第4話 怪しい洞窟
一応不意を突かれた場合でも大丈夫なように『守りの護符』を装備はしているが、消耗品であるこの道具はそれなりに値段がするアイテムではあるので消費せずに済むよう慎重に周囲を警戒しながら進んで行く。
だが、ここ最近起こっているという魔獣の不審死の影響か拍子抜けするくらい魔獣と遭遇することもなく奥へと進んで行き、とうとう私は最近発見されたという洞窟へと続く小道の付近に辿り着いた。
(警備の方から聞いた話によると、2ヶ月ほど前の大雨で斜面が崩れ、洞窟へと続く小道が見つかった、とのことだったけど……魔獣の不審死が起こり始めたのはこの1週間の間くらい、ってことは、もしかしてこの先にある洞窟から強力な魔獣が抜け出して来た影響、ってことは無いかな? ……ううん、やっぱりそれはないよね。だって、軽く説明を受けた感じだと洞窟は数分も歩けば行き止まりになるくらい小さな洞窟って話だし、近辺でここら辺に生息している魔獣以外が出たって報告もないみたいだし、単純に考えれば関係ない、よね? でも……)
しばらくその場で立ち止まり、思考を巡らせた私はやがて洞窟へと続く小道に向かって足を一歩踏み出した。
(魔獣の不審死以外でここ最近起きた異変はこれぐらいって話だし、全く関係ないとは思えないよね! それに、どうせ数分で探索が終わる程度の場所なんだから、手掛かりが何も見つからなかったとしても大したタイムロスにはならないはず!)
そんなことを考えながら進むこと約2分。
私は2m程度の人一人が入っていくのがやっとといった程度の大きさしかない洞窟の入り口を発見する。
そして、一応大丈夫だとは聞いていたが入る前に軽く外側から崩れる心配がないか確認を行い、問題なさそうだと判断すると慎重に洞窟内へと足を踏み入れる。
それから約5分後、私は事前に聞いていた情報通り入り口や通って来た通路に比べればかなり開けた場所(天井は約5m、奥行きは大体50mくらいといったところだろうか)に辿り着き、案外見通しが良いその空間で周囲を見渡し、ここが行き止まりになった最奥のスペースだと理解した。
(この洞窟、やけに地面が平坦で歩きやすかったけど、もしかして自然にできた洞窟じゃない? そうなると、この開けた空間も何らかの意味がありそうだけど……こういう場合って、大抵が古代の儀式場跡とかの場合が多いんだっけ? ……まあ、その割には装飾らしきものや祭壇的な物が何もない気がするけど、こんな不自然な場所だからこそ上位冒険者の間で噂になってたりするのかな? ……あっ! だからダニアンさんも『ダンジョンが隠されている可能性がある洞窟が見つかった』、って言ってたのか!)
今朝のダニアンさんとの会話を思い出しながらそう納得しつつ、一応何か隠されたルートがあったりしないか一通りその開けた空間を探索してみる。
しかし、当然ながら私の前に専門家によってしっかりと調査されているであろう場所で新たな何かを発見することなどできず、2,3分粘ったところで私は探索を諦めた。
(とりあえず、戻って川沿いに調査を再開しようかな。このまま何の成果も無しだと報酬も無しだから、せめて何か見つけるか魔獣と戦って多少なりとも収益を得ないと、1日無駄になっちゃうし。まあ、まだ昼前だし何とかなる! ……よね)
そんなことを考えながら来た道を戻ろうと振り返った直後、入り口付近で全身黒で統一されたライダースジャケットのような服とフルフェイスマスクで顔を隠した明らかに怪しい人物が私の存在に気付き、慌てて何らかの呪符を発動しようとしている瞬間を目撃する。
「ッ!!?」
突然の状況に困惑しながらも、私は咄嗟にベルトに下げていた使い捨ての呪符に魔力を送り、呪符に封じられていた【防護壁】の魔術を発動する。
するとその直後、謎の人物が放ったと思われる【拘束魔法】が【防護壁】によって阻まれ、謎の人物は大きな舌打ちを漏らしながら左腕に装備された腕輪型の魔装を起動させた。
「突然なんなんですか!? というか、あなたいったい何者ですか!」
私も魔装を起動しながらそう謎の人物(体付きからおそらく男性)に問いかけるが、その男性は一言「気付かなければ痛い目に遭わずに済んだものを」と忌々し気に返しただけで私の問いに答えない。
(私の他に探索に当たっている冒険者や職員はいないって話だし、後から増員が来るって話も無かったから私を不審者と勘違いして襲ってきてる、ってわけじゃないよね。そうなると、無許可でこの立ち入り禁止区域にいる怪しい人物ってことだから、おそらく魔獣の不審死に何らかの関係をしているとみて間違いないはず!)
そう判断を下した私は、相手の実力も分からないので速攻でケリをつけるための戦術を取ることにする。
「「魔装起動! 儀式始動!」」
お互いの声が同時に響き、それぞれの目の前に魔力によって再現された呪符の内、裏面が赤色の物が1枚、青色の物が4枚浮かび上がる。
そして私と不審者は同時に赤色の呪符に手をかざし、それぞれに封じられた魔術を発動させる。
「来たれ、騎士の幻影よ!」「来い! 雷の剣よ!」
私達の掛け声に答えるように呪符に光が宿り、次の瞬間に私の前には黒い影によって形作られた騎士が、男の右手には雷光を纏うロングソードが握られていた。
(相手は【魔闘士】タイプ! だったら、時間をかけて厄介な魔術を発動されたり【憑依】で妙なスキルを付与される前に一気に決める!)
魔装を用いた戦いにおいて、初手の5枚が完全にランダムであれば安定した戦いなど当然できなくなるため、デッキ内で1枚だけ儀式開始時にからなず初手に来るよう設定できる(それを【始動札】と呼ぶ)のだが、それのカードの種類によって戦闘スタイルを基本的に3つのタイプに分けることができる。
まず一つ目が【装備符】と呼ばれるマナの消費なしに特殊な魔力を宿した武具を召喚することができる呪符を【始動札】に選んだ場合、【魔闘士】と呼ばれる自身が戦うタイプに分類され、精霊や幻霊を召喚できなくなる代わりに魔術の威力や精霊や幻霊の力をその身に宿す【憑依】と呼ばれる能力を使えるようになる。
基本的にこのタイプを好んで使うのは自身の魔力がある程度高い、もしくはそれなりに身体能力に自信がある人が多い傾向にあるのが特徴だ。
次に【召喚符】と呼ばれる、こちらも同じくマナの消費なしに契約している精霊や幻霊を呼び出すことができる呪符を【始動札】に選んだ場合、【召喚士】と呼ばれるタイプの分類される。
このタイプは契約している精霊や幻霊が強力であれば強力であるほど初めから優位に戦いを進められるため、最も多くの人が好んで使うタイプでもある。
ただ、1度の儀式中に常時召喚していられる精霊や幻霊は1体に限定されており(簡易的に数分程度の召喚は可能だが、その場合はある程度マナを消費する必要が出てくる)、最初のマナが無い状態では召喚した精霊や幻霊は100%の能力を発揮することができないといった縛りもあり、さらには召還した精霊や幻霊がやられると術者にダメージのフィードバックが来てしまうといったデメリットもあるのだが。
因みに、今私が召喚した『幻影の騎士』も幻霊に分類される。
そして最後に【使役符】と呼ばれる使役した魔獣をコストに見合ったマナを消費することで召喚する呪符を【始動札】に選んだ場合の【使役士】と呼ばれるタイプだ。
このタイプだけは初動でマナを必要とするため、それに見合ったマナを初手で確保できなければ魔獣を召喚できずに何もできない、といったデメリットが存在する。
しかし、基本的に魔獣は精霊や幻霊と違って召喚した時点で100%の力を発揮できるのに加え、【装備符】や【召喚符】のようにデッキに同名の呪符を1枚しか入れられない制約も、同時に複数の召喚が不可能といった制限もないのである程度高コストの呪符をデッキに大量投入できる高レベル帯の人達が好んで使う傾向にある。
(儀式開始時にマナを生成しなかったということは、あの魔剣はマナを消費して追加効果を付与するタイプじゃない、ということ! だったら、私は【スキル】を使用して一気に決めさせてもらう!)
そう決断した私は、一気に勝負を決めるための切り札を初手から切ることを決めたのだった。