第7話 最後の悪足掻き
もはやどうすることもできない絶望的な状況に、それでも私は諦めきれずに男へ鋭い視線を返すが、もはや男は私に抵抗する術がないと悟って余裕の表情を崩さず、もうすぐで1分が経過して新たな手札が補充されるという状況にも関わらず余裕の表情を浮かべままゆっくりとした足取りで私との距離を詰める。
(今のコンディションで派手に動き回るのは不可能だし、もう一度【防護結界】が発動した時点でおそらく魔力切れで動けなくなる可能性が高い、かな。一応初撃の感覚から【強化】の効果が切れるまでは騎士の戦闘力があの人よりもやや上、といったところだろけど……まだ相手にマナと手札が残ってる状況でこれなら、逆転の可能性はほぼゼロ、と考えるしかないかな)
痛みと魔力の消耗で霞む思考の中、必死に活路を見出そうと思考をフル回転させるが結局最後には同じ結論に達し、私の思考は少しずつ不安と焦りで乱れていく。
(あのままお父様に言われるがまま、決められた人生を歩むしかない未来に不満を感じて出て来たのに、結局行き着く先がこんな訳の分からない男の玩具にされるなんて死んでもイヤだ! だから、何としてもこの窮地を乗り越えて見せる!!)
思考を鈍らせる不安や恐れを打ち払うように心の中で檄を飛ばすと、私は男が何か次の動きを見せる前に頭の中で念じることで魔力的つながりを持つ騎士に攻撃を命じる。
すると騎士はその思いに答えるように男へと斬りかかるが、男はあっさりと騎士の一撃を受け止めただけでなく力尽くで騎士の体を押し返すと、すぐさま残りのマナを消費して残っていた手札2枚を使用する。
直後、それぞれの呪符に封じれていたと思われる魔獣……ではなく2人の女性が姿を現した。
一人は男と同じように魔剣を手にした160後半といった長身の女性で、顔は仮面で隠れているので分からないが真っ赤な髪の隙間から飛び出している鋭くとがった耳からエルフ族の女性だということが判別できた。
そしてもう一人は魔弓を手にした150中盤といった背丈に似合わぬ豊満な胸部、それに艶のあるボブカットの黒髪が特徴的で、こちらももう一人と同じく仮面で素顔を隠していた。
(幻霊……じゃない、よね。影みたいな見た目じゃないし。2人とも魔装は装着してるけど、コアに光が宿ってないから力は封じられている、のかな? ……でも、さっき私に対して『【スキル】は珍しいが、戦闘力が足りないから戦力しては使えない』って感じの事を言ってたし、この2人も術者からの魔力供給で何らかの【スキル】を使ってくる可能性が高い、って考えといた方が良い、よね。………ハハハ。ほんと、どんどん絶望的な状況になっていくばっかで笑いしか出てこない)
心の中で泣き言を漏らしながら、男に押し返されたことで多少体制が崩れていた騎士に指示を送ることで黒髪の女性から放たれた矢をギリギリのところで躱させ、続いて斬りかかって来た赤髪の女性の魔剣を何とか受け止めつつも上手く力を逃がしながら距離を取らせる。
正直、ここでさらに男からの追撃があれば致命傷まではいかないまでもそれなりのダメージを負った可能性は高いが、やはりこの絶対的優位な状況で油断しているのか男は後方で私達の攻防を見守るばかりで追撃を加えてくることは無かった。
(この状況を脱する可能性があるとすれば、次のドローであの呪符を引いて意表を付ければ逃げ出す隙を作れるかも、って程度だけど……まずは33分の1を引き当てられるか、だけど……)
そんなことを考えながらも、私は騎士がやられてしまわないように注意しながら私から唯一の出口に向かうルートを塞ぐように立つ男との距離を意識しつつ2人の女性の攻撃を騎士に捌かせ、異様に長く感じる数秒間を耐える。
そしてとうとう1分の時間が経過したことで手札が補充され、私の運命を決定づけるその呪符を確認する。
「いい呪符が引けたか?」
おそらくわざと1分が経過するのを待っていたのだと思われる男がそう尋ねると同時、2人の女性が同時に抑揚のない口調で【スキル】の発動を告げる。
「この2人が持つ【スキル】は1分間全てのマナを無効化する【枯渇】と1分後の手札補充に1以上のマナを消費しなければ補充を無効とする制限をかける【圧制】だ。さあ、この絶望的な状況でお前はどこまで足掻いて見せてくれるんだ?」
挑発するような口調でそう尋ねる男に、私は言葉を返さずに手札に加わった呪符を手に取る。
「【解放】!」
そして短くそう唱えた直後、私の手には騎士が持つ漆黒の剣と全く同じデザインをした白銀の剣が握られていた。
「ほう。【召喚士】のくせに【装備符】を……まて。まさかその剣、幻霊が生前に使っていた武器と同一の物か! そうなると、きさまの狙いは—―」
こちらの思惑に気付いたらしい男が何らかの行動を起こす前に私は次の行動に移るために魔装に装備された機能の一つ、【憑依装着】の機能を発動する。
本来、幻霊の力をその身に宿して戦う戦法は幻霊の召喚機能を放棄してその身で戦うことに特化した【魔闘士】のみが使用できる特権だ。
そして当然実態を持つ魔獣などの力を術者がその身に宿すことなど基本的には不可能なのだが、それらの前提を無視して不可能を可能とする裏技がこの【憑依装着】の機能であり、その機能を発動するにはとある条件を満たす必要があるのだ。
その条件とは幻霊の場合は幻霊、つまりは過去に存在したその英雄に関係する何らかの武具をその身に纏うことであり、精霊や魔獣の場合はその力を術者に委ねても良いと対象の存在から術者が全幅の信頼を寄せられていることなのだ。
(でも、これはあくまで私をベースに騎士の力と戦闘経験を上乗せしただけの力! だから、劇的に強くなれるわけでもないし数の不利が覆るわけでもない。それでも、この窮地を脱する可能性を残しているとしたらこの選択しかないはず!!)
縛りがあるとはいえ、当然ながらこれだけ強力な機能である以上リスクも存在する。
そもそも幻霊とは歴史上活躍した英雄たちの影をこの世に再び投影している存在であるため、そのような超常の存在を術者の身体に宿すのだから憑依が終了した後には相応の負荷が術者の肉体を襲うことになる。
だが、どうせここで男を倒せないにしても逃げ切るだけの隙を生み出せなければその時点で私の運命は尽きるわけなので、リスクを承知で無茶をする以外私に取れる選択肢などないのだ。
「行きます!!」
私はそう宣言すると同時、魔剣に自身すら焼き尽くすような熱気を発する業火を纏わせながら最後の足掻きを始めるために深く剣を構え、男へ斬りかかるための一歩を踏み出すため足に力を入れる。
直後、私の足元に突然魔力光と魔方陣が現れたことで再び状況は大きく変化することとなるのだった。