第6話 活路を求めて
(相手の方が圧倒的に実力が上なら、小細工で逃げ切るのは不可能! だったらここは、運に任せるしかない!)
一瞬でそう判断を下した私は、手札に残っていた【閃光】(C3)を【廃棄】して3つのマナを生み出す。
そして、生成された3マナと残っていた2マナ、合計5マナを消費することで魔装に備わった機能の一つ、【クイックドロー】の効果を発動する。
そもそも魔装にはある程度安定した戦闘を行うための緊急措置として1儀式で使える回数に制限はあるもののいくつかの基本機能が備わっている。
その一つが【クイックドロー】であり、その効果は手札が尽きた状況で儀式中一度だけ5の倍数分だけマナを消費することで消費した倍数プラス1枚の呪符を手札に加えることができる、といった効果を持っている。
そして当然この効果で手札を増やしたとしても儀式開始から1分ごとに手札が増える機能の時間がリセットされるわけでは無いため、基本的には戦闘の終盤で一気に勝負を決めたい時に1分区切りのリミットが来る直前で全ての手札とマナを消費し、効果で加わった手札プラスの1分ごとの区切りで追加された手札1枚を使う、といった戦術は基本戦術とされている。(そのため、相手のマナを消滅させるような妨害魔術もこれを警戒して区切りの直前に使われるのがセオリーなのだが。)
しかし、今はそんなセオリーなど気にしていられる状況ではないし、相手に潤沢なマナと手札がある状態であればもはや運に頼る以外の解決策など存在しないのだ。
(よし! 引いた呪符は【離脱】(C3)と【魔力符】1(C1)! この手札なら、残り数十秒を耐えきって次の手札さえくればどうにかなるかも!)
【離脱】の呪符は文字通り戦闘から逃げ出すための術であり、私と相手の儀式を強制終了させつつも私は周囲1kmのランダムな場所に私を転移させる(さすがに壁の中や空中など死の危険性がある場所には出ないが、即死まではいかない水上などに放り出されることもあるので注意が必要なのだが)といった効果を持つ。
そのため、この呪符を発動することさえできればほぼ間違いなく私はこの強敵から逃げ出すことができるのだ。
だが、当然ながらこの呪符が手札に加わったことで私の安全が100%保証されたわけでもない。
(そもそも、相手の実力がどれほどなのか分からないからあと数十秒の手札追加まで持ちこたえられるかが問題だし、たとえ間に合ったとしてもその前に騎士がやられてしまったらフィードバックで私はしばらく動けなくなるか最悪気を失う可能性だってある。だから、騎士で強敵相手に時間を稼ぎつつも絶対騎士がやられないように立ち回らないと!)
そして未だ不気味なほど動きを見せない男に警戒しつつ、私は時間を稼ぐために適度な距離を保ちながら騎士による牽制を行えるよう動こうと身構え――
「【解放】」
淡々とした口調で男が10のマナを消費して1枚の呪符を使用した瞬間、わずかな希望を見せてくれたはずの私の手札が突然消滅した。
(【手札抹殺】の呪文!?)
想定外の事態に思わず私が動きを止めた瞬間、男は魔剣を構えると迷うことなく私の方に向かって駆け出す。
「ッ!! お願い、守って!」
そう声上げた直後、まっすぐこちらに向かって来る男に騎士が激しい炎を自身の剣へ纏わせながら男に斬りかかるが、男は【自動治癒】があるからか必要最低限の動きで斬撃によるダメージを最小限に抑え、炎によって皮膚を焼かれるダメージすら気にせずに私との距離を詰める。
そのため、もはや私の実力では接近を止めるのは不可能と判断し、もう一つの魔装に備わった機能、【防護結界】の機能を発動して男の斬撃を生身で受け止める。
その結果、衝撃で大きく後方へ吹き飛ばされはしたもののどこかを斬られたりなどの致命的な損傷を負うことは無く、大幅に魔力を消費したことで荒い呼吸を漏らしながらもなんとか戦闘続行が可能な状態を保つことができた。
(【防護結界】は術者が致命傷を負わないよう致命傷に至る可能性の攻撃を最低限のダメージまで軽減してくれる機能だけど、命を保証してくれるだけで別にダメージを無効化してくれるわけじゃない。……今の一撃で、正直立ってるのもやっとって感じだし、こうなってくると何として彼を倒してここから逃げ出す以外の選択肢が取れなくなっちゃった、なぁ。………ハハハ、これ、積んだかも。お父様が言っていたように、やっぱりお兄様達と違って才能に恵まれなかった私にはお母様のような『ランカー』を目指すなんて無謀だったのかな? 私……こんなとこで死んじゃう、のかな?)
全身を襲う激痛と急激な魔力消費で感じる頭痛、それに死を目前にした恐怖から自然と私の瞳から涙が零れ落ちていた。
しかし、それでもまだ諦めきれない私は念じることで騎士をすぐさま近くまで呼び戻し、最後の瞬間まで男と戦い続ける意思を示す。
「……ふむ。この状況でまだ諦めずに足掻くか。………ククク。気に入ったぞ、女! 俺は、そんな女を屈服させるのが最高に好きなんだ!」
男はそう告げると同時、どこからともなく1枚の呪符を取り出す。
(あれは……色的に白紙の【使役符】? でも、あのデザイン……初級から上級のどの呪符とも違う。そもそも、この場に魔獣なんていないのにいったい何を――)
瞬間、とある噂話を思い出した私は全身に悪寒が走るのを感じ、思わず「イヤ!!」と悲鳴を上げながらよろよろと数歩後退る。
「その反応……ほう、まさかこの呪符がなんであるか、知っているのか?」
「あ、あり得ません! 理論上、そのような技術を実現することは不可能だとされていますし、そもそも非人道的な技術として国際法で研究すら禁じられているはずです!」
「ハッ! 素顔を隠し、出会ったばかりの女に即襲い掛かる俺のような悪人が、そしてそんな俺が所属している組織がそんなまともな倫理観で動くような連中だと思うか? お前の持つ【スキル】は珍しいもんじゃあるが、お前自身の戦闘力がそれほど高くないようだし戦力としては使えない。だがお前は、見てくれはいいから逆らえないようにして俺好みに調教するも、飽きたら適当なやつに売りつけるのにも打って付けの存在だ。まあ、姓奴隷として使うには若干体系が子供っぽ過ぎる気もするが……飽きたらそういったのが好みのやつらに売ればいいだけだし、それほど気にすることでもないか」
本来、【使役符】は戦闘によって弱らせた魔獣を専用の呪符に封じるために使われ、一度魔獣を封じてしまえば封じた魔獣を呼び出して使役することができる呪符だ。(封じるの失敗した入り封じていた魔獣が死ぬと呪符は燃えてなくなってしまう。)
しかし、【使役符】に魔獣を封じ込めるのはそれなりに魔獣を弱らせて魔力抵抗力を弱め、【使役】と呼ばれる封じた魔物の意思を術者が完全に掌握するために必要な術式にかける必要ある。(因みに、呪符の等級とは使われている素材の影響で術者の魔力伝導率が変わるため、上位の物ほど【使役】の成功率が上がる仕様になっている。)
そのため【使役】の効果を維持するために術者には相応の実力が求められ、実力以上の魔獣を使おうとすれば【使役】の効果が切れて暴走される危険性もあるため、コストの面と合わせて非常に取り扱いが難しい呪符となっているのだ。
余談だが、そういった性質を持つ関係上【使役士】の中には強力な種族の魔獣を幼体の状態で【使役】し、実戦に投入できる大きさになるまで自身で育ているケースも珍しくはない。
そして話を戻すが、そうした性質上一見人間相手でも【使役】を成功させれば捕獲が可能なように見えるが、魔獣でもそうなのだが人間や精霊などといった高い知性や強い感情を持つ生き物はそう言った精神に作用する魔術に対する強い抵抗力を持っており、極端に精神と肉体が弱った状態でもなければ(というかほぼ死んでいるような状況でもない限り)そういった術の影響を受けることが無いのだ。
そう言った理由から理論上【使役符】を生きた人間相手に使用するのは不可能だとされており、当然ながら人道に反する技術なので魔動技術国際連合研究機関(一般的には『魔動連』と呼ばれ、魔動技術の管理を世界的に取り仕切る機関)によって研究を禁じられているのだ。
だが、無数に存在する国々の全てを魔動連の監視下に置くことなど不可能に近く、どうしても一般的には知られていない暗部が存在してしまっているのが現実だ。
そして、以前お父様とお兄様が話ているのを偶然聞いてしまった私は知っている。
そう言った暗部において、人間すら魔獣と同じように弱らせたうえで呪符に封じ、思いのままに操る外法を生み出した組織が存在するということを。
「さて、ではまずその邪魔な幻霊でもぶっ飛ばして、お前の魔力抵抗力を極限まで削がせてもらおうか。それでも足りなけりゃ……ククク、十分な苦痛と快楽で抵抗する気力を根こそぎ奪ってやるかな」
そして、いま目の前にいる男こそ、その外法を生み出した暗部に属する人間だということを私は理解せざるを得なかった。