい」
「やったあ、柿の実は好きだな〜 だってね。凄く甘いんだもん」
「はっはっは、そうだろうそうだろう。儂の自慢の柿の実だからね。ライラちゃんは毎回美味しそうに食べてくれるから嬉しかったよ」
「えへへ〜」
「だが、それも今日から見れなくなるというのは寂しいものだね」
"寂しい"と口にした村長さんから、ライラはその感情を見て取る事が出来なかった。
だが、それはいつも通りの事だから。
彼女は大して気にしない。
「でもでも、良いのかな? ボクの胃に柿の実が入ったままでも…」
「それは大丈夫だよ。内蔵と血液を分ける必要が無いからね」
「ほぇ〜、そーなんだ?」
「まあ、もう話しても良いかな。
実は祭壇には秘密の奥地があるんだよ。あぁ、これは下らない洒落でもあってね」
村長はそう言ってから、指を自らの口許に当てる。
「魔女 ルクレツィア様のお口、誰もが何かを食べる場所、其れを示しているんだ。尊き御方は舌が肥えているからね。有象無象では新鮮な内蔵しか受け入れてくれないんだけど、ライラちゃんは特別だ… "精神の病気"を沢山、沢山食べてくれたからね。その身体には魔女様の怒りが色濃く染み付いている筈だよ。だからね? 生きたまま、口から胃まで落ちうだけで良いんだ。態々胃の中を綺麗に洗う必要なんてないから、存分に柿の実を味わってくれたまえ」
「ん〜…? 難しい事は分かんないけど。食べてもいいなら、いただきますっ」
丁寧に手を合わせて、それから一つずつ、噛み締めながら頬張った。
「んむっ… あむっ… んくっ」
「はは、いい食べっぷりだねえ」
村長さんは光のない瞳で此方を見つめている。
その心は見えないが、何処か哀れんでいるようにも感じて。
──あれ…?
急に視界がぼやけてきた。
モヤモヤと白く、眩み、塗りつぶされて…
「ぁぇ… そ、ん… ちょ… さん…?」
「…」
彼はジィと此方を見ていて。
最後に一言だけ。
「…おやすみなさい」